グラディス初日
翌朝、私はいつもと同じ調子で朝食の席に着いた。
「昨日はずっと具合が悪かったようだけど、もう大丈夫かい?」
優しい叔父様がテーブル越しに聞いてくる。
「はい。すっかり。ご心配おかけしました」
私は笑顔で答える。いつもと変わらない家族二人だけの食事風景。グラディスもザカライアも完全に一人の人間として統合しているから、特別困ることもない。
要は普段通り、私らしく振舞えばいいだけ。
「昨日は先に帰ってしまってごめんなさい。叔父様、大丈夫でした?」
「ふふふ、何のお茶会かは気が付いてたんだろう?」
叔父様がおかしそうに笑う。怒った顔など見たこともない。
「私は、王妃には向かないと思いますわ」
「そうとも限らないと思うけど、君の好きにするといい。とりあえず顔だけは出して義務は果たしたからね。あとは気にしなくていいよ」
ああ、やっぱり叔父様、サイコー!
昨日のお茶会はやっぱり、王子と身分年齢の合う女子を一堂に集めて品定めする会だったんだ。
私の我儘な行動に保護者としては困っただろうに、なんて懐の広さでしょう!
ついでに今後の生活改善についても交渉していこう!
「叔父様にお願いがありますの?」
「何かな?」
「今教わっている3人の家庭教師に、暇を出していただきたいのです」
直球で要求を出す。現在の生活パターンでは、午前中は家庭教師を招いての学習時間になる。いわゆる学園対策だ。学園改変が進んだ現在では、令嬢の多くは文官系の学問を専攻する。
目下、三人の家庭教師が、それぞれの専門分野を私に指導してくれている。貴族の子女としては当然の教養を身に付けるために。
でもこれ、私には正直必要ない。ここ十年間の状況や新説ぐらいをさらっとけばいい話。10歳の勉強からやり直すのはあまりに非効率だよね。そもそも三人の家庭教師中、二人はザカライアの教え子だから。二人だけ辞めさせると問題だから、いっぺんに全員ってことにしただけ。
「もちろん先生方には何の落ち度もありません。でも私、今後は自主学習をすることに決めましたの。先生方には、次の良い仕事先を紹介していただけますか?」
「いいよ。そのように取り計らおう」
叔父様はにこにこと、即決。
おいおいっ、それでいいの!?
思わず内心で突っ込んじゃうよ。
勉強が嫌だから家庭教師をクビにして、と子供に言われて、どこの大人がまともに相手にするっての!?
自分で要求しといてなんだけど、元教育者としては、こんな完全に子供をスポイルするような保護者は認められないよ!
でも叔父様はこういう人なんだよねえ。私の我儘をとことん許容してしまう。これはグラディスの物心ついた頃にはすでにそうだったと思う。
何につけても賢明で堅実な人なのに、どうして私に対してだけこんなにザルなんだろう? ある意味お父様より甘いと思う。
そりゃ、私が我儘に育つわけだよ。
まあ、要求が通ったのはいいんだけど……。どうにも腑に落ちん。
釈然としないまま、サラダを食べ、野菜スープを飲む。
あれ? そういやメニュー野菜だらけだ。これも要改善だな。
さすが記憶がなかった時でも私は私と言うべきか、スタイル維持のために、かなりの節制メニューを自らに課してたんだよね。それこそ専門家並みに研究してて、お菓子も油物も断って、理想の美容を追及してた。
この意志の力とか、徹底っぷりとか、我ながら恐ろしい子供だよ、ほんと。年齢誤魔化してるんじゃないの?
ただいかんせん、こちらの世界の節制メニューは残念ながら非科学的なんだよね~。タンパク質が全然足らない。子供の取る食事じゃないよね、これじゃ。摂食障害になる前でよかった。
今後は食事だけじゃなくて、運動とうまく組み合わせて体を作っていこう。
「叔父様。これから、食事のメニューも変えようと思います」
「わかった。ジェラルド。アデルを呼んできて」
私の提案に、叔父様は即座に料理人を呼び出してくれた。
「お嬢様、いかがいたしましょう?」
料理人のアデルは慣れた様子で尋ねる。まあ、私にメニューの口出しされるのは、毎度のことだもんな。そりゃ慣れるか。どーもご苦労様です。
「今までの食事だと、成長に足りないことに気が付いたから、また大幅にメニューを変えようと思うの。後片付けが終わったら打ち合わせをしましょう」
「かしこまりました」
嫌な顔一つせず承知し、下がっていく。おう……これもあっさり解決。
それは喜ばしいんだけど、うーん……何だろう、この違和感。
……今まで気が付かなかったけど、この屋敷の大人って、みんなおかしい? もし私が大人だったら、正直こんな小生意気で我儘な子供に振り回されたら、もっと腹が立つと思うんだけど。
態度には出さなくても、普通ハラワタ煮えくりかえるよねえ?
全然反発心的なものを感じないんだけど。
よく考えたら、叔父様だけじゃなくて、使用人のみんなも私の我儘にすごく寛大なんだ。決してイヤイヤというわけでもなく。
何か、理由があるんだろうか?