プロローグ
馬車で人を撥ねました。
ああ、何もかもむしゃくしゃするわ! 腹の立つことばかり。こんなにたくさんある馬車の中で、どうしてわざわざ私の馬車の前に飛び出すのかしら!?
イヤガラセ!? イヤガラセなの!?
あらん限りの罵詈雑言を浴びせかけてやらなければ、気が収まらないわ!
私はザラを振り切り、馬車から降りて、突進しました。怪我をしたのか、倒れている少年の元へ。
そしてその光景を見て、思い出したのです。
私、グラディス・ラングレー公爵令嬢の人生は、三周目であることを。
一周目の人生は、日本の女子大生。いわゆる前前世。
超体育会系一家だった。
お父さんは柔道、お母さんは空手の有名選手だった。
脳筋の両親に付けられた名前は“きょうか”――桜井きょうかだ。
響きは悪くない。ただし漢字は“強化”だ。
桜井強化。
何故“京香”とかじゃダメだった……。なんたら強化月間とかある度に、クラスの注目を集めたあの日々。
中学生の頃、叔父さんに「バカ兄貴の暴走を止められなくてゴメンな……」と謝られたのも、今では遠い想い出。
そんな両親の元、三人の兄と一緒に、物心つく前から、それはもう絵に描いたような英才教育を受けてました……。
道場を持つ両親からそれぞれの指導を平等に受け、小学校の半ばで兄たちは柔道を、私は空手の道を選んだんだ。柔道も好きだったけど、少しでもお父さんと兄ちゃんズから離れたかったから。
小中高大と、私たちはそれぞれで同時に全国制覇を成し遂げ、格闘四兄弟としてメディアでもちょっとした有名人。
でも三人の兄たちに甘やかされる末の妹……なんてフィクションは残念ながら、うちにはなかった。何故ならゴリゴリの超体育会系だから!
ヒエラルキーの一番下なのよ、私は。全国では一位なのに、我が家では一番下っ端。
お相撲さんの可愛がりってこんなカンジ!? ってくらいな過激な愛情表現。こんな可愛がりならいらなかった……。普通に可愛がってほしかった!
お父さんはアニマルとしゅうぞうを足して2を掛けたような人。兄たちはそのミニチュア版。お母さんはそれを全て豪快に受け止める肝っ玉母ちゃん。
当然、普通とか平凡とかとは縁遠い家族だった。
とにかく暑苦しいし、連帯感を大事にしていた。休暇の大半は、大体家族と一緒。それもほぼ100パーアウトドア派。
休みともなれば海に山にアスレチックにと、とにかく訓練じみたレジャーばかり! っていうか、実際自衛隊の体験入隊も行ったしね!
家族の山登りに何でザイル持ってくの? 私達ファミリーだよ! パーティーじゃないよ!?
ホントなんなの、この肉体派一家!
大学の寮に入った時は、寂しいよりも清々しいばかりだった。思春期くらいからは、とにかくあの家族から離れたかったからね。
そりゃ、家族もアウトドアも空手も好きだったけど、限度ってものがあるでしょ?
私だって十代の女の子だったんだから、他にやりたいこともたくさんあったわけだよ。
中学生になった頃には、人並みにおしゃれもしたかった。
でも、女性アスリート共通の高い壁を前に、手を突きうなだれるしかなかった。
可愛らしいファッションが似合うのは、きっとフィギュアとか新体操選手とかだけだよ。
比較的軽量とはいえ、こちとら格闘家。試着室で遭遇したあの悪夢。可愛いキャミソールから覗く筋肉質な太ましい二の腕には、ただただ打ちひしがれるしかなかった……。ミニスカートから覗く太腿と脛は、まるで鋼鉄か。
磨き抜かれた肉体美を前に、無言でハンガーに戻したよ。
現実でおしゃれを断念した反動か、余計に女の子らしい可愛いもの、華やかなものに強い憧れを持った。
ファッションは常にチェックし、せめて可愛い小物やグッズだけでも集め、少女漫画や恋愛小説にときめいた。兄ちゃんズにバカにされるから、あくまでも密かに。
もちろん男からは男扱い。日本一女らしい男呼ばわり。素敵な恋なんてどこ探せば落ちてるの?
そもそも学校も公欠ばっかりで、みんなほど行けなくて、人生のほとんどが空手漬け。
内面だけ高レベルの女子力でも、外見はほぼ女子プロレスラー。こんな空手バカ一代に惚れるチャレンジャーは周囲にいなかった。
まあ、その分空手人生は順調そのもので、スポーツ推薦で名門体育大に入学後、世界大会も優勝したし、大手警備会社にも入社が内定していた。
空手が競技に選ばれた次のオリンピックだって、目指せるところにまで来てたのに……。
そこで、青天の霹靂だった。
文字通りの霹靂。
日課のランニング中、落雷。多分即死。
って、雷に直撃って、どんな確率よ! 私どんだけ天に選ばれてんの!?
こうして私の一周目はあっけなく終わった。