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右往左往

 波乱の夏が過ぎ、学園も元通りすっかり落ち着いた。


 なんだか肩透かしなくらい平穏な日常が続き、逆に落ち着かなさを感じる。嵐の前の静けさ的な。


 私の魔術の検証も、少しずつ進んでいる。初回は私がはしゃぎすぎて、いっぺんにやっちゃったけど、よく考えたら全部一気に試す必要はなかった。

 自宅で、1日1回くらい、マックスに協力を頼む無理のないペースで、結構順調な仕上がりを見せている。


 何しろ脳内には古今東西の膨大な魔術が氾濫してるのだから、使い勝手のよさそうなのを選んでは試してみるのが、今のお楽しみの一つ。

 なんだかんだで長年憧れた魔法への情熱は、そうそう冷めるものではない。


 いざ必要な時がやって来た時こそ、自重なく使い倒してやるための、今は雌伏の時なのだ! まあ、そんな時なんて来ない方がいいんだけどさ、そこはそれというか。一度やりたいと思ったら抑えられない私の悪癖ですな。


 今日は1時限から体育で、女子更衣室で着替えているとこだ。


 ロッカーでおしゃべりをしながら、ブレザーを脱いで、ハンガーにかける。

 マックスに言わせると、秋になって一番良かったのが、衣替えらしい。ブレザーなしの私は、マックスが不愉快になるような視線に、相当さらされていたから。

 本人よりも身内の方がうるさいのは、我が家ではいつものことだね。そんなのでギャーギャー言ってたら、そもそも大胆な服自体流行らせられないのに。肌寒い季節になって来たから、それもひとまずはお休みになるけど。


 ブラウスのボタンに手をかけたところで、ロッカーの反対側からざわめきが起こった。


「なんの騒ぎでしょう!?」


 こういうのにすぐ飛び付くユーカが、一目散にのぞきに行く。私とヴァイオラも、付いていった。


「2組のジリアンね。貧血かしら?」


 ヴァイオラが様子を見て、すぐに興味を失う。隣のクラスの女子が、ちょっとふらついただけらしい。ソニアのエインズワース家に並ぶ武闘派家系の騎士の子だから、逆にみんな驚いたんだろう。


「みんな、大丈夫よ。騒がせてごめんなさい」

 

 自他ともに屈強を自認するジリアンが、気を取り直して笑いながら答え、みんなも何事もなく着替えに戻る。


 ありゃー、あの子。


 再び着替え始めようとしたジリアンの元に、私はつかつかと歩いていく。


「グラディス、さん?」


 特にしゃべったこともない私が目の前にやってきて、ジリアンも怪訝な顔をする。


「私に何か?」

「具合が悪いなら、すぐに医務室に行った方がいいわ」


 親しくもない私の忠告に、少し戸惑いながら、苦笑を返す。


「心配してくれてありがとう。でも、大したことは……」

「それは、医者が決めることよ。行った方がいいわ」


 重ねて言う私に、本気で困惑するジリアン。まあ、そりゃそうでしょう。


「でも、本当に……」

「い き な さ い ?」

「――え、ええ……」


 最終的に、私の圧力に負けて、ジリアンが頷いた。

 これでよし。超ハードな内容の騎士コースなんてもっての外だ。体育会系はすぐ無理をするから。体調管理は基本だろうに。

 それにしても私、もしかしていまだに、周りからはちょっと恐れられてないか? 厄介な相手に関わりたくない感じですか。折れるの早すぎませんか、武闘派令嬢!?


「どうしたの?」

「何か、大変な病気の疑いとかですか?」


 ちょっと行き過ぎたお節介に見える私の行動に、ヴァイオラとユーカが首を傾げる。


「うん、多分だから……。体育が終わる頃には、はっきりしてるかもね」


 私は答えを濁して、自分のロッカーに戻った。


 特に変わったこともなく体育の授業を終え、制服に着替えてから教室に戻ったら、ジリアンが待ち構えていた。

 その顔には、満面に喜色が溢れていた。


 ちゃんと、結果が出たようだね。


「ああ、グラディスさん、ありがとう! あのまま体育に出なくてよかったわ。万一のことがあったら大変だったもの!」


 私の両手を取って、感謝の気持ちを伝えてきた。


「そう。じゃあ、やっぱり?」

「ええ、おめでたですって」

「え~~~~~~~!!!?」


 隣にいたユーカが、思わず驚きの声を上げていた。まあ、確かに向こうの感覚だったらびっくりするよね。


「バルフォア学園では、別に珍しいことじゃないから」

「わあ……さすが異世界」


 私がにやりと笑うと、ユーカが感嘆の声を漏らす。


 学生とはいえ、基本的に成人だから、学園はプライベートにはあまり介入はしない。

 もちろん無節操なのはモラルとして問題だけど、この国自体、そういう面では割と大らかというか、貞操観念はそれほど厳しいものでもない。ほとんど前世と大差ないかも。そうでなかったらトロイなんて社会的に大変なことになってそうだし、ハンター領なんて退廃の都だっての。

 

 若いうちにさっさと跡継ぎを産んでおいて、脂の乗った時期に戦いに専念するというのも、女性騎士のスタンダードな選択肢の一つ。むしろ産めよ増やせよ戦力強化の観点から、歓迎されてる部分もあるくらいだ。

 そのためバルフォア学園には、妊婦用のサポート体制もしっかり整っている。


 そういう社会なもんだから、学生で予期せぬ妊娠をしちゃったジリアンも、素直に喜べるわけだ。


「婚約者は去年の卒業生なのよ。私が卒業したらってことだったんだけど、結婚を早めることになるわね」

「そう、おめでとう」


 周りからも口々にお祝いの言葉をかけられる様子を、ユーカが好奇心全開の表情で眺めていた。


「なんだか、同級生が結婚って、不思議な感じです」

「そうだね」


 妊娠、結婚、出産――ちょっと順番が違っちゃったけど、この世界も普通にデキ婚あるからね。しかも眉を顰めるどころか、「でかした!」くらいの勢いだし。


 ザカライア時代の私も、教師としてよく相談に乗ったもんだ。

 まあ、私にはまったく無縁のものって感じだったけどね。


 学園卒業してから、同世代がどんどん結婚していって、子供も生まれて――私だけ置いて行かれる焦燥感も、孤独も、あの頃の私は全部切り捨てていた。何も感じないようにしてた。


 他人事の恋愛は、物語のように楽しんでときめいてたけど、自分のことで心を動かすことが全くなかった。


 グラディスの意識に私が現れた時は、まだ子供だったし、ずっと遠いことだと思ってたのに。


 こうして目の当たりにすると、実感する。いつの間にか、同年代が結婚する年齢に、また差し掛かってきちゃったんだ。


 数か月前、アイザックからされたアドバイスが、胸をよぎってしまう。今の私なら、結婚するチャンスがある。まだ間に合う。


 グレイスなんて、今の私の年には、私を産んでたもんなあ。

 でも正直結婚なんて自分には関係ないことが当たり前の期間が長すぎたから、いまだに現実感がない。


 今の私に、恋愛はできるようになってるだろうか。そういう意味で、誰かを特別に愛せる? 私の心は、動く?


 大預言者の正体がバレる前に、結婚はしておけたら安心なんだけど、残念ながら相手があってのことだからなあ。


 なんかもう、いつバレてもおかしくないような綱渡りな状況だし、時間の問題な気がするんだけど。

 もう憧れの恋愛結婚は諦めて、条件で選ぶしかない? お見合いも政略も、別に珍しいことじゃないし。

 ただ、一生のこととなると、やっぱり安易に決めるのもなあ……。


 ああ、もういっそ、結婚という人生の決断は後回しにしていい!? とりあえず適当に誰かに頼んで、既成事実だけでも作っちゃえばいいんじゃないかとすら思えてきたわ。何もヤッちゃったからって、結婚しなきゃいけないなんて社会通念は、前世同様ないんだし。あれ、ちょっと自棄になってるか?


 要は現在の制度的に、預言者に要求されるのは、純潔性ってことなんだよね。変な掟だよ、まったく。意味が分からない。トリスタン見てれば、結婚したって、絶対能力落ちてないのが分かるのに。


 でも適当になんて、それで相手が見つかれば苦労はないって話だよ。そもそも仮に相手が応じてくれるとして、誰なら現実的だろう?


 使用人にそんなセクハラ業務は出せないから、やっぱり知り合いの誰かになるか。

 結婚する気もないのに、マックスに手を出すなんて問題外だ。そんな悪い女が弟を弄んだりなんかしたら、私なら完全に社会的に抹殺してやるぞ。

 友達はその後の関係が気まずくなるから、全部ダメ。

 アーネストも親戚だから、パス。

 ルーファスは真面目だから、もし既成事実なんてあったら絶対結婚まで持ってかれる。


 後腐れのなさで言ったら、ガイとかトロイとかがよさそうなんだろうけど、それは私が絶対ヤダ。なんかヤダ。とにかくヤダ。


 ――ああ、なんか、不毛だわ。何考えてんだろう。


 恋愛結婚、したいなあ。

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