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 用件は済んだから、あとは時間いっぱいまで楽しく過ごす。

 おしゃべりの内容は、当然さっきの魔術の話題。


「転移魔術もすごいですけど、情報を脳内に『コピー』しちゃう魔術ってそれ以上に便利じゃないですか?」


 ユーカが期待に目を輝かせる。


「魔術だけでなく、勉強全般で是非お願いしたいところです」


 毎回テストでヒーヒー言ってるユーカとしては、確かに秘密道具張りに欲しい術だろう。


「確かに便利だけどね。これ、日常遣いなんかしたら、あっという間に脳味噌と精神やられちゃうから。伊達に禁術じゃないよ。残りは自力で頑張ってちょうだい」


 そこは元教員としても、おススメはできない。危険な上、人間の努力を全否定する技でもあるもんな。緊急性がなくて、教える時間があったら、私も無理には使わなかった。

 実際自分で受けた身としては、脳が沸騰して死ぬかと思ったもんな。


 そういえばユーカの勉強といえば、来週に迫ったホットなネタがある。


「ユーカ、魔導・武道勝ち抜き戦の準備、できてるの? さすがに無謀が過ぎない? まだろくに戦えもしないのに」


 なんとユーカは、二つの秋のイベントのうち、戦闘の方を選んじゃったのだ。


「論文書くくらいなら、1回戦負けでも体動かす方がずっといいです」


 日本産とはいえ、さすがに体育会系。この世界のバケモノじみた連中と、マジで戦おうとか普通思うか? 勉強嫌いが並みじゃない。まあ確かに一周目の私だったら、同じ選択をしてたかもだけど。


 私の心配をよそに、ユーカは実にお気楽なものだ。


「私の運は、良くも悪くも振り切れてますからね。なるようになります」

「悪いというのは分かるけど、自分で良いとか言っちゃう辺り、ホントにポジティブだよね」

「ええ~、そうですか? 確かに飛ばされちゃったのは最悪の不運でしたけど、その割にちゃんと衣食住とか上のレベルで保証されてますし、学校にも行けて友達もできて、ここでの生活も色々教えてもらえてるし……結構良いと思います」

「誘拐されたりもしてるのに?」

「それが一番のラッキーですよ。グラディスと出会えましたからね」


 それから不意に、ポツリと日本語で呟いた。


『――日本に帰るのを諦めたら、すごく楽になったんだ』


 見返した私の目を、にっこりと微笑んで真っすぐにのぞき込んできた。


「私の目の前には、お手本が二人いましたからね。私、グラディスみたいに、地に足を着けて、ちゃんと自分の居場所を作って、この世界で生きていきたいんです。トロイさんみたいになるの、イヤです」


 きっぱりとした否定に、思わず目を見張る。


「――気付いてたんだ?」

「誰にでも大らかなグラディスが、トロイさんだけ突き放すじゃないですか。私も、前の自分を見てるみたいで辛いです。グラディスも、そうなんでしょう?」


 よく見てる――というより、まったく同じ視点を持ってたからかな。この世界をきちんと生きる気のない、諦めの人生を適当に送るトロイを、まともに見ていられない。心がえぐられそうになる。


 だから確かに、私はトロイへの深入りは避けてるとこがある。

 子供の頃ならまだしも、すでに成人するまで抱え込んできた深い苦悩だ。武闘大会で関わった時にも思ったけど、気軽に手を出せる気がしない。私が導いてやれる段階を、とっくに通り越してしまったような……。


 グラディスに生まれ変わって、多分トロイからすれば、あっさりこの世界に馴染んだように見えるだろう今の私が何を言っても、逆効果にしかならない。

 正直距離感を測りかねている。


 できるものなら、トロイにもこの世界で前向きになってほしいとは思うけど、それは自力でしか、どうにもできないものだ。人の心を変えてやることなんてできない。自分の心にすら、ままならないのに。


 せめて私を口説くのをやめてくれれば、もう少しガードを緩めてもいいんだけど。今の状態では、うっかり近付けることもできない。


「私今、楽しいですよ。やることもたくさんあるし、勉強しただけ、特訓しただけ、身になってる実感があります。覚悟を決めて受け入れたら、世界がガラリと変わりました」


 きっとユーカの苦しみが完全に消えることはない。それでも、一番辛い谷を乗り越えたような、晴れ晴れとした顔だ。


「今は、ちゃんと将来の夢だって、思い描けてるんですよ。まあ、仕事を見付けて、素敵な旦那さんを捕まえて、子供も欲しいなあとか、普通の夢ですけどね」

「――それが、一番だよ」


 本当に、ユーカは強い。普通の夢が、ここでは普通にはならない。

 そこにたどり着くまでの葛藤は、きっと私やトロイの比じゃないだろうに。

 転生したわけでもない。日本人として生身のまま、外国どころか異世界に誘拐されてきて、一生ここで生きていけなんて、あまりに理不尽だ。

 普段、そんな背景なんて感じさせずにいつでも明るく前向きな姿には、心から尊敬を覚える。ザカライアのような、見せかけの明るさじゃないだけに、余計。


 そんなユーカは、意外に深刻な口調で疑問を口にする。


「ところで異世界人の私も、ちゃんと結婚できますかね? なんか、身分とか戸籍とか人種とか、障害になったりしませんか?」

「そこは大丈夫。どうとでもなる。日本と同じで、全部ユーカ次第と思っていいよ。頑張っていい男捕まえて」

「ホントですか!? よかった!」


 心底安堵する女の子らしい姿に、つい頬が緩む。

 ちょっと特殊な立場だけど、自分の特性生かして強くなっていけば、逆に歓迎してくれる家は多い気がする。魔物に絶対的に強いのは、ただでさえ圧倒的なアドバンテージ。強力な騎士家ほど喜ばれるかもね。


「そういうグラディスはどうなんですか?」


 唐突にキラキラさせた表情で、ユーカが話の矛先を変える。


「グラディスはモテモテなのに、全然彼氏作らないじゃないですか。グラディスが好きになる人って、興味あります」


 おお、ユーカの大好きなコイバナですか? 私も人のは好きだけど、自分のはサッパリだ。そしてモテモテと言っても、口説いてくるのがトロイとかハンターとかハンターとかハンターとか!

 かといってマックスとかルーファスとか、まともな相手すら心が動かないとなると、もう絶望的な気がする。


「私も興味あるけど、分からないなあ」


 もう色々と知られている同郷人だからか、素直な本音が口をつく。


「私も、前はトロイと同じようなものだったんだよ。毎日ただ面白おかしく暮らせればいいと割り切って、深刻になりそうな心情は全部意識的にシャットアウトしてた時期が長いことあった……。その影響が残ってて、いまだに人を好きになれないみたい……」


 人の人生相談には無数に関わって来たけど、自分の相談をしたのは初めてだ。私の事情を割と深くまで理解してる相手じゃないと、とても言えない内容だし。


「――ああ、なるほど。だからですか……」


 私の告白に、ユーカは驚きの表情を、納得に変えて呟いた。


「――何?」

「うふふ。大丈夫ですよ。グラディスの心はまだ赤ちゃんなんですね。きっとこれからすくすく育ちますよ」


 訳知り顔で、自信ありげに請け合ってくれる。なんだかいつもと立場が逆で、落ち着かない。

 ユーカはすごく楽しそうなのに、それ以上の説明はしてくれなかった。

 いつか自分で気付きますよ、と。


 どっちが預言者か分からない。相談者ってのは、いつもこんな心境なのかなあ。


 その後も、時間切れになるまで、おしゃべりは尽きることがなかった。


 翌週行われた魔導・武道勝ち抜き戦。自称『良くも悪くも振り切れた運』の持ち主、ユーカ。


 1回戦の対戦相手に見事マックスを引き当て、開始のコールと同時に、気付いたら無傷で場外負けをしていた。戦闘時間、1秒弱。


 ホントにどっちにも振り切れてるよね。

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