手配書
休日の昨日は、マックスの魔力が続く限り、魔術の検証をやり倒した。搾り取り過ぎたのか、後半マックスが死にそうな顔してた。
でもお陰さまで、一人で転移するには、肩でも背中でも、両手をベッタリつければ可能なことが判明した。ただし掌だと、相手も一緒に転移した。どういう原理だ?
まあ、向かい合って両方の掌を合わせるなんて小っ恥ずかしい真似はするつもりもないから、どっちでもいいんだけど。
マックスも一晩休んだら、何とか回復できたようで何よりだ。これからも暇を見て、まだ試してない技の検証は続けてく予定だからね。
簡単に人目を盗んで遠出ができるようになったから、トリスタン辺りにも頼めそうな気はするけど、秘密厳守の観点からは、あまり望ましくない。何の予告もなくいきなり領地に戻ってる姿を目撃でもされたら、それだけで不審だもんな。
やっぱり現時点で頼れるのは、マックスとキアランしかいないかなあ。なんだかんだでみんな忙しい身だから、なかなか進まなそう。
でも、やるべき時にやるべきことができると証明されたことは、雲を掴むような心境だった今までと違って、ずいぶん心強くはある。
今魔術が使えないのだって、裏を返せば必要な時に備えているからなわけだし。
ファーン大森林でゲートが開きかけたことを考えても、きっとその時はすぐ近くに迫っている。
だからこそ、貴重な日常を、今は満喫しておきたいとも思う。
せっかく、マックスとキアランが守ってくれた、この生活を。
蜘蛛騒動から1日置いて、今日は予定通り、学園に登校している。
バルフォア学園は、死傷者も出ないようなトラブル程度で、休校になるような軟弱教育はしていない。何が起ころうと平常心を保つのも、教育方針の一環だ。
実際死ぬ思いをした生徒が何人もいるんだけど、大変な目に遭った時ほど、深く考える時間を少しでも削って、ちゃんと日常生活を送らせる。怯えて引き籠る暇なんて与えない。
まさしく脳筋国家の学園らしくて、私は結構好きだ。自分一人だと立ち止まっちゃうことでも、同じ状況の人間が周りに何人もいれば、一緒に頑張れるものだし。
そういうわけで普段通りのカリキュラムにはなっているけど、やっぱり事後処理で人手が取られているせいで、半分以上は自習になってた。落ち着くまではもうしばらくかかりそうだ。
「昨日入った、最新情報なんだけど」
先生のいない授業中の教室でノアが、私、キアラン、マックスに、1枚の紙を開いて見せた。ヴァイオラとユーカはまだ課題が終わっていないから、自分の机で頑張っている。
「はあ!?」
そこに書かれているモノを見て、思わず叫んだ。クラスメイトたちから注目されたけど、それどころじゃない。
それは、思いっきり私の似顔絵が描かれた手配書だった。まさに、WANTEDって感じだ。みんなも、似顔絵と私の顔をまじまじと見比べる。
「なんでこんなことになってんの?」
声のボリュームを抑えて、ノアに詰め寄る。
当然グレイスの手配書だ。
でも、私が聞いていた話では、警備や警吏関係以上の組織だけに手配されることになってたはずだ。一般人にまで公開してたら、私という存在がある以上、間違いなく混同されて、かえって混乱することになる。
そもそも私の顔が犯罪者として指名手配されてるのは、やっぱり甚だ不本意だ。
食い入るように手配書を睨みつけ、そこで、あれ? と気付く。
「――え? これって……」
「うん。ランブロス王国での手配書。そこの外交官から入手した」
「はあああ?」
思わず聞き返す。
それと同時に、そういう線もあったかと、忌々しい気分になる。
グレイスの目撃情報が全く出てこないのは、ひっそりと隠れているからとは限らなかった。転移魔術が使えるなら、わざわざ警戒厳重なこの国に本拠地を置いておく必要はなかったんだ。
普段は警備の緩い平和な外国で過ごしてる可能性なんて、全然考えてなかったよ。
手配書には、罪状がごっそり羅列されていた。
一言でまとめれば、大量殺人犯だ。
その美しい外見で男を――特に、裏の世界で生きる札付きのアウトローに接触しては、連れていく。そして、付いていったが最後、二度と帰ってはこない。
だから証拠もない。時々見つかる死体と、例外なく関わりが確認されているという状況証拠だけ。容姿が目立つから、目撃情報だけは豊富に上がるらしい。
「おい、こんなのが、ランブロス王国では一般に出回ってんのか?」
マックスが眉間にしわを寄せる。私じゃないけど、これだけそっくりだとやっぱり気分はよくないよね。
「手配書なんだけど、美人画感覚で人気があるらしいよ。大量増刷されてるって。連れて行くのは選りすぐりのワルばかりだから、逆に歓迎する向きもあるとか」
「それ、フォローにならない」
ノアのプチ情報に、頭を抱える。何その想定外の展開。
ゲートを開くという目的を果たす行動の時だけこっちに来て、普段は外国で悪さしてるってこと?
ますます捕まえる手立てがないじゃない。
「そもそも悪い男ひっかけて、何してんの?」
思わず口調もヤサグレてしまう。
「あえてヤクザ者を選んでいるなら、脅すなり洗脳するなりして、悪事の手駒として使っているとかか?」
キアランが、一番ありそうな可能性を口にする。
で、用ナシになったらサクッと処分か?
「目撃情報を総合すれば、それもあると思うけど――」
ノアが難しい表情で、続けた。
「見つかった死体の一部、かじり取られてたらしいよ?」
「――っ!!!?」
ひいっ~~~~~~~!!! いきなりホラー!?
成人男子が魔物グレイスのゴハンですか!? ワルイ男が大好物な感じ!?
そうだよ、見かけが人間でも、間違いなく魔物だもん! 普通に人間食べてんのか!?
そしてノア! 今わざとイナガワ口調にしたな、このヤロウ!?
「何の話?」
ノアがさっと手配書を隠したと同時に、課題を終わらせたヴァイオラがやって来た。ユーカはまだ苦戦してるらしい。
「新型の魔物の話だよ」
ノアがしれっと答える。確かに嘘じゃないね。基本的に関係者以外には秘匿情報指定。友達だからって広めていい話じゃないから、しょうがない。
「蜘蛛の話? 完全に殲滅できて、本当によかったわよね」
ヴァイオラは当然、今一番ホットな話題の方を連想した。誰も訂正はしない。
「うちの領地でも、先月似たようなことが起こって、ロクサンナ叔母様たち、大変だったそうよ。ラングレーもでしょ? 公爵家の領地は、多かれ少なかれあるみたいね」
そのまま世間話に突入する。
もともと現在の公爵領は、強い魔物が出る地域に配置されたのが由来だから、そういう現象が現れやすい。
そしてとうとう、同じ現象が王都にも現れ始めたということ。
もう警戒するべきは、グレイスの暗躍だけじゃない。ある意味、自然現象そのもの。




