従兄弟の相談
「グラディス!」
放課後、帰る準備をして、みんなと一緒に教室を出たばかりの廊下で、呼び止める声に立ち止まった。
振り返ると、アーネストが歩み寄ってくる。
「あら、アーネスト。どうしたの?」
「ちょっと話がある」
「――ああ、昨日の?」
「そうだ」
告げられなくとも、内容の見当は大体つく。
「それじゃ、私はここで。また明日ね」
「グラディス! 『ホウ・レン・ソウ』ですよ!」
アーネストと連れ立って行こうとした私に、何やらキラキラした目のユーカの声がかかる。ヴァイオラもなんだか意味ありげな顔。
うん、多分その期待は見当違いだね。
キアラン、マックス、ノアたち男子3人は、やっぱり話の内容の予想はできているのだろう。少し気遣わし気な表情で見送ってくれた。
さすがにこっちも次期公爵。私たち二人で歩いていると、やたら注目を浴びる。従兄妹同士だと知らない生徒も、意外とまだ多いらしい。
「昨日の話、お前も聞いたか?」
人の気配から遠ざかってから、アーネストは早速単刀直入に訊いてくる。
昨日の話、とは、トリスタンとクエンティンが王城に行って、話し合ってきた結果のことだ。
グレイスに似た魔物をどう処分しようが、一切関知しないと。必要なら自ら手を下すと。
「ええ、聞いたわ。私もあの結論でいいと思う」
「お前は、大丈夫なのか?」
私の反応をうかがう様子に、思わず笑ってしまう。
なんというか、こういう苦労症そうなところは、クエンティンとよく似てるなあ。若い分だけ真面目というか、真っすぐというか。
討伐すべき魔物が、グレイスの肉体を使用していることで、娘である私の心配をしてくれている。基本機密情報だけど、マックス同様に後継ぎくらいには詳細も伝えられてるようだ。突撃がないから、ティルダは蚊帳の外だろう。
「全く問題ないわ。アーネストは?」
逆に問われて、苦い顔つきが返る。
「正直、気分はよくないな。記憶にも残ってないが、一応血の繋がった叔母だからな」
「おまけに、顔が私にそっくりよ。戦うことになったら、惑わず攻撃しなさいよ。あなたはまだ甘いとこがあるから」
私の指摘に、露骨に眉間にしわを寄せた。バトルロイヤルの時、私の身を案じて隙を見せてしまった失敗のことだと、すぐ察したようだ。
「今なら遠慮なくぶった切れそうな気分だ」
私の顔をまじまじと眺めながら、ぶっきら棒に呟く。
「それでいいわ。ルーファス先生は、私の目の前で、私が引くくらい容赦なく真っ二つにしちゃったのよ。それでもまったくノーダメージのバケモノだった」
「そんなに、強かったのか……?」
「魔術主体だけど、私のお父様と同レベルと言っていいかもね」
私の評価に、アーネストが目を見張る。
「――そこまでとは、聞いてない……」
あからさまに強張った口調で呻く。敵にトリスタンレベルがいると聞いたら、そりゃ、どんな騎士も真っ青になるのは仕方ない。
「そのくらいのつもりで、無理だと判断したら、直ちに退くことね。二公爵家と話はついたから、きっと近いうちに、多少変更された内容で公表されるでしょうね。もしかしたら、魔物であることは一般には隠されるかも」
「魔法陣事件の主犯として、お前の似顔絵が手配されるわけか?」
「――それは、考えてなかったわ……」
言われてみれば、確かにその通りだ。
手配書には、黒いローブ、身長180~185、くらいで性別すら不明の状態だった。身長から男と推定されてはいたけど、そもそもそこから実際は違ってた。ハイヒールで10センチもゲタ履かせてたわけだから。
ローブの中身が分かった以上、当然訂正されるはずだ。ほぼ、私と同様の特徴で。
それはさすがに不愉快だぞ。
でも、私と勘違いして危険な目に遭う一般人を出さないためには、必要な処置だ。
私には大体護衛なりお供なりいるから、『この顔が単独でいたら要注意』くらいの共通認識が広まるだけでも、セキュリティ上大分安心だし。う~ん。
難しい顔つきになる私を見て、今度はアーネストが笑う。
「有名人は大変だな。通報されないように気をつけろ」
「シャレにならないわ」
もう、その辺は深く考えるのをやめて、アイザックに任せとこう。前向きに考えれば、犯人が目立つのはいいことだ、うん。
「もうどうしようもないことで悩んでも仕方ないわ。せっかく楽しいイベントが近づいてるんだから、そっちを楽しむことに専念したい」
学生の本分は学問と学園行事だよ! ――と、ひとまず現実逃避。
アーネストが、胡散臭げな視線を私に向ける。
「お前、また妙な真似、企んだりしてないだろうな?」
「心外だわ。みんな私にそれ言うんだけど、基本、戦闘がないんだから、わざわざよそにちょっかい出したりしないわよ。普通にゴール目指すわ」
私、どんだけ警戒されてるんだよ、もう。そうそう抜け穴ばかりかいくぐってるわけじゃないからね。あんまり楽ばっかりさせても、仲間たちの将来によくないだろうし、今回はちゃんと正攻法で行くつもりだって!
私の決意も、アーネストはいまいち疑わしそうだ。
「お前には、一応ティルダも任せてるんだから、あんまりおかしな影響を与えるなよ」
「だから、私後輩!」
昨日、クエンティンにも言ったセリフを返して、ふと思い出す。
「そういえば、クエンティン伯父様はもう領地に帰った? お父様は今朝、早々にこちらを発ったのだけど。私、昨日先に酔い潰れちゃって、別れの挨拶をしなかったの。何か言ってなかった?」
気付いたらいなかった伯父について、訊いてみる。
朝やたらご機嫌だったトリスタン。だけど、昨日の呑みの席での記憶が、私にはまったくない。トリスタンも詳しくは教えてくれないまま、帰っちゃったし。クエンティンから探れないかな。
あの様子なら、そう悪いことはしてないとは思うんだけど。
「ああ、トリスタン叔父上に招かれてたそうだな。うちも今朝のうちに領地に帰ってしまったが。『何か』……というと――あれかな?」
アーネストは、思い返しながら、怪訝そうな表情を浮かべた。
「父さん、お前とは二度と呑まないと言ってたぞ」
「――はい?」
「すごく不機嫌だった。訊いてもそれ以上答えてくれなかったけどな。お前、何をやらかしたんだ?」
真面目に問いかけられても、答えようがない。
「――私が知りたい……」
ホントに私、一体何をやったんだ!!?
ああっ、気になる!!!
答え。
トリスタン:グラディスにベタベタ甘えられて、超楽しかった。
クエンティン:グラディスにベタベタ甘えられて、トリスタンにぶん殴られた。




