夏の行事
新学期が始まったばかりだというのに、すでに学園中は次の行事に向けて活気付き始めている。
夏の森林サバイバル大会が、いきなり来週に迫っているのだ。春の新歓バトルロイヤル並みに力の入った、学園の一大行事になる。
魔物が生息する森林地帯を、丸ごと借り切って行われる、学園生全員参加の、かなり大掛かりなイベントだ。
夏季休暇の間に、準備は着々と整えられていた。学園側としては、その準備のための夏季休暇といっても過言ではないくらいだ。
これは、大分娯楽色が強い印象がある。前世の学生時代は、トップクラスで毎年楽しみなイベントの一つだった。
例えるなら、ちょっと危険なオリエンテーリングという感じか。
魔物を狩りつつ、各チェックポイントを通過し、仕掛けられた罠をかいくぐりながら得点を稼いで、より短時間でゴールを目指す。バトルロイヤルと違って、戦闘よりもポイント獲得数と早さの勝負になる。もちろんライバルの足を引っ張るのはアリだけど、それはポイントには繋がらない。
これはザカライア時代、私とギディオンの特性がもっとも発揮されたイベントだ。
戦闘力と頭脳のバランスが取れてないと、まず優勝が狙えないから、非戦闘職の活躍の場が多い。
そもそも学園でのイベント自体、戦闘職が尊ばれがちなこの国で、非戦闘職の有用性を脳筋貴族たちに身をもって知らしめるために仕組まれている面もある。お互いの特性の違いを認識し、本格的に社会に出る前に、うまく付き合えるようにさせるために。
だから、ぶっちゃけこの森林サバイバルに関しては特に、頭脳特化のメンバーがいないと好成績が見込めないようになっている。下手したらゴールすらできない。
何しろチェックポイントごとに、ものすごい学術問題から意地悪ナゾナゾまで、脳筋では決して解けない難問が目白押しなのだ。
新歓バトルロイヤルではソロを貫いたツワモノも、よほど頭脳に自信がない限りはパーティーを組まないとクリアできない。
そのため春とはまた違ったパーティー編成の駆け引きが始まる。具体的にいえば、非戦闘職の人選は、とにかく頭脳明晰重視になる。
昨日は、新学期初日から、非戦闘職の人材の獲得競争が激しかったらしい。
聞いた話では、ハンターチームは今回、なんとベルタを引き入れたそうだ。初めから文系は捨てて、数学問題に絞って攻める戦略だ。
30年間仕掛ける側だった私から見ても、諸刃の剣だけどなかなか面白い選択だと思う。
チェックポイントには、各教科の教師陣が腕によりをかけた、性格を疑わざるを得ないほどタチの悪い問題が待ち受けている。学問テスト上位者でも、普通に解答に数十分かかるような、とにかく難問奇問だらけなのだ。
ちなみに私がザカライア時代に出した問題で特に不評だったのは、ぎっしり文字の詰まった問題用紙10枚以上を読ませた後、最後に「上記に、『2』はいくつ出てきたか?」を問うもの。
わはははは、もう一回読み直せ、注意散漫な粗忽者ども! と本部から高笑いしてやったものだ。
ちなみに下にこっそり表記したページ数も、当然カウントしないと不正解、という罠も仕込んであって、生徒は面白いくらい引っかかってくれた。超楽しかった。
でもこれでも親切問題の範疇だと思う。注意深く時間さえかければ、ちゃんと解ける問題ではあるからね。
そういう奇想天外な珍問だらけでも、ベルタなら理数系に関しては見た瞬間に解答が出せる。もしかしたら前出の私の珍問も、即答できるかもしれない。
それ以外は荷物のように抱えて移動すれば、ドン臭いベルタも大して足手まといにもならずに、相当時間が稼げるはずだ。
極端な戦力の不均衡を防ぐために、戦闘職2人につき、必ず非戦闘職1人を入れるルールになっているから、戦闘職4人、非戦闘職2人の構成なら、多分、1人をベルタ係に専念させて、残り3人で魔物と罠に対応させる配置で、いい線行くだろう。
脱落者が出た分は減点されるから、最初から1人切り捨てて、ポイント獲得数で補えば、実質5人で進められるという抜け道もある。
私たちのパーティーは、入れ替えの必要なし。当然春と同じメンバーで行く。
キアランのとこもそうするみたい。多分ノアの情報集収集力で、問題とか事前入手してそうだから、かなりの強敵だ。結果が全てのうちの学園では、カンニングだってバレなきゃ正攻法と同じ扱いなんだから。
30年に亘って、毎年嬉々として罠を仕掛けてきたけど、久しぶりに掛けられる立場になるのは、すごく楽しみ。
私を引っ掛けられたら大したもんだぞ。もちろん予知は封印するから、知識と経験のみで対応してやる。ガッツリ実力勝負だ!
スタート地点はバラバラで、当日朝の抽選で決まる。事前にルートの詳細を記憶できるならベストだけど、全体像を把握しておくことがより求められる。
その意味では、戦闘職よりもマッパーの方が重要度が高い。
いくら魔物をたくさん倒してポイントを稼いでも、ゴールできなかったら意味がないからね。
もちろん私は、ほぼすべての範囲を把握している。罠を仕掛けるために、自らの足で随分歩き回ってたからね。20年近くの間に変わった部分がないか、地図で確認しとくくらいでいいだろう。
それにしても私どんだけ生徒を罠にはめるの、楽しみにしてたのか。今回のお楽しみは逆に、先生たちや雇ったプロたちの渾身の罠を、どれだけ見抜いて破れるかだな。
今回は、最終的に戦うことがないから、よそのパーティーと手を組むことも有効な手段。ただしスタート地点が違う上、通信は万が一のトラブルに備えて、学園の運営にしかできない仕様。
離れた相手に連絡を取り合う手段がないから、お目当てのパーティーと運よく出合えるかは分からない。どうしても合流したかったら、時間のロスを承知で、事前に待ち合わせ場所を決めといてもいい。
本当は未経験者のユーカには、一回くらい森林を歩く体験もしてもらいたかったとこだった。
仕方ないから休み時間とかに、注意事項のレクチャーを入念にしておく。
とはいえ運動能力は高いし、日本でハイキングの経験くらいはあったから、こっちの町育ち一般人よりはずっと有利だろう。
私は周りからは、今度はどんなイカサマを仕掛けるつもりかと、警戒されてるようだ。
「テメー、今度は何企んでやがる」とか、ガイからは面と向かって追及されたし。
まあ、うちだってバランスのいいメンバー構成になってるんだから、今回はちゃんと正攻法で行くつもりだ。スピードも重要なイベントで、人の足を引っ張ってる暇なんて、それほどない。
対人戦がないだけずっと楽だし。
もちろんやる以上は勝ちを目指すけど、ちょっと過激なオリエンテーリングという最高のレクリエーションを、思いっきり楽しみたいと思う。