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選考会

 今日は平日の昼前から王城に来ている。

 用事は午後からだから、本当は午前中は学園に行けたんだけど、せっかくの公休は使わないともったいないからね。


 予定より早めに来て、王城の食堂で一人ランチだ。やたら遠巻きの注目は浴びるけど、誰も近寄ってこないのはいつものこと。きっと場違いに見えるんだろうけど、気にせず黙々と食べる。


 ザカライア時代からよく入り浸っていた一般庶民向けの方の食堂。お気に入りのメニューがいくつかあるから、王城に来る機会がある時は、懐かしい味を楽しむチャンスとばかりにできるだけ利用している。


 一周目では食べる専門だった私は、料理なんて全部親任せで、残念ながら料理チートができなかった。空手は指の怪我が多いけど、包丁も握らせてもらえないとか、一体どこのピアニストだ。

 おかげで、一応栄養素とかの知識はあっても、料理の手順はサッパリ。家庭科もキャンプも、洗いと量り専門だった身には、マヨネーズすらお手上げだ。なんかどろどろの物体ができただけだった。

 ちなみにユーカもそのクチだ。

 無洗米のご飯を炊けたと自慢するユーカに、私だって生卵を割れた(形は問わず)と、不毛な戦いをしたことがある。


 そんな私やユーカにとっては、ここの食堂のフライとか煮込みとか麺料理とかは、なんとなく前の世界に近い感じがして、時々すごく食べたくなる。早いとこ、飯チートをしてくれる転生者が現れるといいんだけど。今思えば、そういう意味でも洋菓子のアヤカさんとは接触しておくべきだった。まあ、料理にまで回す暇も情熱もなかったんだからしょうがないか。


 肉じゃがもどきを堪能し、食後のお茶を飲み終わったところで、後ろから大きな声がした。


「ああ、グラディス! 一足遅かったかっ……」


 食堂に来たばかりのトロイが、ショックを隠せないわざとらしい表情で、流れるように私の手を取る。

 だから、なんでお前はすぐ手を握ってくるんだ! すぐに、べしっと振り払う。今日は城内だから、お互い護衛が付いてきてない。


「ねえ、せっかく運命の出会いをしたわけだから、もうちょっとここに」

「いない。用事あるから」


 淡々と答え、席を立つ。トロイはいつも通り気にも留めずに、私の残した食器を見た。


「ああ、『なんちゃって肉じゃが』だね? 僕もこの食堂、好きなんだ~。なんか、懐かしいよね」


 その感想に、なるほどと納得。基本、王城がナワバリのトロイは、ここの常連らしい。次回から気を付けないとだな。ゆっくり味わいたいし。


 終わらないおしゃべりを続けるトロイを適当にあしらい、さっさと食堂を後にする。


 用事があるというのは事実だ。

 秋の学園イベント関係で、お呼ばれしている。


 秋の場合、論文選考会と、魔道・武道勝ち抜き戦と二つあって、好きな方を選べる。学問の秋とか言うよりは、なんか実質脳筋教育機関の、取って付けたアリバイ作りな気がする。ちゃんと学問にも力を入れてますよ~、的な。


 勝ち抜き戦の方はサシのガチ戦闘だから、春・夏と違って、学問系の出る幕はない。普通にみんな、論文を提出してイベントの単位を取る。単位に『イベント』って何なんだって思うけど、バルフォア学園だからしょうがない。

 半世紀前のザカライア時代には、領地経営の論文だったけど、今では範囲が広くなって、経済全般が論文の課題に指定されている。


 一見地味そうだけど、そこは国策でもある学園イベント。上位10名の論文は新聞でも発表されるくらいには大掛かりだ。

 論文の出来と内容次第で、高確率で誰かしらの目に留まり、途轍もない進路先を卒業後に勝ち取ることもしばしば。

 そのため、特に平民の学生だと、このビッグチャンスに人生を賭ける勢いで臨むというほどの一大イベントだ。


 本来は私も、論文選考会の方にエントリーするはずだったんだけど、なんと私には参加資格がなかった!

 経済担当教師のシャンタルに恐る恐る指摘されて、ビックリした。


 というのも、このビッグイベント。選考会というだけあって、各界の名士や高名な学者が選考委員を務めることになるのだ。今年、経済界の最高峰、レオノール賞を受賞してた私は、自動的に選考委員に名を連ねる予定が決まっていた。

 バルフォアの現役学生が選考委員を務めるのは、もちろん史上初だ。


 実際に会社経営をしてる経験の元、いいデータが膨大に溜まっていたのに。それはもう、学会を震撼させるレベルの画期的な論文を書き上げてやろうじゃないかと意気込んでたのに、特別免除とは拍子抜けだ。全然嬉しくない。


 すでに学園の教師陣に、30本にまで篩にかけられた学生たちの論文が、各選考委員の手元には渡っている。忙しい中、目を通すのもひと手間だったけど、学生の将来がかかっているから手は抜けない。

 ましてリストに並ぶのは、全部私が知る学園生の名前だしね。


 選出に関してはどんな些細な不正も疑わせないよう、王城の会議室に委員が一堂に会して、厳正な選考が行われることになる。

 学生としての参加ができなかったのは残念だったけど、こっちはこっちでちょっと楽しみではあるんだよね。初参加になるから。


 ザカライアの時は、身近な教え子の評価になるから、公平を期すために最終選考には加えてもらえなかった。

 今回も、同じバルフォア学園生同士での評価はどうなんだと、多少異論は出たらしい。まったくバカにしないでもらいたいものだね。

 選考委員に決まった以上は、一切の私情なく、選んでやるに決まってるでしょ。


 程よく予定時間の10分前に会議室に到着し、私のネームプレートが置かれた席に着く。もう半分くらいの席は埋まってて、半分以上が教え子だった。もうこんなんばっかか。

 でも今世では面識がないから、やっぱりスルー。


 隣に座るのは、私と同時受賞したおじさん二人。挨拶がてら、誰押しかの世間話に入る。誰が選ばれてもみんな知ってる相手だから、興味深かった。


 その後始まった選考会は、想像以上に白熱した盛り上がりを見せた。


 ここの国民性とでもいうべきなのか、学者や文化人すら戦闘意欲に溢れていてとにかく熱い。前途ある若者の将来がかかってるからと、私の想定を余裕で超えるレベルの真剣勝負。


 まさか大御所の学者同士が、殴り合いの大ゲンカを始めるとはっ……。おじいちゃんたち、ケガには気を付けて!

 しかも周りの各界の名士やら先生たちやら、人垣のリング作る手際慣れすぎじゃね? ノリノリで観戦の上、賭けまで始まる始末。もしかしてこれ恒例行事か?

 あれ? もしかして最前列で待機してるのは、まさかのリングドクター? プロレス会場か!! 選考委員に医者がなぜか3人もいたわけだ!

 会心のマイクパフォーマンスに、どよめく歓声。おおっと、ハイド大のサンダース教授が乱入だあ! って、やっぱプロレスか!! 汚ねえぞ、それでも私の教え子か!? ペンは剣よりも強しって、物理的な意味じゃねえぞ!

 もう私も楽しんじゃっていいですか!? さすがに参戦は控えるから!!


 激闘の結果、私の友達関係だと、1年のノアが2位という快挙。両方のイベントにエントリーしてるキアランが4位。意外なとこで、ベルタがギリギリ10位に入賞した。


 私の無駄になった大量の資料を、ちょっとした興味本位でベルタに提供してみたら、会議でも面白いくらいスッパリ賛否両論に割れる怪作に仕上がった。

 徹底した事実と客観性、完璧な数字の帰結という賛。論文の体を為してない、経済学じゃなくて統計学だという否。私は面白いと思ったけどね。あの子も色々と予想外で目が離せない。


 ちなみに1位は、サバイバル大会の時にジェイドに振り回されてた3年生のライアン君だった。なんか、素直に良かったねと思った。


 それにしても、淡々とした新聞発表の裏で、インテリたちの肉体言語な熱戦がこんな風に繰り広げられていたとは。

 お堅い会議だと思ってたら、なかなかのエンターテインメントだった。――また来たいな。

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