距離
「マクシミリアンは、やっぱり納得できていないようだな」
午後の選択授業で、学園の廊下を移動中、キアランが困ったように言った。みんなと別れて二人きりになって、ようやく口にできた感想に、やっぱり分かったかと、私も苦笑する。
休日の昨日を挟んで、その前日に行われた学園の秋のイベント。
1年生ながら見事制したマックスは、優勝したのに、いまいち腑に落ちていない。
魔導・武道勝ち抜き戦は、腕に覚えがある戦闘職で行われる勝ち残り式のトーナメント戦。
リング内でサシのガチ戦闘になるから、バトルロイヤルみたいな番狂わせはほとんど起こらない。
クジ運も勝負のうちということで、シードもなし。抽選次第での波乱は多少あるけど、今回の大会もほぼ実力通りの結果に落ち着いた。
私もビックリの向こう見ずなユーカが、いきなりマックスに当たって1回戦負けしたのも、まさしく順当。むしろマックスも、傷付けないように気を使ってたくらいだ。
結果、例年通り、上位陣はほぼ公爵家関係と上位貴族で占められることになった。
それでも、マックスはどうにも不満が隠せない。キアランがクジ運に恵まれず、2回戦でガイに当たって、早々に脱落したことに。
確かに実力通りなら、キアランだって上位陣に食い込んでもいいはずなんだけど、ルールだから仕方ないとは割り切れてない。
「やっぱり、全力を出したとは言い切れないわけでしょ? そこが引っかかっちゃってるんだよね」
「例の能力は、王家の秘密だからな。それ以外でなら、全力で戦ったんだが……」
「理屈じゃないでしょ。勝敗を余裕でひっくり返すレベルの隠し玉を、隠したままで負けられちゃったらさ。秘密だと分かってるから口には出さないけど、内心は大分モヤモヤしてるみたい。あの力を直に受けた身としては、威力が分かってるだけに、確かに自分が一番でいいのか、って疑問は消えないだろうね」
「変なところで生真面目だな」
真面目なキアランに、生真面目呼ばわりされるマックス。でも、それだけ勝負事には真摯に向き合ってるってことだから。
キアランの、能力を増減させる特殊能力が絶大な効果を発揮する様を、私たちは目の当たりにしている。森林で蜘蛛相手に、マックスはあれだけ強くしてもらっただけに、逆に弱くされたらどういう結果になったのか。その能力を使われた場合、キアランに勝てるのか――その辺をすごく気にしてる。
前は私を挟んで頓珍漢なライバル視をしてたけど、今は純粋に戦闘面でも意識し出している。
「本来俺の役割は戦闘じゃないんだ。国家の保安に関わる、余程切羽詰まった状況以外で、あんな真似はしないんだが」
「ふふふ。王子様が最前線に立つようなもんだったもんね」
らしくない無茶を押し通してくれたあの時のキアランを思い出すと、なんだかわけの分からない感情に胸が占められる。深い感謝と信頼だけでは収まらないくらいの……。
あれが建前だけの行動でないことは、分かっているから。
でもあれ以来、キアランとの距離感が、少し変わった気がする。
変わったと言うよりは、今まで気にしてなかったことに、私が初めて気付いたと言った方がいいのかな。
今まで、助けてもらう時とかには当たり前のように受け入れられてたから気にもならなかったけど、なんかそれ以外の日常だと、逆に距離を開けられてる気がする。ものすごく微妙で分からないくらいだけど。
気のせい? いや、私が気のせいだなんてあるわけない。森林で助かった時、マックスに押し付けられて、あれって思って……それから、よく注意して見てきたもん。
私、キアランに避けられてる? そりゃ、いつも面倒事に巻き込んでばかりだったけど、一体いつから?
本当はイヤなのに、キアラン生来の世話焼き体質で、しょうがなく助けてくれてるんじゃないか――あまりにあり得すぎて、不安になってくる。一応預言者だし、責任感で放っても置けないだろうし。
それをいいことに、次々厄介ごとに飛び込んでいく私と、それを否応なく助けざるを得ないキアラン。
……正直いくら義務とかあって、友達だったとしても、うんざりするかもしれない。マックスと違って他人なのに、甘えすぎてたんだろうか。
一度気付いたら、ものすごく気にかかる。だったら訊けばいい。今までだったら、真正面から切り込んでた。
なのに……友達なのに、気付いてからずっと、足踏みしてしまっている。だって訊いてみて、その事実が確定したら、さすがにへこむ。っていうかすでにちょっと落ち込み気味だ。
なんとなくおしゃべりを続ける気分じゃなくなって、歩きながら窓の外に視線を向けた。
校庭に、騎士コースの生徒たちが見える。
ルーファスも。
あの後ルーファスとは、普段通りに別れた。これからも今まで通り、何も変わらない。そういう関係を選んだ。
だから学園内で遠くから目が合っても、いつも通りに他人のフリをして目を逸らす。なのに――。
「ルーファス先生と、何かあったか?」
なんで相変わらず見抜いちゃうんだよ!! キアランの一言に、内心で突っ込む。
私完全にいつも通りに振る舞ったはずなのに、何が違うわけ!?
気が利くんだったら、ついでに気付かないフリでもすればいいのに!
「何も」
答える声がちょっと尖っちゃった。でもしょうがないよね。
大体プロポーズを断ったなんて話、誰かに吹聴するもんでもないし、そもそもルーファスとはただの生徒と先生の設定だし。
答えなかったのは、そのせいだ。
「――そうか……」
キアランも、それ以上は踏み込まなかった。嘘だとバレている居心地の悪さを感じながら、私もあえて無視する。
――ああ、なんか、イヤだなあ……。
知られて困ることなら、たくさんある。
でも、知られたくないと思ったのは、なんでだろう。
プロポーズのことも、その後起こったことも――なんか知られるのは、イヤだ。
最近の私は、どうかしている。情緒が不安定な自覚はあるけど、どうすればいいのか分からない。
昔だったらどんな深刻な空気だって、笑い飛ばして楽しい話題で誤魔化すことも平気でできた。感情が揺らがなかったから。
今の私はそうじゃない。
出会った頃のキアランの言葉で、変わりたいと思って、実際にそうしてきた。二周目でゼロにしてしまったものを、少しずつでも取り戻していこうと。
人生を本気で生きるというのは、喜びも多い代わり、戸惑うことも多いね。
自分で望んで変わったし、後悔もしてない。
してないけど、時々ちょっと恨めしい気分にもなる。
キアランが私と一線を引く理由なんて、思い当たる節が多すぎるけど、キアランだって私を困らせてると思う。




