ガイ・ハンター(上級生)・1
「よし、次行くぞ!」
開始の鐘と同時に最初のチェックポイントに突進し、ベルタに解答させた時には正直驚いた。
最高難度の数学問題が、一瞬で解かれる。
そしたらすぐに、専属で付けたリューに抱えられて、また次に移動。
3つ目のチェックポイントも、一瞬でクリア。これであっさり150ポイントだ。
毎年問題解答でのポイント稼ぐのに、どれだけ苦労してると思ってんだ? 簡単すぎだろ。
赤問題は解けなくて当たり前ぐれえだったのに、こいつは解けて当たり前みてえだ。ここまですげえと思ってなかった。これなら数学の一点賭けで、ボーナスポイントがなくてもイケそうなくれえだ。
しかも常時ぼんやりしてるから、抱えて移動の間も、罠を切り抜けてる間も、魔物と戦ってる間も、大人しくて扱い易い。目の前に問題を差し出せばノータイムで解答して、また自分の世界に戻る。
ショーギで手も足も出ねえのはムカつくけど、ベルタはマジで使えるぜ。
今年は、今までにやってないことをいくつか、とにかく試してみている。
全ては新歓バトルロイヤルでの、無様な負けのせいだ。
夏季休暇で領地に帰ったら、一族の連中に散々バカにされた。オジキたちからチビどもまで、言いたい放題だ。口の悪さはババアどもが一番ひどい。オヤジとオフクロが入れ違いでいなくて助かったぐれえだ。
隠居ジジイどもだけ変に同情的だったのが、逆に余計にムカついた。何がわしらの世代にも反則みたいな二人組がいてひどい目に遭っただ。そんな昔話なんか興味ねえよ。
とにかく今度こそ、遅れは取らねえ。今日は絶対にグラディスに勝ってやる。まったく、マジで腹の立つ女だぜ。
力押しじゃどうにもならねえことがあると、バトルロイヤルであいつに思い知らされた。俺らより確実に弱い連中に、作戦一つでいいようにされて負けた。
あの悔しさは忘れねえ。
相性がいいのか悪いのか、あいつが入学してから、俺らはずいぶん振り回されてる。
去年は沈みがちだったダニエルは、あいつに奪われた途端、みるみる生き生きとしやがった。ジェイドはとりあえず落第の危機を切り抜けたし、今年は奇跡的に誰も補習者が出なかった。
俺自身、ベルタと毎日のようにショーギを指してるせいか、今までの動き方の粗さが、感覚的に見えるようになってきた。少し先を考えるだけで、ただその積み重ねを続けるだけで、最終的な結果が驚くほど変わる。
夏季休暇での故郷の実戦で、いろいろと試してみて、今までとの差にみんな驚いてた。教師たちが口を揃えて言う、効率って言葉の意味が、やっと分かったって感じだ。
グラディスがいると、すべてがいい方向に転がっていく気がする。単に頭でっかちの鼻持ちならねえクソ女ならまだしも、俺らのノリに平然と付いてきやがるバカでいい女だから、余計にタチが悪りい。
マジで欲しいよなあ。オヤジもロンのオジキもソッコーでフラれたっていうし、誰でもウエルカムに見えて、ガード堅過ぎなんだよ。待ち伏せしても確実に逃げられるし、一体どんな情報網持ってんだ?
マクシミリアンとかキアランとか邪魔者もいるし、学園内ですらなかなか手が出せねえ。
それにしても今朝は、真剣勝負の前にノンキにベタベタしやがって、まったくカンに障る姉弟だぜ。完全にデキてるとしか思えねえのに、ダニエルが違うって言ってるし。信じられねえ。何やってんだ、あいつら。
マクシミリアンの野郎、戦闘はバカ強ええのに、まだモノにしてねえとか、完全にヘタレじゃねえか。まあ、俺にチャンスがあるのは歓迎だけどな。
とにかくこの大会では、絶対に奴らをぶっちぎってやるぜ。
今回の合流地点も、地図のちょうど真ん中だ。最短でも3~4時間はかかるけど、確実に会える。そうしたら向こうのライアンを使って、別教科もいくつか取れば、獲得ポイントはグッと上がる。毎年あんなにポイント獲得に苦戦してたのがウソみてえだ。
「ストップ!」
先頭を走るソルの一言で、全員が急制動をかける。
「どうした!?」
「これ……?」
空中の何もない場所に、ソルがゆっくりと人差し指を押し出す。その指先が、剃刀に触れたみてえに切れた。
目に見えない糸が張ってやがる。
「おい、何だこの罠! ヘタしたら死ぬじゃねえか!?」
防御魔法だって耐久限界はある。そもそもこの罠、防御魔法無効化してねえか!?
俺らの速度でこの強度のワイヤーに突っ込んだら、ただじゃ済まねえぞ!?
「運営ども、今年は気合入り過ぎじゃねえか!?」
「ああ、もう少しスピード落とそう。これに引っかかったら、シャレにならねえぞ」
斥候のソルにとっちゃ、確かに冷や汗もんだ。
「おう、慎重に行け」
そのあとは大した罠はなかったが、予定より少し遅れて、目的のチェックポイントに着いた。
――いや、着いたのか?
地図上で、ナンバー89のチェックポイントがあるはずの場所には、巨大な白い糸の塊があった。
「なんだ、こりゃ? 繭? 虫の魔物でも巣くったのか?」
「いや、この森林は獣系しかいねえだろ? そもそも繭にしちゃ丸くねえし」
繭もどきを、剣で破ってみて、ぎょっとする。
「机と、瀕死の魔物が入ってんのか!?」
「ああ、繭じゃねえな。獲物として、チェックポイントごと捕獲されたんだ」
「おい、本体、どんなサイズだよ!?」
「ここには糸を吐く魔物なんていないだろ? 新型が入り込んだのか?」
「まさか!? 夏季休暇以降、学園関係者がひっきりなしに出入りしてんだぜ? そんな隙あるか?」
俺らが緊急親族会議を始めたとこで、リューの肩に小麦袋みてえに担がれてるベルタの、間の抜けた独り言が聞こえた。
「うわあ。きれいな螺旋……」
何言ってんだ、こいつ。一斉にその視線の先を追う。
「お、おい……まさか、さっきのワイヤー……」
全員が言葉を失う。
マジに天才ってのは、尋常じゃねえ。関心を引くものなら、俺らでも見えねえものを見つけるのか。
目を凝らして初めて、巨大な透明の蜘蛛の巣が、頭上に広がってることに気付いた。




