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記憶覚醒

 うわああああああああ、思い出したよ私! また転生してるじゃん!!


 ってゆーか、人撥ねてるよ!


「ちょ、ちょっと、君、大丈夫!?」


 ああ、撥ねる側に立ってみて初めて分かった。こういう時、この言葉しか出てこないわ。いやいや、そんなこと思ってる場合じゃないって!


 慌てて少年の元へと駆け寄る。白っぽい水色の珍しい髪の少年は、驚いた様子で尻もちをついていた。私と同じ年くらいだろうか。


「ケガは? 頭打ってない? どこか捻ってる? とにかく馬車に乗って。うちに来なさいっ。医者を呼ぶから! ああ、それよりすぐそこの伯爵家に戻った方が早いか!」


 慌てて少年の腕を掴み、ぐいぐい引っ張る。


「大丈夫っ、大丈夫だから!」


 気を取り直した少年は、ぱっと立って見せた。


「でも、後からどこか悪いとこが出たりすることもあるから、とにかく一緒に来て!? ああ、怪しい者じゃないからね!? ラングレー公爵家って知ってる?」

「ああ、本当に、大丈夫だから……」


 少年は困ったように笑った。


「驚いて下がった拍子に、躓いただけだよ。馬には当たってない」


 本当に大したことなさそうに埃を払う様子に、やっと私は一息ついた。


「ああ、よかった。でも何かあった時のために、名前聞いておいてもいい?」


 私の質問に、少年は今度は面白そうに笑った。グレーの瞳で、私の顔を覗き込む。


「君、そこのハックワース伯爵家のお茶会からの帰りでしょ? すごく目立ってた。でも帰るのちょっと早すぎない?」

「じゃあ、あなたも?」

「そう。で、こっそり抜け出して遊びに行くところ。だって王子様の婚約者選びに、僕は関係ないでしょ? うるさいおじい様の目を盗んで出てきたから、今日のことは内緒ね」


 そう言って、少年は軽やかに駆け出して行ってしまった。なんだか、すごくて慣れてる感じがする。衣装だって、普通の町の少年風だったし。どこで着替えたんだろう?


 まあ、あの様子なら大丈夫だろう。

 ようやく安心して、私は馬車に戻った。私の突然の豹変に、ザラが困惑しているのが分かるけど、それは無視させてもらった。


 ――だって……考えることが、多過ぎるでしょおおおおおおおおお!!?


 なんかこの3周目、2周目とかなり距離近くない!??


 ちょっと年食ってるけど、知った顔と名前、多すぎるんですけど!??


 さっきの水色の髪の男の子、どう見ても子供時代のアイザックなんだけど!!?


 ああ、まさかうるさいおじい様ってアイザックのことか!!? 確かあの時、娘が妊娠してたはずだけど、その子か!!?


 ――とにかく落ち着け。まずは、状況を整理しよう。


 私は、グラディス・ラングレー。10歳。前世は大預言者ザカライア。

 父親はトリスタン・ラングレー公爵。


 ハイ、教え子です。あの問題児です。だああああああああああああああっ!


 ――はあ~、まさか、トリスタンの娘に生まれるとは……

 しかも私、『お父様』大好きだし。強くてイケメンで甘やかしてくれる。小さい女の子には最高に自慢の父親。

 昔は頭の中100パーセント魔物しかなかったのに、今は10パーセントくらい()に置き換えられてるからね。あいつにしては上出来だよ。


 そんで、母方のおじい様が、ギディオン・イングラム公爵?

 酒飲み友達じゃねーか!! 学園時代の相棒だよ! マジでどうなってんの!?


 まさか、奴がおじい様か……。ホント、世の中何が起こるか分からねえ……。


 そういえば背中のタトゥー完成したんだね。6歳当時の私、上半身裸で見せびらかされて、ドン引きしてる記憶が残ってるわ。とりあえずおめでとう。ドラゴンでも女神さまでもなく、自宅の庭園風景というセンスがよく分からないけど。きっと思い入れがあるんだね。庭を駆けてる愛犬(初代ジョン)が素敵だね。


 それにしても、こんな超至近距離に転生するとかあるの? またしてもどんな確率? なんで教え子と友達のとこ? ってゆーか、私の周りってやっぱり脳筋ばっかか!! 


 まあ、その辺は思うところがないわけでもないけど、とりあえず良しとしよう。

 なんだかんだ言っても、公爵令嬢はかなりの『当たり』だからね。おかげで念願のオシャレ三昧がやっとかなって、そこはかなり嬉しい。


 なにより特筆すべきことがある。


 それはこの容姿! 


 光り輝くサラサラなプラチナブロンドの髪。空を映したような澄んだ青い瞳。白く滑らかな肌に、現時点ですでに7頭身近い華奢なスタイル! 鮮やかな唇に完璧な造形の容貌!!


 ああ、天使!? 天使なの!? もしくは妖精!? 私、地上に舞い降りちゃってる!?

 我ながら美し~~~!!!


 有象無象の令嬢どもが嫉妬にトチ狂うのも無理ないわ~。

 ピンクの髪とかヘテロクロミアの瞳とか、そんなトリッキーなカラーデザインはいらない!!

 これぞ伝統の美!! 高貴の王道!!

 完璧です!! やったぜ、母ちゃん(1周目の)!! 神さまありがと~~~!!!


 はあはあはあっ……それはひとまず置いといて!


 そう、この容姿、はっきり覚えている。


 ――私を轢き逃げした女じゃねーか!!!


 これこそ、マジか……だよ。


 あえて言おう! 母であると!! ……って、ことだよね。


 だって、そっくりだもん。残された肖像画とか見てるし。

 名前は確かグレイス。ギディオンの末娘って話だけど、私を産むとき、もの凄く難産で、結局悶え苦しんで死んだらしい。

 あまり悲しいとも思えないのが、何とも……。私を殺した女が、私に殺されたようなもんだもんな。つーか、怖え~よ、私。呪うとか以前に、直で()りにきてんじゃねーか。更生する間もなく、因果応報とか……。


 ああ、それはそうと、ギディオン! お前、もう二度と子育てで、お父様に偉そうな口きくなよ! お前末娘の教育失敗してるから! 平然と轢き逃げする娘に育て上げてんじゃねーか!! ああ、そして多分、記憶が戻らなかったら、私もやってました!! サーセン!! ……やっぱりあの女の娘なんだな……。


 とにかく、私は今10歳。そして、ギディオンからは、親友の大預言者が死んだ翌年に、私が生まれたと聞いている。

 私がグレイスを知らなかったのも仕方ない。女性の既婚者は学園に入学義務がないもんな。教職時代、私が改革し損ねた慣習の一つ。グレイスの兄貴のクエンティンなら教え子なんだけど。

 私を轢いたあの時点で、すでにトリスタンと結婚して、妊娠もしてたんだな。


 となると、恐ろしい結論にたどり着く……。死の間際に降ってきた一連の予言。

 少女が、フラれまくったり、殺されちゃったり……。


 あれはグレイスではなく、すでにお腹に宿っていた、私自身の未来ということにならないか?


 はあ!? 聞いてねーよ! 完全に盲点じゃねーかっ!! そんなの、分かるわけねーだろっ!?


 そして最大の問題点。


 私はおそらく、大預言者の能力を引き継いでいる。これまでの10年の人生で、振り返ってみてそれらしい心当たりがかなりある。

 この能力があれば、不吉な予言も回避可能。そもそもあの予言は私の魂が宿る前の胎児に対するもの。

 記憶が戻って別人格になった私なら、すでにリセットされたも同然。


 だから今の私が最も恐れるのは、別のこと。


 もし、私がザカライアの転生者だとバレたら……大預言者の能力を持っていると知られたら……。


 また、おひとり様人生確定だよねえっ!!?


 それだけは絶対いやあああああああああああっ!!!!

 せっかく貴族のお姫様に生まれたのに!!

 私は今度こそ素敵な恋をするんだから!!


 よくよく考えてみると、世代的に20代半ばから60歳近くまで、国家の中枢に食い込んでる奴ら、ほとんど教え子に当たる。それより少し上の5年間分の世代は、一緒に学園時代を過ごした同窓生。


 ほぼ国を動かす働き盛りばっかじゃねーか!! 顔が広すぎるのも考え物だな!!


 周りは友人、同僚、後輩、教え子、知人だらけ。限りなく困難なミッションだ。

 それでも固く誓おう。


 絶対、隠し通してやる!!!


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