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補修

「グラディス?」


 突然放り出された絶体絶命の状態で、平静を保つ私に、マックスが不審な目を向ける。私を抱えるキアランは、ただ静かに私を見守っている。


 今の私は脳内が飽和状態で、騒ぐ余裕すらない。


 やり方は分かったけど、できる……? できるのか!? いや、やらなきゃ死ぬよ、さすがに。


 頭どころか全身を駆け巡るような情報の奔流から、必要な部分を取り出す。よし、コントロールできてる!


 掌の赤い守護石を握って、念じる。


 その瞬間、魔法陣が私たちの足元に広がり、紫色の閃光が走った。


「えっ!?」


 ブラックホールに引きずり込まれるような、一度だけ経験したことがある感覚。

 目を開けば、蜘蛛生産工場の大元、黒い歪んだ空間の前に立っていた。


「なっ!? ――転移、したのか!?」


 唖然とするマックスの声で、他人事のように、成功したことを知る。


「お前が、魔術を使ったのか? それも、逸失魔術を……?」


 訳が分からない、という表情。そう、預言者の私が、魔法を使えるはずがない。それが当然の常識。


 だからこれは、トータル90年ほどの私の人生で、初めての魔法!! それもすでにこの世界に残ってないはずの転移魔法!

 私今、憧れの魔法少女ですよ! ひゃっふう~~ぅっ!! はしゃぐ暇がないのが本当に惜しい!


 とにかく今は一刻の猶予もない。


 ここは蜘蛛の生産地。さっき以上に囲まれている。やるべきことをさっさとやってしまおう。


 また別の魔術を、脳内から引っ張り出す。


 苦もなく発動できた。また白い空間に入り込む。白い世界に、黒い歪みがある。この次元で、その歪みを正して、元の世界への影響力そのものを消滅させる。


 これは2代目のデメトリアが、手記に残してくれていた魔術。

 世界の各ポイントで、果てしなく続いてきた代々の攻防の中から、少しずつ試行錯誤し、完成させていった最終形態。

 300年前は、最後に残ったゲートに侵入者の猛攻が集中し、デメトリアも力及ばず、防衛だけで精いっぱいで終わった。


 まだ開き始めのこの状態なら、初心者の私でもなんとか塞ぐことができそうだ。いや、必ず塞ぎ切らないといけない。取り返しがつかなくなる前に。


「さっきとは、別の空間か?」


 キアランが周りを見回して呟く。


 あ!! 一人でさっさとすますつもりだったのに、キアランも連れてきちゃった!

 っていうか、マックス一人で置いてきちゃった!?

 さすがにちょっとテンパってたみたいだ。ごめんマックス。まあこの空間にいれば時間はほとんど過ぎないはずだから、すぐ戻ればバレないよね。バレたら素直に謝ろう。


 それこそ蜘蛛が誰にも教わらないまま巣を作れるように、今の私も、自分のやるべきことが自然に分かる。


 デメトリアが残してくれた手記で、ゲートを完全に塞ぐための術の完成形が残されている。

 預言の中から、古今東西の魔術が、私の脳と感覚に刻まれた。

 そしてガラテアが残してくれた、この守護石に、魔術を実行させるための魔力が蓄積されている。


 だから、まだ浅いこの程度の出入り口だったら、今の私でも対処できるはず!


「キアラン、ちょっと待ってて。やってみる」


 キアランの腕から降りようと思って、ふと気が付いた。

 触れている部分から、私の中に力が流れ込んでいるような気がする。


 もしかして、さっきから私の魔術の補助をしてくれてた?

 いきなり簡単に初めての魔術を成功させられたのって、そのせいかもしれない。


「キアラン、私が何をするか、分かってるの?」

「いや。俺はただ、お前が何をしようと、支援しているだけだ。それしかできなくて、すまないが……」


 申し訳なさそうに、表情を曇らせる。


 私は地面に飛び降りるのをやめて、抱えられたまま、魔術を発動させた。

 今あえて試す気はないけど、きっとキアランは、私と直接接触してなくても、この空間で動ける。でも、このままでいいや。

 なんだか、力が余計に湧いてくるから。


 いくつもの魔法陣が、歪みを囲むように光り始める。歪みと魔法陣の力比べだ。ぎゅうぎゅうと押し潰すように、少しずつ小さくして、正常な空間へと塗り替える作業。


 それに必要なあらゆる能力が、底上げされているような感覚が自覚できる。

 知識だけあっても、自分自身の経験は全くない。なのに、集中力も術の手順も魔力の調整も、すべてが順調に紡がれていく。


 ――これが王家の支援と増幅の力。


 まったく、キアランは何を言ってるんだか。それしかできない? それでどれだけ今、私が助けられてると思ってるの?


 正直、ガラテアの守護石、パワーというか、残量というか、魔力量が不安だった。むしろガラテアの時代の戦いとは別に、よくこれだけの余力を600年後に回してくれたとは思うんだけど。

 使い方は分かってても、魔力が切れたらそこで終わる。私が自在に使える魔力なんて、他にはこれっぽっちもないんだから。

 何よりさっきから、えらい勢いで、赤い守護石から魔力が放出されてるもん。


 ああ、マズイ! 魔力残量が、もうすぐ尽きる!


 ハラハラしながら術を続け、ほぼ空になる手前で、空間を完全に正常な形に戻した。


 ホントにギリギリ、危なかった! キアランのサポートがなかったら、確実に失敗してた。


「ありがとう、キアラン。とりあえず、穴は塞げたみたい」


 心からの感謝を込めて、成功を喜ぶハグをする。


「――そうか、よかった。だが、まだ終わりじゃないだろう?」


 ノリの悪いキアランは、ほっと一息つきながらも、困った顔で答えた。


「うん。マックスのところに戻ろう。もうこの世に生まれちゃった蜘蛛は、きっちり駆除しないと」


 わずかに残った最後の魔力で、元の空間に戻った。守護石はもう空っぽだ。魔法少女は短い夢だったよ。

 その代わり、さっきまで蜘蛛の出口があった場所の歪みは、影も形もなくなっていた。


「おい、さっきから一体何が起こってんだよ!? お前ら、今一瞬消えてただろ!? 黒いもやもや、どうなった!?」


 マックスが、なんだか投げやり気味に叫ぶ。致命的な崩壊は避けられたものの、危機はまだ依然として去ってはいない。


 私たちは蜘蛛の巣のど真ん中に立たされているようなものなんだから。


 そして私は、カッサンドラの空間の時ほどじゃないけど、やっぱり体が重くて、うまく動けない状態になっていた。しばらく自力では歩けなそうだ。


 さて、どうしよう。

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