呼ぶもの
象みたいな蜘蛛3体に囲まれるとか、ホントに怖い。冷や汗が止まらない。
そもそも私は常に守られる立場だったから、こんな風に魔物と対峙したことなんてないんだよ。
大木を背に、これ以上下がれないまま、木の上から少しずつにじり寄ってくる蜘蛛を、息をつめてただ見上げた。
2つのビジョンのうち、全員捕まる方には見えた死の予感が、私一人で捕まる分にはなかった。それだけが、今のかすかな希望だ。
でも怖いことには違いないんだよ~。
内心最高潮にビクビクしながら、体の動きを極力止める。
私一人なら無事な理由なんて、守護石持ってることくらいしか思い当たらない。
守護石頼むよ~!! 胸元の石を頼りに、ひたすら無事を祈る。
音を出すのをやめたせいか、蜘蛛たちは私の姿を見失ったみたいだ。
やった! やっぱり、守護石が守ってくれてる! 私が蜘蛛を感知しにくいように、蜘蛛も私の気配を探りにくくなってるんだ。
このままひたすらじっとしてれば、やり過ごせるはず!
と思ったら、見えない獲物めがけて、1体の蜘蛛が探るように、その辺に適当に白い糸を打ち込み出した。これに慌てて反応したら、今度こそヤバイ。
そのうちの何本かが、木の幹ごと私に巻き付いた。
ひい~~~~っ!!! 足と胸が木に固定された!?
悲鳴はあくまで心のうちに留めて、ひたすら石になりきる。そうよ、私はただの石! 石仮面をかぶるのよっ! って、ああ、これ別のやつだ! あれ、なんだっけ!? モトネタが思い出せない。
現実逃避でもう脳内大パニックだよ! そもそも私現場の人間じゃないから! 安全なとこからあれこれ口出す担当の人だからね!?
ああ、私今捕まっちゃってる状態かも!?
ガクブルで、多分短いんだろうけど、ものすごく長く感じる時間を過ごす。
しばらくして、やっと蜘蛛たちは諦めて、また別の獲物を探しにこの場から消えた。
それでも数分は、息をひそめて動かない。蜘蛛とだるまさんが転んだをやってる気分だよ、ホントに。頼むからもうこっち振り向かないで。
完全に警戒から外れたことを確信してから、やっと長い息をついた。
いつも邪魔者扱いしがちだけど、護衛の人ありがとうございますと、初めて心の底から思ったわ。超怖かった。
「さて、これをどうするか……」
体に何本か巻き付いた白い糸を見下ろす。
多分透明な糸が切断とかセンサー系で、白いのは捕獲用っぽい。恐る恐る動いてみても、蜘蛛が引き返してくる様子はないし。
白い糸は、ネバネバと強力に張り付いていて、たった何本かなのに、私の力では到底引きちぎれない。指でちょっと触ってみて、違和感に気付いた。
私の指には、まったくくっつかなかった。よく見ると、ジャージにはべったりだけど、髪にも張り付いてない。
守護石効果? 首を捻りかけて、はっとした。一つ心当たりがある。
トロイだ。あいつ、私だけサービスで、特に念入りに防御魔法かけてあげるとか言ってた。
ホントにやってたのか!?
いや、助かったんだけど、なんというか……。――いやいや、ここは素直に感謝しとこう……。本当に腕は確かなんだな。
まさか、トロイの女好きに感謝する日が来るとは……。世の中何が起こるか分からない。
私本体を糸が弾くなら、何とか抜け出せそうだぞ。
まず片方の靴を脱いで、身をよじり、なんとかジャージのズボンから足を引き抜いてみる。
動いた不可抗力で触れた糸は、つるりと生足の上を滑った。よし、いける!
あっ、しまった! うっかり靴下引っかけちゃった! 残念だけど、それも諦めて脱ぐ。
よしよし! とにかく片足、抜けた!!
今度は反対だ。脱いだ靴を裸足で履き直してから、もう片方も同じ手順で抜け出す。今度はうまくやって、靴下は無事だった。
やった! ズボンから抜け出して、腰から下がフリーになったぞ!
あとはジャージの袖から片方ずつ腕を抜き、万歳をして、下にずり下がる。
これ以上被害を拡大しないためにも、糸に触れないように細心の注意が必要だ。毎日柔軟体操欠かさずやっててよかった。
さすがにパンツを失うわけにはいかないからな!
そうして私は、見事に蜘蛛の糸から解放された。
さっきまでいた場所を見れば、ジャージの上下と靴下の片方だけが、なんとなく人型を残して木の幹に貼り付けられていた。
おおっ、これぞまさしく忍法空蝉の術!! こんな時なのに、ちょっと感動だ。やり遂げたぞ、私! 抜け出す過程のカッコ悪さは、スルーの方向で!
私の今の格好は、上は半袖体操服だけど、下は下着の状態だ。動くと確実にパンツが見える。まあ、最悪靴さえ残れば移動はなんとかなるから、ここは御の字というべきなんだろう。
あとでトロイにお礼言っとこう。ちゃんと服着てて、更にルーファスがセットの時に。増長されても困るから、感謝しすぎてもダメなのが難しいところだな。
大きく伸びをしてから、脱出再開。
さすがに正確な現在地は見失ったけど、大体の位置と方角くらいは分かる。一番森の外に近い方向を見定める。うまくいけば、1時間くらいで森林の北側に出れるはず。
パーティーのみんなも、ちょうどそこに出たころかな。私も急いで後を追おう。
進めかけた足を、ふと止めた。
逃げるなら、この方向に行かないといけない。
なのに、なんだ、この感じ……?
正反対の方向がすごく気になる。
この状況で、戦う力のない私にできることなんてないのに、それでも、森の中心に何かある気がする。
はっきりと、呼ばれている。大預言者としての私が。
何に?
それは分からない。
けど、多分私がそこに行くことは、ずっと前から決まっていたことなんだろう。まるで誰かに、運命の糸を操られているような気すらする。
その場所で、私にはやるべきことがあるのだと、予言とは違う何かが呼びかけてくるようだ。
思わず頭を抱えたくなる。
――マックスに無茶はしないと約束したばかりなのに、また怖い目に遭いに行かないといけないのか……。
ああ、いやだ。さっさと逃げたい。
分からないのも大変だけど、分かっちゃうのもそれはそれで困りものだなあ……。
今は、行くべき時なんだと、分からなければよかったのに。
「あ~~~! もう! 私に何をしろっての!?」
やけくそ気味に吐き捨てて、退路に背を向けた。




