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姉と弟

 学園の新学期初日を休んで、王城に呼び出された。


 基本、目撃証言と身内としての見解以外はできるだけ人任せにしたつもりだったけど、逆にそれが不自然だったのかなあ?


 ダグラスには、完全にバレてた気がする。さすがにキアランの師匠というべきか、観察が基本って感じだった。

 同級生と差し向かいとか、さすがにきついわ。


 なんだかんだでギディオンとは結構男同士の付き合いがあったようだけど、私はそんなでもなかったから、正直よく読めない。


 まあアイザックがなんとかしてくれるよね。


 それより愛弟子だからって、キアランに余計なこと吹き込まないでくれるといいんだけど。


 とりあえず必要なことは大体終わったから、後は叔父様にお任せして、夕方一人で屋敷に戻った。


「グラディス!」


 マックスがすでに待ち構えていた。

 やっぱりかと、思わず溜め息。朝も一緒に行くと言うのを、なんとか諦めさせたけど、学園だけ最低限出て、速攻で帰ってきたらしい。

 叔父様が付き添ってるんだから、何の心配もないのに。


「ただいま、マックス」


 昨日はなんか疲れて、帰ってからさっさと寝ちゃったけど、あったことは全部護衛から聞いたそうだ。


 俺も傍にいればと、すごく悔しがっていた。

 でも多分、マックスとルーファスのタッグでも厳しかったと思う。まあ、そういう問題ではないんだろうけど。


「どうだった? 何か不愉快なことは言われなかったか?」


 マックスは、部屋に戻る私の隣を、並んで付いてくる。


「大丈夫だよ。叔父様だっていたんだし。大体あったことを話して、ちょっと自分なりの見解を言ったくらいで、すぐ終わっちゃったよ」


 それでも気遣わしげに、私の顔をのぞきこむ。


「犯人が亡くなったはずのお前の母親だって、本当に大丈夫なのか?」


 みんな結構そこのとこ気にしてくれるけど、かえって申し訳なくなるくらい平常心なんだよね。やっぱり普通ショックだったりするんだろうけど。


 私は先に、他人としてグレイスに出会っちゃってるもんなあ。しかも加害者と被害者として。

 少なくともいい思い出とかあるわけないし、瞼の母の妄想で美化もできない。相当特殊だわ。


「うん。私のお母様は今のお義母様だよ。他に思い入れは特にないから」


 できるだけ安心してもらえるように、ニッコリ言い切った。


「そっか……母さんも喜ぶよ」

「それに体だけで、中身も別人の完全な魔物だしね。人間だと思う必要はないよ」


 ただ、別の意味での気掛かりはある。


「でも、私にそっくりだった」

「それ、昔からよく言われてるよなあ。そんなにか?」

「うん。顔も背格好も鏡に映したみたいに。マックス、間違わないでね?」

「バーカ、間違うわけないだろ」


 確かに感知能力に優れた騎士なら大丈夫だろうけど、一般人だと騙されないか心配なレベルで似てた気がする。


「顔かたちだけじゃないんだよ。どんな似てたって、お前みたいなやつが他にいるわけない。誰も騙されやしねえよ」 


 私の懸念を読んだように断言した。

 

 それから、マックスは露骨に不機嫌な顔になる。


「それより、なんで祭りにキアランと一緒にいたんだよ」


 おお、そっちに来たか。


「偶然会っただけだって」


 まあ、アレクシスの思惑はあったかもしれないけど、約束してたわけでもないし。


「2週間振りにお前に会えるの楽しみにしてたのに、魔物に襲われたとか、キアランと二人きりで祭り見物してたとか、どれだけ俺を慌てさせれば気がすむんだよ。今日も二人揃って学園休んで、王城で会ったんだろう?」

「目撃者として、ただの聞き取り調査だよ」

「……」


 マックスが何か言ったけど、声が低くなって聞き取れなかった。

 部屋の扉を開けたところで、一度振り返った。


「なに? マックス?」


 大きな腕が、不意に伸びてきた。押し込まれるように部屋の中に入る。


「――っ!?」


 急にマックスが、私を抱き締めてきた。


 いつものハグとは違う。

 背中と腰に強く回された腕には、少しも手加減がなく、揺るがない。


「マックス……?」


 いつもは私の方が強いけど、本気でこんな風にされたら、身じろぎもできない。


「俺がお前を護りたかった」


 絞り出すような声で、呟く。


「なんでおまえばっかり、厄介事に巻き込まれるんだ……? いつかお前が離れていきそうで、怖いんだ」


 自分の手の届かない場所で私が危険な目に遭いかけていたことは、マックスをかなり動揺させてしまったみたいだ。


「お前が許すなら、俺は傍から絶対離れない」


 心底から案じてくれているのも、マックス自身の不安も、その強ばった腕と声音から、ダイレクトに伝わってきた。


 ――でも……。


「――マックス……こういうのは、よくないと思うよ……?」

「――分かってるよ! だから、これまでだって、ずっと我慢してきたんだろっ?」


 それでも、マックスの腕は緩まなかった。


「だけどこのまま、お前を俺のものにしたいと思うのも、本心だからな。――嫌われるから、できないだけだ」

「私がマックスを嫌うことなんてないよ? ――ただし、性犯罪者は軽蔑するから。それは当たり前」


 きっぱりと宣言する私に、マックスはガックリとする。 


「……お前、どうやったら俺に惚れるんだよ……」

「――そんなの、私が知りたいよ……」


 問われて、思わず途方に暮れたくなる。


 マックスは大好きだ。それは子供の頃からも、この先も、きっと変わらない。

 こうしてすっかり大きくなった腕の中にすっぽり収まるのも、安心するし心地よくて好きだ。


 でもそれは、マックスの望むものとは対極にあるものだとも、分かっている。


 本気で抱きしめられるほど、温度差がはっきりと分かってしまう。

 弟の恋を、本心から応援してあげられればよかったのに。

 いくらそう願っても、私の心はやっぱり動かない。恋になってくれない。


 マックスは、耳元で苦しそうに囁く。


「お前の気持ちがどこに向いてるかは、分かってる。ずっと見てたからな」

「……え?」


 言葉の意味が理解できずに、聞き返す。


「いいんだ。ずっと気付くな。その間に、追い抜いてやる」


 マックスは答える代わりに、勝手に決意を新たにしている。


「マックス?」


 腕を緩めて体を少し離し、私の目を真っ直ぐに見つめて宣言した。


「俺は、まだ諦めねえからな」

「さっきから何を言ってるのか、分からないよ?」

「だから、お前は分からなくていいんだよ」


 空気がいつも通りに戻ったことを感じながら、ここ最近思ってた提案を率直にしてみる。


「よく分からないけど、マックスはそろそろ私を諦めたほうがいいと思う。他に目を向ければ選り取り見取りだよ。あんたモテるんだから」

「そういうこと言うな。余計やる気が出るぞ」 


 いつもの調子で、渋い顔を浮かべつつ拒否する。


 それから、私から離れて、ドアの前でちょっと立ち止まった。


「……グラディス、悪かった……」

「ただの()()喧嘩だよ」


 決まり悪そうな一言に、気にしてないと返した。浮かんだ複雑そうな表情は、この際無視だ。


 私だって甘いだけじゃないんだぞ。

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