キアラン・グレンヴィル・2(友人・クラスメイト)
なぜ俺なのかは分からない。
だが、それは600年間、俺を待っていた。
見つけたのは、7歳の時。王城の隠し通路を一人で探検中、転びかけて偶然手をついた壁に、謎の空間が開いた。
それからはしばしば、人目を盗んではここに訪れている。
今日、ファーン大森林での脅威が、ひとまず去ったため、深夜を待って、久しぶりにこの場所に訪れた。
不思議な空間にあったのは、一冊の書物。随分と読み込んだそれを、今日も手に取ってみる。
発見した直後は、すぐに周りに知らせようとしたが、書物を空間から持ち出すことはできなかった。その上、空間自体、俺が一人でいる時にしか開かなかった。
その時点で、人目に触れさせるべきものではないのだと理解して、口を噤んだ。きっと、ここに来れる者だけが読むべき書物なのだ。
代わりに古い文字を必死で学び、暇を見つけては通って、1年かけて解読した。
結果、それは建国の大預言者、ガラテアの手記と判明した。国宝級の大発見だ。
しかしなぜ外に出すべきでないものなのか、解読し始めた段階から、すぐに納得した。
建国の王とそれを支えた当時の者たちによる、未知の存在との闘いの記録。その戦いはおよそ300年ごとに繰り返され、今なお続いているという。
そんな話を、一体誰が信じるというのか。
俺自身は、まるで先の分からない物語を読むように、心を弾ませながら読み進めたものだが。
読むにつれ、現在に伝わる内容と、当時の事実があまりに食い違っていることを知った。
その未知の敵の暗躍のためか、歴史は正しく伝わらないのだという。だからこそ、この手記は600年もの間、特別なこの空間に隠されてきたし、外に出せないようにされている。
おそらく世に出したが最後、現在の正しい内容は失われるのだろう。
この国が建国された目的は、世界で最後に残った異界へと繋がる歪みから、敵の侵攻を食い止めるためだった。
戦闘能力に特化した身分制や、大預言者の肩書や制度、極端な尚武の気風もそのためだ。国家を挙げて、強さを維持する必要があった。
300年ごとの戦いに備えるために。
中でも特に意外だった現在との大きな違いは、大預言者は強力な魔導師でもあったこと。
本来大預言者や預言者には、尋常ならざる魔力が備わっているらしい。
ガラテアの時代は、最前線で戦う最大の戦力であったという。今とは全く正反対だ。
手記の中で、もう一つ驚かされた事実がある。
それは建国の初代ハイド王と、ガラテアが婚姻していたということ。ガラテアは大預言者であると同時に、王妃でもあった。
これほどの事実が、数百年の間に言い伝えすらも残されず歪められてしまった。正確な歴史と情報を伝えるために、こんな空間が用意された理由がよく分かる。
今では、預言者は婚姻すら認められない状況になっているのだから。
ガラテアによれば、預言者は守るものを得て、より強い力を発揮するのだという。だとしたら、今の状況自体、弱体化させるため、敵勢力の介入があったのかと疑いたくなる。300年もスパンのある気の長い戦いなら、どんな些細な工作でも、結果は大きく変わってきそうだ。
更に手記には、600年後、ファーン大森林で、致命的な事態が起こる可能性が警告されていた。
必ず食い止めるから、その時に転生している自分を、どうか助けてほしい――最後のページには、そう記されていた。
王家の血筋は、ガラテアの血筋でもある。遥か600年先の子孫への、切実なメッセージ。
手記を解読の末にそれを理解した時、正直戸惑った。
ガラテアの時代から600年後の大預言者は、ザカライアだ。俺が生まれるすぐ前に、亡くなっている。
だとするならこの予言の出来事は、ずっと前に終わっていることなのだろうか? 俺より二世代くらい前の先祖の誰かが、すでにこの手記に出会い、メッセージの通りに大預言者ザカライアを助け、脅威を切り抜けた後なのだろうか?
また歴史が歪められ、それが現在に伝えられなかっただけなのか?
父上にそれとなく訊いてみても、糸口すら掴めなかった。ザカライアと親しかった祖父のコーネリアスは、ザカライアと同じ頃に亡くなっている。
父上に心当たりがないなら、誰に訊いても同じだろう。
ずっと一人でもやもやとしたものを抱えながら、それでも自分を鍛えることだけは、常に心掛けた。このメッセージがもし俺へのものだった場合、確実に対応できるように。
あまり可能性があるとも思えないが、もし俺の前に大預言者が現れたなら、国を守るため、全力で支えていく覚悟は当然ある。
そう、国を守るため――ずっと、そう思っていた。
だから今の俺の状況には、別の意味で困惑している。
出会ってからすでに6年。
今思えば、最初に見据えられた強くまっすぐな青い目に、その時点で、心ごと射抜かれていたのかもしれない。
だがすぐに否定した。俺とともに歩む者には、逃げられない義務が課せられる。
母上の苦労を知っている。あんなに自由奔放な人間を、堅苦しい城に縛り付けることになるのは気の毒だ。必要以上に近付いても、お互いの幸せには繋がらない。そう言い聞かせて、自分の心に固く蓋をした。
外で偶然に再会して、それから友人付き合いを続けていくうちに、彼女が預言者であることは、嫌でも察せられた。
それでもやっぱり、王城に囲い込まれる未来なんて到底思い描けないまま、ずっと見ないふりをした。
エイダ以下、優秀な預言者は何人もいる。わざわざ台風の目を無理に押し込む必要はないだろうと、自分に言い訳をしながら。
だから、確信した時には血の気が引いた。
あのガラテアのメッセージは、やはり俺に向けられたものだったのだと。
別れ際グラディスに託された、赤い石を改めて見つめる。ガラテアが残したという守護の石。――俺以外に、もう一つ用意された支援か。
その確信を持ったのは、去年のメサイア林でのこと。
あの神秘的な風景は、どこかガラテアの不思議な空間を連想させた。そこで、理解しがたい現象を目の当たりにした。
意を決して尋ねてもはぐらかされて、あえてそれ以上の追及はしなかった。いや、俺自身動揺していて、それ以上、距離感を動かす覚悟が持てなかったせいだ。
その時は、助けてね――今も、耳に残る言葉。
俺の大預言者は、グラディスだった。




