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チェックポイント

「うわあ!」


 目の前に広がった網に、罠自体が人生初体験のユーカが、ワクワクと目を輝かせた。


「すごいです! ホントに『テレビの企画』みたいです!」


 うん、楽しいよね~。ユーカは分かってくれると思った。


「あ、まだだよ。触っちゃダメ」


 第六感以外の五感をフルに使って、慎重に注意深く観察する。私の第六感はほぼ反則みたいなもんだから、ゲーム中は封印だ。


「今、パチっていったでしょ。虫に反応したみたい。あの網もだけど、あれをよけてぐるりと回ったら、そっちでも感電するよ。基本的に行きたくなる道は、誘導だと思った方がいいね」


 防御魔法がかけられてるから体に実際のダメージはないけど、リアルな錯覚でしばらく動けなくなる仕組みだ。コンビニの出入口にある電撃殺虫器に引っかかった虫の感覚が追体験できる。興味はあるけど、やるのはゴメンだ。


「今年も、気合が入ってるわねえ」


 ソニアが苦笑する。去年も散々手こずらされたんだろうね。

 認知に干渉する系統の罠は、強靭な騎士や肉体強化魔術を使用中の魔導師にも、同様の苦痛をもたらすから、油断はできない。


「よく見抜いたわね」

「ふふふ。罠は任せて」


 素直に感心したティルダに、どんと請け合う。仕掛けの解除は任せるとして、見抜くことなら予言なしでも自信がある。

 何しろある意味、ザカライア先生の趣味兼ライフワークのようなもの。長年仕掛けてきた側からの視点が大活躍だ。


 バルフォア学園の罠には、私の薫陶を受けてきた後進がいい仕事してるというか、影響が随所に見え隠れしている。二重三重の罠はすでに当然の標準装備。うちの教師陣は、罠の仕掛けに関してはもはやプロ並みだな。一体どこに向かっているのか。


「あっちから遠回りして行こう」

「ははは、すげえ心強いな。うちは毎年誰かしら引っかかって、その度大騒ぎで救助してたんだぜ」


 イベント3回目のダニエルが勢いづく。


 確かに力押しのハンターは、いつでも面白いくらい引っかかってくれてた。中には、教師陣の間で通称ハンターホイホイと呼ばれる罠もあったくらいだ。わざとはまってんのかってくらい、見事に飛び込んでくるから、連続何回イケるか、賭けまで成立した。

 ただしパワーとチームワークも尋常じゃないから、引っかかってもすぐ抜け出せるせいで、全然学習してくれない実に困った集団だった。それは代替わりした今もあんまり変わらないらしい。


 私たちは猪突猛進のハンターとは違うから、無駄なようでも安全ルートを大きく回る。

 おかげで罠には一度もかからず、最初のチェックポイントに到達した。


 無人のチェックポイントは森林中に散らばっていて、まだここは誰も来てないようだ。


 小さな机の上には、書類が入るサイズの封筒が数十通は用意されている。その中には、それぞれ1問づつ、バルフォア教師陣渾身の作の問題が入っている。

 封筒にはそれぞれ、各教科名が表記されていて、選べるのは一つだけ。


 しかも封筒の色は5色あって、問題の難易度を示している。当然難しいほど高得点だ。

 

 誤答すれば、封筒を戻して、無得点のまま、また次のチェックポイントへ行かないといけない。


「ここは完全にお前が頼りだからな、グラディス」


 激励するダニエルは、自分が力になる気は欠片もない。まあ、自分の役割をしっかり把握しててよろしい。


「問題は運もあるからねえ。まあ、頑張るよ」


 暗記系全般得意だけど、教師としての私は社会科系が専門だった。高難度の問題は取れるポイントも高いから、得意な科目は後半に回すことにしよう。正解だった問題はそこで除かれるけど、難しい問題は、誤答の連続でいつまでも残される。


 とりあえず、赤の国語の封筒を取ってみる。一度手にしたら選び直しは効かない。私が選んだ赤は、最高難度だ。とりあえずこれで今年のレベルを図ってみよう。


 封筒からは、黄ばんだ古い本と、問題用紙が1枚出てきた。


「何、それ?」


 みんながのぞき込む。

 本のタイトルは、『ミリアの王都探検譚』。ほぼ半世紀前の出版で、ザカライアだった時の私が学生時代に読んだ、当時流行ったミステリー小説だ。


 ソニアが問題用紙の文を読み上げる。


「登場人物、バート・アーデンの従姉妹の名を答えよ?」

「つまりこの本を読んで、まずバート・アーデンを見つけて、さらにその従姉妹を探すってこと?」

「絶対1回しか名前の出ないちょい役よ。しかも確実にその従姉妹の苗字は違うわね」


 ヴァイオラの質問に、ティルダが渋い顔で予想を返す。


 私もなんとも微妙な気分になった。――これは、笑えばいいのか、呆れればいいのか。


 答え自体はぱっと浮かんだ。ザカライア以降の私は、読んだものは大体忘れない。ただこれ、私以外に正解が答えられる生徒っているんだろうか?


 確かにティルダの指摘は正解で、それだけでもそこそこ意地の悪い問題なんだろうけど、これ、悪質さが更にその上を行ってるよ?


 ただでさえ半世紀も前の流行小説なんて、図書館にでも行かなきゃなかなか見つからない。大半の学生はまず読んだこともないはずだ。

 その上、登場人物バート・アーデンは、主人公ミリアが聞き込みで1回会うだけの完全なモブの、更に名前しか出てこない同僚。「その時は同僚のバート・アーデンと一緒にいたよ」のセリフに出てくるのみ。


 更に質の悪いことに、この本自体には、その解答に当たる従姉妹は、名前すら登場していない。

 同じ作者の別シリーズ『フローラの王都冒険譚』で、確か脇役のセリフに「従兄弟のバート・アーデンと約束があるの」という一言があった。

 つまり答えは、その別の本に出てきた脇役、ブルック・アストンとなる。

 完全に、当時のコアなファンだけが気付いて楽しむ類の、裏ネタだ。


 そんなの知らなきゃ絶対答えられないだろーよ! 誰だ、こんな問題考えた奴! 生徒に正解させる気ないだろ!? 先生やり過ぎ!! 読書量を量るにしても限度があるよ!?


 私は本も手に取らずに、さっさと問題用紙の解答欄に、ブルック・アストン、と記入する。


 机の上の魔法陣に乗せれば、正解判定。

 持っていた地図に一気に50ポイントがついた。


「わあ、グラディス。読んだことのある本なんですね!」

「――うん。ずっと前にね……ははは」


 感心するユーカに、乾いた笑いで答えた。


 この先、赤の封筒を選んでもいいんだろうか……?

 明らかに去年以前の過去問より、格段にパワーアップしてる。先生たち、なんで今年から、そんな急にやる気に磨きかけてんの?


 ――ちょっと自信がなくなって来たぞ?

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