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初代の部屋

 質素な机に書物を広げている私服のキアランが、目を見開いて私を見ている。


 キアランの元への転移、成功!! でも、私一人で!?


「あれ!? マックス!?」


 慌てて見回しても、ここにはキアランしかいない。


 えええ!? マックスはどこ!? どっかではぐれちゃった!!? さすがに血の気が引いた。


「キアラン、ちょっと魔力貸して!!」


 私の突然の闖入に驚くキアランに説明もなく、焦りながらガッとその手を掴んだ。


 透視の魔術で探す。さっきまでいた私の部屋に、一人で残してきちゃってたみたいだ。とりあえず無事でよかった。


「――ああ、よかった……」

「早速、魔術の練習か?」


 私の様子で大体察したキアランが、胸をなでおろしている私に笑いかける。


「うん。突然ごめんね。()()()()()が他にいなくて。本当は魔力元のマックスも一緒に連れてくるはずだったんだけど」

「ああ。多分、この空間に弾かれたんだろう。ここは、入る人間を選ぶから」


 キアランが説明してくれる。確かに、部屋とは言い難い、奇妙な空間だった。


 ファーン大森林の大木の中にあった、守護石の保管場所と共通のものを感じる。あれよりは大分圧が低めというか、居心地の違和感が弱い気がする。多分、時間の流れが、それほど通常と変わらないんだろうな。その方が、出た時に楽なはずだから助かるけど。


「ここ、何?」


 きょろきょろと見回して、キアランに問いかける。


「ここも、ガラテアの用意した空間だ。この赤い石と同様に」


 キアランが、古い書物の横に置いてある赤い守護石を示した。昨日、私が渡したやつ。


「ああ、それで、キアランは昨日、いろいろと分かってたんだね」


 書物の方に視線を送りながら、納得する。やっぱり王家に、何らかの情報は伝わっていたわけだ。私がデメトリアの書物を見つけたように、キアランもガラテアからの物を入手していた。


「ここに入れるのは俺だけだったから、他には誰も知らない。お前が二人目だ」

「分かった。他言無用ってことね」


 私もすぐに飲み込んで頷く。要は、デメトリアの手記と同じ扱いってことね。あれも私とアイザックしか知らない。私が要約した翻訳は、アイザックの判断で必要なところには回ってるかもしれないけど、原本は完全に秘匿情報だ。


「ところで、グラディス。もういいか?」


 納得している私に、キアランが訊いてくる。その視線をたどり、キアランの手を両手で握り込んでいたことに気付いた。なんとなく気恥ずかしさを感じて、ぱっと離す。


「あ、ああ、ごめんっ。ありがとう」

「魔術を使うには、魔力持ちに直接の接触が必要なようだな。さっきわずかに魔力が引き出された」


 ちょっと放っておけば、どんどん察していくキアランが、少し考えこんだ。


「練習をするのはいいが、今後の方針は決まってるのか? どうせお前のことだから、初めての魔術に浮かれてとりあえず暴走して、先をあまり考えていないだろう?」


 大分失礼な言い草をしてくる。でもよく考えたら、訂正できる箇所がないかもしれない。


「考え中」


 控えめな反抗をする。まさにたった今からな! と余計なことは言わないけど、きっと見抜かれてるんだろう。


「キアランはどう思う?」


 質問を質問で返してみて、内心、おお、これは! と思う。なんだかんだで、私にはあまり身近な相談相手がいなかった。事情を深いところまで理解してくれてて、いろいろ考えてくれるキアランは、すごく頼もしい存在なんじゃないだろうか。


「お前の魔術を知っているのは、まだ俺とマクシミリアンだけなんだろう?」

「うん」

「当分は、できるだけ現状維持した方がいいだろうな。最悪の場合の切り札として取っておいて、日常では今まで通り魔術が使えない風を装うべきだ」

「ええ、なんで!? そりゃ、転移とか、特殊技術は隠すけど、普通のやつまで隠すの?」


 一般的に使われてるレベルのものなら、そんなに警戒する必要がないと思ってた。そのせいで少し不満気に訊き返す。

 キアランは当然のように答えた。


「弱点が明瞭すぎる。下手に使ってる様子から推察されたら、悪意のある者に簡単に対策を取られるぞ」


 その指摘に、ぐうの音も出なかった。そう。まさに、誘拐事件の状況がそうだ。周りに魔力持ちがいなかったら、結局何もできない。

 私が魔術を行使するときは、必ず誰かと手を繋いでいないといけないのだ。不自然すぎる。きっとキアランじゃなくても、すぐバレる。


 はあ~、ガッカリだ。やっぱり魔法少女は、真の力を隠すものなのか。


「あと転移魔術だが、必要に迫られて使った場合、お前は間違いなくグレイスと誤認されるから気を付ける必要があるな」

「あっ!?」


 更に追い打ちがかかって、はっとする。

 おおうっ、確かにそうですよ!? この顔で転移魔術まで使ったら、私だってそう思うわ。知り合いでもない限り、弁解すら聞いてもらえず攻撃されそう。


「まあ、使いこなせるようにしておくのは有用だから、訓練は秘かに頑張ればいい。俺はあまり協力できそうにないが」


 目に見えてガックリした私に、キアランは何とか慰める。しかも意外に非協力的。確かに王子様が都合よく一人でいる機会なんて、そうそう作れないだろうけど。

 そんな現実ばかり突き付けられた後で、今更どうしろと……?


 ちょっと恨みがましい目で見る私に、気を逸らすためか、キアランが手元の書物を指し示した。


「お前も、読んでおくか?」


 ガラテアが残したものに、私も視線を落とす。


「――ん~……やめとく」


 少し考えて、断った。興味はある。今後の参考になることもあるかもしれない。


 でも、昨日の件で分かった。本当に必要なことは、必要な時にちゃんと降りてくる。無理にこれ以上の情報を、取り入れる必要はないと思う。ただでさえ3人分の人生を背負ってるのに、これ以上どんどん前世の記憶を増やしていきたくない。


 何より、確実な予想がある。出会って間もない頃、キアランから聞いた、ガラテアの()()()()のエピソード。先祖の日記とか言ってたけど、あれ、間違いなく出典はこれだ。絶対に読みたくない。


「そうか……」


 キアランは苦笑しながら、それ以上勧めることはなかった。


「それより、マクシミリアンはいいのか? お前だけ消えて、心配してるんじゃないか?」

「――あ……」


 尋ねられて、初めて思い出す。

 

 絶対置いてくなよ、と言われた傍から、見事に置いてきちゃったよ。そして今間違いなく猛烈に心配しているはず。


「ごめん、もう帰る。魔力、分けてくれる?」

「ああ。手を握ればいいのか?」


 キアランが立ち上がって、私に向かい合った。


「ああ、この場合は……」


 ――あれっ?


 いざ真正面に立ったら、思わず手を伸ばすのを躊躇ってしまった。最近は制服か体操服姿しか見てないから、なんかラフな私服姿が、変な感じだ。


「どうした?」

「な、何でもない」


 怪訝そうな表情のキアランに慌てて首を振り、すぐに両方の掌を、キアランの胸に押し当てた。


「じゃあね、キアラン。また明日」

「ああ。気を付けて帰れよ」


 別れを告げて、ぱっと転移魔術を行使した。


 元通り、一人で自分の部屋に無事戻る。なんだかすごく、ほっとした。どうして、私はさっき――。

 

「グラディス~~~!!!」


 真後ろからの叫び声に、はっとする。

 

「あああ、マックスごめん! これは不可抗力で――っ」


 その後しばらく、マックスのお説教を甘んじて受けるハメになった。

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