ソナー
1時間で、3か所のチェックポイントをクリアできた。1か所失敗したけど、いいペースでポイントを稼げていると思う。
1時間たったから次の区画に移動し、また最寄りのチェックポイントを目指す。
5区画でポイントが取れると、地図にゴールが浮かび上がる。つまり最短でも、ゴールできるまでは5時間程度かかる。
もっとポイントを稼いでおきたければ、引き続き回ってもいいし、スピードを優先するなら、すぐにゴールを目指してもいい。
私たちはスピードで行く予定だから、早めに効率よくポイントを稼いでおきたい。
「近くに水場があるから、ちょっと寄ろう」
頭の中にしっかり入った記憶を頼りに、罠を避けて目的の場所に行く。いいパフォーマンスのためには、こまめな水分補給は欠かせないからね。喉の渇きを自覚してからじゃ遅い。
水筒の持ち込みは不可だから、近くに飲食に繋がるものがあったら、多少の時間のロスは惜しまない。我慢大会じゃないしね。
「ナビが正確なだけで、安定感が全然変わるわね」
「そうね。空腹はともかく、水がなくて去年は大変な目に遭ったわ」
「うちは毎年飲まず食わずでやり通すぜ。半日くれえ死にゃあしねえって」
「ここの魔物は食べられるんですよねえ?」
「木の実くらいならともかく、時間的に肉は無理でしょ」
滞りなくたどり着いた水場で、喉を潤しながら、みんながリラックスしている。緊張ばっかじゃ集中が続かないから、こういうのは大事だ。
「おう、向こうから1チーム来てるぞ。同じチェックポイント目指してんじゃねえか?」
「じゃあ、そろそろ行こうか」
一番の感知能力を持つダニエルの指摘で、手早く切り上げて同じ場所に向かった。
「おい、このペースじゃ先越されるぞ」
「ふふふ、かまわない。先に行ってもらおう」
「何か企んでるの?」
「――私、味方にまでそう思われてるの?」
ティルダの一言に、素で訊き返す。非常に不本意だ。
「相手によっての駆け引きはあるけど、後の方が有利なことはあるでしょ?」
「確かに去年、次のパーティーに後ろからのぞき込まれたり急かされたりは、やりにくかったわね」
「まあ、そんなとこ」
ソニアの実感のこもった体験談に頷きつつ、相手次第での対応策を話し合いながら、タッチの差で遅れて到着した。
「よっしゃ! うちが先だからな!」
勝ち誇ったように机の前を陣取ったのは、ジェイド・ハンターだった。ガイのとこは今回、兄チームと妹チームに分かれたようだ。
「ええ、お先にどうぞ?」
私たちは後ろに控えて、余裕で眺める。これはいいカモが来た。
「なんか、気味悪りいな。おい、早く片付けちまえ」
「は、はい」
リーダーのジェイドに急かされたのは、確か3年の座学トップのライアンだ。2番目に難易度の高い紫の封筒に手を伸ばしかけたところで、事前の打ち合わせ通りの茶々を入れてみる。
「あら? 随分堅実に行くのね?」
「うちは赤をもう3つクリアしたぜ!」
「しかも、全部別教科です!」
「ああ、ごめんなさい? こちらのことは気にせず、低いポイントを確実に取ったらよろしいわ」
一斉に煽られて、予想通りジェイドがキレた。
「うっせー! そんなちんたらやってられるか! 赤行くぞ! ほら、これでいい!」
これだからハンターは大好きだ!
適当に押し付けられた赤い封筒に、愕然とするライアン、頑張れ!
とにかく手に取った以上、やるしかない。選ばれたのは最高難度の歴史だ。
封筒から出てきたのは、王国600年の年表。大まかな出来事が、数十ページに渡ってつづられ、最後に「間違いの箇所を訂正せよ」とある。
これはキツイ! 1文字も読み飛ばせない超難問。この世界に漢字はないけど、つづりの引っかけは要注意。数字関係も正確に記憶してないといけない。
しかも間違いの数も指定なし。『答え』がいくつかも分からない間違い探しだ。
当然私たちはハイエナとして、虎視眈々と次を狙う。高難易度の問題の内容がリスクなしで、一つ判明した。しかもこの内容なら、私は確実に正答が出せる。
あとはぜひ間違えてもらうため、周りで仲間たちにがやがや野次を入れさせて、ライアンの集中力をそぐ努力だ。
「テメーら邪魔すんじゃね~! おい、お前ら押さえろ!」
二つのパーティーでの小競り合いが続く中、私はちらちらと年表をのぞいて、頭の中で答えを出していく。
おお、ライアンすごい! さすが市井からトップで勝ち残った学年一の秀才。こんな妨害行為にさらされてる中、なんと年表の間違いを全部訂正してしまった。これは本当に脱帽だ! バルフォア学園の生徒って、レベルが段違い!
最後のページまで、しっかりと訂正し終えて、魔法陣に解答用紙を乗せる。
はい、残念、不正解!!
解答用紙の書き込みはすっかり消えて、元通りになった。
「てめえふざけんな、何やってんだよ!」
「……す、すいません」
ジェイドが責めるけど、ライアン君、超優秀だったからね? 頭の柔軟性と視野が普通だっただけで。
「じゃあ、その問題、私がもらうわね?」
私はライアンの手からもぎ取り、ライアンがしたのと全く同じ解答を書き込んでいく。
結果が気になるのか、ジェイドたちはこの場に留まった。当然、さっき私たちにやられた妨害工作の報復をしつつ。
そんなんでどうこうできる私じゃないけどな!
私が最後まで書き切ったところで、ライアンに耳打ちされたらしいジェイドが、身を乗り出してきた。
「おい、最後のページまで、まったく同じかよ! それじゃ、不正解だろ!?」
「ライアンは、最後の一つに気付かなかったのよ」
答えながら、年表の欄から大きく外れた、用紙の一番下の文字に二重線を引く。
パウエル出版を、ハウエル出版に訂正。
魔法陣に乗せて、はい正解! 50ポイント獲得だ。
「はあっ!? なんだよそれ! 汚ね~~~~~っ!!」
ジェイドの雄叫びが響き渡る。
うん、ほんとに性格悪いよね。素直で真面目なだけじゃ解けないみたいだよ、今年の最難関問題は特に。
間違いの箇所は訂正って指示だからね。参考資料の出版社名くらい、覚えとこうね。
それにしても、マジで誰がこの問題考えたんだ?
「じゃあ、ジェイド、またな」
ダニエルが慰めるように肩を叩き、私たちはさっさと次に向かった。
「ちくしょう、覚えてろよ~~~~!!!」
ジェイドの心の叫びを背にしながら。
それから3つ目の区画に移動し、罠をかいくぐり、遭遇した魔物を倒していく。
「やった、4体撃破!」
うちの強力すぎる攻撃陣が、危なげなく魔物を倒す。これもしっかり記録されてて、あとでポイントに加算されるから、うちくらい強いパーティーだと、魔物との遭遇はむしろウエルカムだ。
「向こうから2体来てるわよ」
ヴァイオラが魔物の接近を感知する。
「認識阻害の罠もあるから、感知を信用しすぎると痛い目見るわよ」
きっと去年痛い目を見たんだろう、ティルダが忠告をする。
「じゃあ、私も調べてみます!」
ユーカがそういうと、ほんの一瞬だけ、鳥肌が立つような嫌悪感がかすかに走った。
「ヴァイオラ外れです。あっちの200メートルくらい先に3体いますね」
ユーカがドヤ顔で断言する。
ユーカの成長が目覚ましすぎる。
今のは黒い瘴気を潜水艦のアクティブソナーのように打って、魔物の場所を探知したのだ。
この調子だと、多分来年は、戦闘職の方に分類されるんじゃないかな? 今でもすでにギリギリアウトな気がする。
「じゃあ、それもついでに仕留めて行こうか」
「了解!」
行きがけの駄賃に通りがかりの魔物を3体仕留めて、その先を行こうとした時、またさっきと同じ嫌悪感が走った。
「っ!?」
ユーカがまたやったのかと思ったら、同じタイミングでユーカも驚いている。
「えっ!? 今の、何ですか!?」
森の奥深く、一点を凝視するように、視線を送る。他のみんなは気付いていないようだ。怪訝そうに私たちを見る。
「今の、ユーカじゃないの? まったく同じ感覚だったんだけど」
「いいえ! 私、何もしてません。でも、さっき私がやったのと同じ感じでしたよね? 500メートルくらい向こうから来ましたよ!」
ユーカにとっては嫌悪感ではないんだろうけど、違和感ははっきり感じたみたい。
「――まさかそれ、『パッシブソナー』……?」
なんだこれ……。なんか、すごく嫌な感じがしてきた。




