我儘令嬢の疑問
今日の午前中は予定を変更して急遽、家庭教師の先生方のお別れ会を催した。
一見厳しそうなやり手執事のジェラルドは、急の指示にもかかわらず、文句の付けようのない完璧な準備を手配してくれた。
突然の解雇とはいえ、お払い箱でハイさよならというわけにいかないからね。
私の可愛い教え子たちにそんなふざけたマネをする奴がいたら、バレないようにキツイお仕置に行くよ!!
「先生、急なことでごめんなさい。今までお世話になりました。もっといい職場を叔父様にお願いしたから、これからも頑張ってくださいね」
ボロを出さないように気を付けながら、謝罪と激励をする。
「いえいえ、お嬢様も今後の自主学習、頑張ってください」
元教え子のアイラが代表して、実にいい笑顔で応じた。
あれ? みんな怒ってない? それどころか、清々しい笑顔!? もしかしてせいせいしちゃってる!?
――ザカライア先生、泣いちゃうよ!!!
でも、これが普通の対応なんだろうなあ。我儘で気まぐれでクソ生意気な子供に振り回されるより、もっと扱いやすい子供を教えたいよねえ。
私は手ごたえある方が好きだったけど。
やっぱりうちの人たちが普通じゃないのか。
お別れ会を済ませ、厨房に足を運んで、今後の食事内容について事細かく指示を出す。
バランスや量、レシピや出す順番、回数、時間まで、正直凄くめんどくさいと思う。たんぱく質、糖質、脂質、ミネラル、ビタミンを偏らずに少しずつ、かつ多種類で取りたい。
私の場合、アスリートとモデルの食事制限のいいとこどりの折衷仕様で、特に細かい。
それでも、アデルは一言一句漏らさないよう、真剣にメモを取ってくれた。
「早速今夜から実践しますよ!」
すごく張り切ってくれている。
昼食の用意と後片付けが終わったら、すぐに市場へと買い物に出かけるそうだ。
アデルを見送って、私はいつも傍に控えてくれているザラに尋ねた。
「この屋敷の人たちは、どうしてみんな、私の頼みを何でも聞くの? 家庭教師の先生方のように、面倒だとは思わないのかしら?」
ザラは私が五歳の頃からお世話をしてくれてる侍女で、大きな商家の娘。この王都別邸の執事ジェラルド(34)と去年、年の差婚をしてからも、引き続き私についてくれている。一回り年上のしっかり者のお姉さんと言った感じ。
「お嬢様の素晴らしさは、深く付き合わないと理解できないのでしょう。お嬢様はいつも通り、人目など気にせずお嬢様らしく自由でいらっしゃるのが一番です」
ザラは微笑んで答えた。さも当然とでも言いたそうに。
おおうっ、何か知らんが、太鼓判を押してもらったぞ! やっぱり私の方針は間違ってないわけだな!
よし、今後も自由にやっていこう!!
あれ? ちゃんとした答えになってないな。
釈然としないものを感じつつも、昼食となり、それが終われば、午後のスケジュールはお稽古事。
これは令嬢としての必須のスキルなので、今後も続行する。というか、ダンスとかピアノ(もどき)とか刺繍とかマナーとか、全部私がやりたかったことが目白押しなんだよ!
まさに、ザ・お嬢様! って感じでしょ~! ダメと言われてもやりますよ! 1周目でどれだけ憧れてたことか!
食後、すぐにダンスレッスン用のドレスに着替える。
うん、さすが私。練習着ですら、手を抜いてない。今日のドレスはマダム・サロメのお手製、淡いブルーのフワフワが素敵な特注品。しかも別デザインが5着もある。成長期で一年も持たないのによくやるね。もちろんこれからもやります(ビシッ)!!
そして意外というか当然というか、私は社交ダンスにハマっていた。かつて毎日空手の形に打ち込んでいたように、毎日ダンスの基本動作の練習に余念がなかった。
うん、記憶がない時でも、やっぱり私なんだなあ。もしかして本来の私って、性格悪いのか? 記憶が戻ればこんなに善良なのに。――解せぬ。将来殺されないように、気を付けねば。
一流の先生の元、みっちり2時間ほどのレッスンを終えたところで、手が空いたらしい叔父様が見学に来た。
「叔父様~! 一緒に踊ってください!!」
「喜んで」
大はしゃぎでおねだりした私に、叔父様は笑顔で答えてくれた。
向かい合ってセットし、ピアノの演奏に合わせてくるくると踊りだす。
ああ、イケメンにリードされて踊る社交ダンス! なんて楽しいの~~!!
大きな手に、私の手を取られ組み合ってるのに、柔道の乱取りとは全然違うのよ~~!!
優雅!! 優雅だわ~~!!
私、今人生絶賛謳歌中~~~!!!
心の中でひとしきり思う存分叫んでいるうちに、踊り終わった。あ~、堪能しました!! ごっつあんです!!
「上手になったね。これならもういつでも社交界に出られるね。君なら注目の的だろう」
叔父様が褒めてくれて、気分も急上昇。
おお~う! 上流階級の証明、社交界!!
憧れる!! 憧れるけども!!
――多分、知り合いだらけなんだよな~。
う~ん。とりあえず、保留で。成人までまだ5年あるもんね。
それよりまだ物足りないなあ。ダンスだけじゃ、やっぱり偏る。
明日からまた空手の形を始めよう。
スタイルを創り上げるためのトレーニングも。
アスリートのトレーニングはもうやらないけど、モデルさんレベルのエクササイズは必須だよね。
早速メニューを組もう。
あっ、そうだ! トレーニング用のウエアをマダム・サロメに発注しないと!
ああ、忙しいなあ。
この夜の食事メニューは、文句の付けようのないものでした。ありがとう、アデル。