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逃走

 最大の警戒をしつつ、深い森の中を進んでいく。


 すでに生態系を築いているような通常の魔物は、こっちの世界の生物としての性質が強いせいか、割と普通に予言も感知もできる。

 でも、さっきの蜘蛛は、いくらかはマシだけど、やっぱり先がよく読めないみたいだ。曖昧だったり断片的過ぎて、あまり役に立つ形のビジョンが降りてこない。

 向こうの世界と繋がるゲートが不安定なせいで、本来は来るはずでないものが入り込んで来ちゃった異質な存在みたいな感じだ。


 今一番確実に頼りになるのは、なんとユーカのソナーなんだよな。本当に得難い戦力に急成長中なのが、実戦だとよく分かる。


「待って。向こう、200メートルくらい先に、立ち往生してるパーティーがいるみたい」


 ヴァイオラが知らせてきた。学園の罠が解除されたおかげで、騎士の探索能力も通常に働いている。蜘蛛以外には。


「ユーカ。蜘蛛は?」

「半径500メートルにはなしです」

「よし、急いで助けよう!」


 迷わず決断をした。ここでスルーした場合、そのパーティーが蜘蛛の大襲撃を受けるビジョンが、一瞬見えてしまったせいだ。――ああ~、見えなかったら、素通りしちゃったかも。


 さっきからずっと、嫌な予感が背筋にビシバシ張り付いてる。脳内警報が鳴り響きすぎて、ほとんど感覚がマヒしちゃってるくらいだ。

 人のことかまってる場合じゃないんだけど、だからって生徒を見捨てるわけにはいかないもんなあ。


 迅速に駆け付け、網の下でもがいている6人の生徒たちを、一人ずつ外に引っ張り出す。この罠、朝イチで回避したのと同じ奴だ。感電の苦痛の錯覚を、ティルダが魔術で取り除く。


「魔術のコントロールがおかしいわ」


 出てきた人間から順次正常に戻す術をかけながら、ティルダが落ち着かなそうに周囲を見回した。魔術師としての鋭敏な感覚を持ってるティルダが引っ掛かりを感じるなら、何かある。


 私も注意深く、周りを見てみた。少し離れた木の上に違和感を感じて、目を凝らす。


 何かある?


 私の視力は基本一般人だ。あんな離れたらよく分からない。


「あそこ、何かない?」


 一番目ざといダニエルに、違和感を感じた場所を指し示す。


「ん? 何かって……っ!!?」


 一瞬で、ダニエルが青ざめた。


「透明な、デカイ蜘蛛の巣がある! あそこ、奴らの巣だ!」


 その場の全員に、緊張が走る。急いで全員を動ける状態に戻して、直ちに2パーティーでまとまって移動を開始した。


 私たちが最初に見た蜘蛛の糸は、確か白だった。私にも普通に見えた。つまりは見える糸と見えない糸を使い分けて、罠にかける知能がある可能性が高い。


「進む先をよく見て! 見えない糸の罠があるかもしれない!」

「わあっ!?」


 私の忠告は少し遅かった。別パーティーの斥候役が、白い糸をよけた先で、透明な糸に引っかかった。

 脛の辺りの裾がスッパリ切れて、血がにじみ出してる。


 おうっ、痛そう。でも走り出しでスピードが乗ってなかったおかげで、傷は深くなくてよかった。


 でも、問題はそこじゃない。


 私は声も抑えず叫ぶ。


「居所が察知された! 全力離脱して!」


 昔忍者屋敷で見た、鳴子を思い出した。ワイヤーに引っかかると、ガラガラと警報が鳴るやつだ。この振動は、本体に伝わる。


「蜘蛛が1体、近付いてます! 向こうから、300メートルの距離!」


 一斉に走り出す中、ユーカが状況報告をした。

 逐一確認しながら、私はその都度指示を出す。


「進路はこのまま! 誘導された先にもいると思って!」

「待ち伏せいました! 向こう400メートル先です! あ、私たちが行かないことが分かって、追ってきます!」


 私たちの移動に合わせて、どんどん状況が変わっていく。

 この人数に加えて、血の匂いをさせている。ユーカのバリアももう確実とは思えなかった。


 最悪、追いつかれそうになったら、やってみる!?


 ソニアに担がれながら、真剣に考えた時、不意に、2つのビジョンが脳裏に降りてきた。


 ――うわあ……。


 両方を反芻してみても、それしか言葉がないわ。

 どうしよう。いやいや、結論は出てるんだけど、相当の覚悟がいる。


 嫌だけど――ものっすごく嫌だけど……二択のうちの()()()を選べば、死人は出ない。――多分。


 決断が遅れた分だけ、刻々と未来は変わる。それも悪い方に。


 やるしかない。


 腹をくくって、ソニアに言った。


「ソニア、少し先で私を降ろして」

「えっ!?」


 私のありえない指示に、周りのみんなもぎょっとした。


「何を言ってるの!?」

「考えがある。みんなはこの方向に真っすぐ行って。私は別にやることがある」

「私も一緒に行くわ!」

「それじゃ、計画が崩れる。説明してる暇はないけど、必ずみんな助かるから!」


 食い下がろうとするソニアの腕から、ほとんど強引に飛び降りた。不安そうなメンバーたちに、満面の笑顔を見せた。


「また後で会おう!」

「必ずよ!?」


 心配する仲間たちの声を背中に、私は一目散に別の方向へと駆け出した。


 私の役割は、ぶっちゃけ囮だ。

 音と振動を立てながら、とにかく必死で走る。いくら私が全力で走ったって、騎士たちの疾走よりは遅い。蜘蛛たちは予定通り、捕まえやすそうなこっちに狙いを絞って追って来たみたいだ。


 木の根とか枝とか、自分で動くとすごい邪魔。騎士タクシーの便利さがよく分かるわ。


 とにかく早さ優先で、少しでも進みやすい方向にやみくもに走って、透明な糸の行き止まりに、とうとう立ち止まった。かすったジャージのお腹部分が切れてて、ぞっとする。


 こわ~。


 さっき引っかかった別パーティーの斥候見ても分かるけど、事前にかけられた防御魔法は効かない。

 糸には十分気を付けないとなんだけど、それどころではない問題が、今目の前に降りかかっていた。


 ――追いつかれた。


 3体の巨大な蜘蛛が、私の頭上から獲物を捕らえるために、取り囲んでいる。


 うう~、超怖いわ~。


 思わず後ずさり、木の幹まで追いつめられる。


 みんなには安心させるために考えがあるとか、やることがあるなんて言ったけど、正直そんなものはない。

 本当にただの囮。


 あの時見えたビジョンは2つ。


 全員が捕まるか、私一人が捕まるかだった。 

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