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同窓会

 今回のことは、特に関心もなかったグレイスに、初めて目を向ける機会でもあった。

 身内であるはずの二人の淡々とした態度を目の当たりにすると、多少は思うところもないわけではない。


 そんな私を見て、トリスタンもクエンティンも、不思議そうな顔をする。


「グレイスと会ったことあったか?」


 トリスタンの問いに、私もさらっと答える。


「ここだけの話、私を馬車で轢き逃げしたの、グレイスだから」

「――マジかっ……?」

「うん。観劇に遅れそうだったらしい」


 クエンティンが絶句した。

 しばらくして、あいつはぁ~、と呻く。どれだけ尻拭いに煩わされてきたか、一端がうかがえるなあ。

 妹が大預言者を轢き逃げしたとか、公になってたらどれだけの面倒事に発展してたんだろうね。

 こうやって、こいつの事なかれ主義は醸成されたわけだな。


 対するトリスタンは、あまり目に見えた反応がない。自覚なしの預言者だから、本能的に何か予感するところが初めからあったのかもしれない。


「そういう運命だったわけだな」


 私を膝に抱えたまま、ただそう言って納得していた。


 しばらくしてからクエンティンは、苦い顔で私に目を向ける。


「親父は知ってたのか?」

「うん。ギディオンも一人で抱え込んで、ずっと苦しんでたみたいだね」

「そりゃ、そうだよなあ……」


 それはキツイわ、と漏らす。ギディオンが全てを秘匿してくれていたおかげで、ここにいる私たちは何事もなく、今こうしてのんきにしてられるわけだ。


「まあ、きつかっただろうけど、私が孫に生まれて、救いになったんじゃない?」

「――いや、それはそれで……なあ……」


 クエンティンは渋い顔つきで、言葉を濁した。でも、わずかに表情が緩みもした。


「だが、そうだな……あんたが看取ってくれたことには、感謝するよ。あんだけ悲しんでくれりゃ、親父も本望だろう」


 息子として、感謝の言葉をかけられる。

 もう、思い出させるなよ。また泣きそうになるじゃないか。


「ちょっと、しんみりしないでよ。こっちは青春真っ盛りの若者なんだからね」


 冗談で辛気臭さを吹き飛ばす。


「あんたの父親とは仲間だったけど、あんたの息子は敵だよ。バトルロイヤルではやられたけど、今度は負かしてやるからね」


 話題を変えた私に、トリスタンは首を傾げるけど、クエンティンはすぐに分かった。


「そうか。夏季休暇明けは、すぐ森林サバイバルだったな」

「ああ、そういや、そうだっけ」


 トリスタンが納得し、おかしそうに至近距離の私に笑いかける。


「ザカライア先生の罠に、面白いくらい引っかかったなあ」

「思い出させないでくれ」


 対照的にクエンティンが額を押さえる。


 手強い相手ほど燃えた当時のザカライア先生の魔手は、特に公爵の跡取りトリオに集中して向けられたものだった。

 それでも、単純なトリスタンとヒューよりは、クエンティンは遥かにうまく逃れていた方だ。逃げ足に特化した公爵ってどうなんだと思うけど。


「あんたなら、罠にはめようとする教師を罠にはめそうで怖いよ。一度引っかかる側に回りゃあいいのにとは思ってたが、ティルダとは同じパーティーだもんなあ。まあ、よろしく頼むわ」


 生徒視点なのか父親視点なのか、どっちともつかない、どうにも投げやりなボヤキ口調で言う。


 おや、リーダーとしてというより、教師としてお願いされちゃってるかな?


「ふふふ。何言ってるの? 私、ティルダの後輩なんだけど」


 とぼける私に、クエンティンもとぼけた顔を返す。


「何が後輩だよ。実際は、俺より年上だろーが。俺の親父世代のくせに」


 いえいえ、更にもう一つ上の世代です――とはあえて言わない。


「こんな美少女捕まえて、何言ってんの?」

「妹と同じ顔に美少女と言われてもなあ」

「お父様。伯父様がひどいわ」

「グラディスは最強の美人だぞ」


 親バカのトリスタンが、真面目にフォローしてくれる。きっとグレイスに言ったことはないんだろうけど。いや、イーニッドにすら言ってるか怪しいもんだ。


 そこでふと、いきなり留守になった領地の方が気にかかる。


「そういえば、イーニッドとほとんど入れ替わりにこっち来たんだよね。いつ帰るの?」

「今日で話は片付いたから、明日朝イチで出るつもりだ」

「早っ! もう少し落ち着けばいいのに」

「まだまだ忙しい時期だからな。本拠地放り出して、王都にかまけてはいられない」

「そっか。じゃあ、次に会えるのは春かな。――それまで、何もなければ」


 何もなければね――心の中でもう一度呟く。


 でも、きっとまた何かあるんだろうなあ……。


 少し憂鬱になった私を、トリスタンはぎゅっと抱きしめてくれた。私のことだけは、意外なほど空気が読める奴だ。

 嬉しくなって身を寄せる私をよそに、もう片方の手をグラスに伸ばす。


「やっぱり、呑まないか?」


 景気づけためか自分の欲のためか、いまいち判別できないんですけど!? このダメ親父!!


「だから、呑めないの!」


 イラっとする私に、逆に不思議そうな表情をする。


「ダメだったらすぐ解毒するよ。君と呑める日を、ずっと楽しみにしてたんだけどなあ。酒、好きだったよね?」


 言われて、はっとした。

 よく考えたら、ノアには外で呑むのは禁止と言われてただけだった。


 ここは安全な自宅! しかも私がどうなっても、何とかしてくれる保護者付き!! ジュリアス叔父様にみっともない姿を見られるのは嫌だから今まで家で呑まなかったけど、トリスタンならまあいいや。

 こんなチャンスを逃す手はないよね!?


「呑む!!」

「そう来なくちゃ」


 にっこりするトリスタンから、グラスを宝物のようにありがたく受け取る。


 今世初めてのお酒ですよ!!! 期待で胸が高鳴る。

 嗅ぐことすら避けていた匂いを、まずはじっくりと堪能する。ああ、なんかもうくらっとしそう。

 でも、今日はこの先に行けるのだ!!


 前世で、アイザックと呑んだのが最後。久しぶりの飲酒に、ドキドキワクワクしながら、一口目を口に含んだ。


 記憶がなくなった。


 翌朝、すでに旅支度を整えていたトリスタンがご機嫌で、別れの挨拶をしてきた。


「グラディス、昨日は楽しかったなあ。また一緒に呑もうな。でも俺と一緒の時以外は、絶対ダメだからな」


 楽しかったのはいいけど、全然覚えてない。そしてトリスタンから生まれて初めての「ダメ」をもらった。


 私、一体何をしたんだろう? 

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