森林サバイバル大会開始
行列から少し離れた場所に設置された抽選場所に呼ばれ、みんなでテントの中に移動する。
「じゃあ、引くよ?」
代表で、私が抽選箱に手を入れた。
普段予知に頼ってる分、オフにすると、反動なのか何なのか、こういうのすごく運が悪い気がするんだけど、どうだろう?
つかみ取った紙を開いて、思わず笑ってしまった。『29ゲート』とある。
地図には、森林正面からぐるっと半周した向こう側――つまり、一番遠い北側のポイントに、赤丸がついていた。
「ちょおっとぉぉぉぉっ、ほんとに引いてるじゃない!」
ティルダが非難がましく叫ぶ。
「ごめんね。運搬お願い」
「すぐに移動しましょう」
頼む私に、ソニアが頷いた。森林の入り口まで出たら、そこからスタート地点にすぐ移動だ。
そんな私たちを、楽しそうに眺めている人物と目が合った。来賓席にいる、元騎士団長、現騎士団顧問兼キアラン王子の師匠のダグラスだ。
キアランの従兄妹で、付き合いも浅くないソニアが礼儀正しく礼をする。
「お久し振りです」
「おう、ソニア。なかなか面白いメンバーらしいじゃねえか。キアランを焦らせてやってくれよ」
「はい、最善を尽くします」
それから、ダグラスは私に視線を向ける。
「よう、嬢ちゃん。もう事件のことは落ち着いたかい?」
「はい、おかげさまで」
意味ありげににやつくかつての同級生に、私も完ぺきな作り笑顔を返す。
こいつ、やっぱり完全に分かってやがる。
「いやあ、楽しそうでいいなあ。俺も、50年前を思い出すぜ。とんでもねえ奴らにコテンパンにやられてなあ」
ジジイ、何言い出してんだ! そんな昔話なんかしてんじゃねえ!
笑顔のまま、視線だけで睨みつけても、そこは年の功というべきか、全然余裕の態度だ。
もともとギディオンに張り合おうとするくらい気概も能力もあった奴だから、半世紀かけてけっこうな曲者になってそうだ。
まさかバラさないだろうな、とヒヤヒヤしてる私に、ダグラスはニヤリとする。
「新歓バトルロイヤルの結果を新聞で見たときは、実に痛快だったぜ。今回もまた楽しませてくれや。高い壁は、人を成長させるからな」
最後の一言に、ああと、納得する。
なるほど、ダグラスらしい。こいつも長年指導者をやって来た奴だから、あくまで教え子の成長を促したいらしい。
「他人は知りませんけど、私は楽しんでくるつもりですわ」
今度は、本当の笑顔を返す。
「それでいいのさ。嬢ちゃんが好き勝手やりゃあ、周りも勝手に巻き込まれるだろうさ」
「――時間がありませんから、これで失礼しますわ」
これ以上余計なことを言われないうちに、さっさと退散だ。
ああ、まったく、なんでこう、ぽろぽろバレてくんだろ。
ちょっとワガママな美少女公爵令嬢に、完璧に擬態してるはずなのに。
私の何が間違ってるの!?
そこそこ付き合いの深かった奴には、なんでか見抜かれてくんだけど。他にもいるかもしれない。
一体どこを改善すればいいのか、見当がつかない。あとでエイダに相談してみるか。アイザックだとなんか馬鹿にされそうだ。
「開始合図まで、時間があまりないね。ソニア、ヴァイオラ、お願い」
「ええ」
「了解」
騎士二人に、私とユーカの運び屋を頼む。
「お願いします!」
「任せなさい」
ユーカがヴァイオラに抱えられる。私もソニアに抱えられて、すぐにスタート地点まで出発した。
便利な騎士タクシーに乗れば、あっという間に到着だ。ティルダは魔術で肉体強化して、自力で付いて来れるけど、肉体性能が一般人の私とユーカじゃ無理だからね。
森林の外周をぐるっと飛ぶように駆け抜ける。
「あ、そこそこ!」
抱えられながら、指差した。先頭を走るソニアが指示に従い、続くメンバーも止まる。
「え! ここ?」
みんな驚いたように目を丸くした。地面に下ろしてもらって、軽く木の奥をのぞき込む。
入口らしい入り口が見当たらなくて、戸惑っているようだ。外周にはうっすらと明かりが灯されているけど、森林の奥は鬱蒼とした暗闇が広がっていて、5メートル先すら見えない。
「マップは全部頭に入ってるから。こっちの獣道から入った方が近い」
ティルダに魔術で周囲を照らさせ、ダニエルを先頭に茂みをかき分けながら進ませる。
分かりやすい道から入ると、罠にかかる確率が上がるから、できる限り裏をかいた道を選んで進むのがポイントだ。下手すると、スタート地点にすらたどり付けないことだってある。
50メートルくらい先に『29』と書かれた札が、木に張り付けてあった。
「ここだね。みんな、まとまって」
6人で札の前に立ってから、地図を持ったままの手で、札に触れる。札から魔法陣が現れ、一瞬だけ光る。これでスタート地点に到着したことが確認された。スタート合図までにこの手順を踏まないと、失格になる。
10分ほどで、夜明けと同時に、スタートの合図の鐘がなった。
「よし、行くよ!」
「おお~!!!」
みんなで気合を入れてから、地図上で最寄りのチェックポイントに向けて出発した。森の中はまだ闇が占めていて、光が差し込むまではもうしばらくかかりそうだ。
「ティルダ。罠の兆候が見えるように、しっかり先を照らして」
「分かってるわ」
私の指示通り、昼間かってくらい視界が効くようにしてくれる。指定の装備にランプはないから、魔術を使えないパーティーは、最初からつまずくことになる。
スタートしてからまだ数分で、いきなり遠くから悲鳴が聞こえた。早速罠にかかった生徒がいるらしい。失格にはならないけど、さっさと自力で抜け出さないと、とんでもないタイムロスになる。
森林サバイバル大会では少人数パーティーが少ないけど、それはこの罠対策のため。単独アタックで罠になんかかかったら、ほぼ絶望的だ。
キアランとこみたいに3人パーティーなんて、よっぽど文武両道かバランスの取れた陣容でないと、相当無謀。
ただあのパーティーは、その『よっぽど』なんだよねえ。
このイベントに関しては、ハンターもイングラムも抑えて、一番の優勝候補だと私は見ている。
もちろんやるからには負ける気はないけどね。
「向こう、300メートルくらい先ね、さっきの悲鳴。同じチェックポイントを目指してたのかしら」
注意深く感知しながら、ヴァイオラが指差した。
「あまりよそのチームは気にしなくていいよ。チェックポイントも問題も、たくさん準備されてるから。おっと、ストップ」
ダニエルを先頭に、2番目を歩く私の指示で、全員ピタリと止まる。
「ダニエル。あれ、分かる?」
「――あっぶねっ、言われなきゃ、分かんなかった!」
私に指差された場所に、ダニエルが石を拾って投げつける。
魔力封じの網が、ぱあっと10メートル先に展開した。




