ダグラス・アッカーソン(同級生・前騎士団長・騎士団顧問)
昨夜起こった魔物召喚事件の件で、緊急招集がかかった。
俺も騎士団の顧問として、参加している。場所はなぜか王城の来賓室だ。厳選した人選に、完全な密室。
何しろ出席者に、王妃と王子、宰相、預言者筆頭、公爵代理に公爵令嬢が含まれてるからな。一体どんなメンツだってんだよ。
異例の状況の中、王妃、王子側の後ろに控えて、本題を待つ。隣に立つ騎士団長のスコットも、俺と同じ状況のようだ。とにかく事前情報がほとんどなくて、わけが分からねえ。
居合わせた若い連中の話だと、キアランがお忍びデート中、事件の渦中に巻き込まれたとかなんとか言ってやがる。どこまで事実か怪しいとこだが、現場で派手な美女とイチャイチャしやがってと、寂しい独り身から恨み節が多数聞こえた。
実際アレクシスなんて、絶対野次馬根性での同席だろうな。
まあ真面目な堅物の弟子にやっと恋人の一人もと思ったのに、全く間の悪いことだぜ。
しかもそのお相手が、あのグラディス・ラングレーだって? ギディオンの孫じゃねえか。
学園時代、一度もあいつに勝てなかったことは、今思い出しても業腹だ。
あの野郎、勝ち逃げしたままさっさとくたばりやがって。あいつといいザカライアといい、同級がどんどんいなくなっていくのは、何とも言えねえ気分だな。
騎士団も、こんな年寄りにいつまでも頼ってんじゃねえと言いてえとこだが、一つしか違わねえアイザックがまだ現役なんだから、愚痴も言えねえわな。
正面に座るラングレー公爵代理のジュリアス・ラングレーと、グラディスにさりげなく視線を向ける。
ジュリアスは、さすがあのトリスタンの弟というべきか。今すぐうちにスカウトしたいくらいだぜ。なんでこれで学者なんだよ。まあ、周りの目なんざ気にせず、我が道を貫いたとこは漢だけどな。しかもそれで一流を極めてるとあっちゃ、腑抜けた新人どもに爪の垢でも煎じて飲ませたいとこだ。
現在、ラングレー、イングラム両公爵を緊急で呼び出してるとこだってえ話だが、どちらも到着はどんなに早くとも明日以降だ。
それまでは、ジュリアスが代理として交渉の席に立つ。
むしろトリスタンが来ても、このままジュリアスで進めた方が、話が早いのは間違いねえんだがな。
グラディスの方は、ギディオンの葬儀で見たことがある。
昨日関わった連中が随分色めき立ってたが、確かに大した美貌に育ったもんだぜ。
キアランが付き合ってるくれえなら、中身はまともなんだろうが、正直気分は良くねえやな。最悪だったギディオンの娘に、ますます似てきてやがる。まあ、顔かたちは本人のせいじゃねえから仕方ねえか。
今のところ突っ立ってるだけですることもねえ。昨晩の出来事についての口頭説明を、事態に当たった警備責任者のジャックから聞かされるだけだ。
どういうわけか箝口令が敷かれてて、一切の文書も回ってこねえときてる。
この話は、ここだけにしろってことだな。
巨大な魔物の出現はともかく、人型の魔物ってのは、初めて聞く。
しかも、緊急でジュリアスの許可を得て、深夜のうちにひっそり墓まで暴いて確認作業だって? それも公爵家の墓だ。
確かに普通じゃねぇことが起こってやがる。当分表沙汰になることはなさそうだ。
本来この場は、グラディスの聞き取り調査だと聞いてたが、こっちもさすがに、ただのお嬢ちゃんじゃねえ。ジュリアスと同じく天才の呼び声に相応しく、理路整然と説明してくる。
「あれは、グレイスの肉体と断言していいでしょう。柩も空だったことが確認されたようですし」
自分の母親のことだろうに、眉一つ動かさずに断定する。
「それがそもそも分かりませんな。なんで死んだはずの公爵夫人が魔物になってるなんて、荒唐無稽な話になるのか」
俺の反論に、機嫌を損ねることもなく応じる。
「私は、キアランと共に、最初の魔物召喚の現場を目撃しています。黒い瘴気が、魔物として実体化する過程を」
「確かに俺も見ている」
キアランも同意する。
「あれは、こちらの世界に来た時、まず実体を持とうとするようです。あの瘴気が、グレイスの遺体を取り込むことで、実体を持ったものと考えます」
グレイスか……まるっきり他人事な言い種だな。
「つまり人間ではなく、魔物が魔物の召喚を行ってたって言いたいわけか」
「そうなりますわね」
「何のために」
「お引っ越しじゃないかしら?」
この席でふざけるたあ大した度胸だと思いかけて、その言葉の意味に気付き、背筋がヒヤリとする。
「ここ数年、魔物が増えてるのは、そのせいか……? まさか、こっちの世界に、侵略なり、移住なり、しようってことか?」
「少なくとも、知能があることは、昨夜の人型で証明されたわけですわね。グレイスの死後辺りから、異形の魔物の出現が徐々に増え始めたこととも符丁が合いますし」
澄ました肯定に、多かれ少なかれ動揺が走る中、アイザックとエイダだけは、表情を変えなかった。
つまり、中枢ではすでに、その認識があったってわけか?
「この話は、国家機密に該当すると心得よ」
視線を送れば、アイザックが直ぐ様同席者全員に釘を刺す。
冗談じゃねえみてえだな。
「それじゃあ、その人型魔物を潰せば、問題は解決ってわけかい?」
もう口調も気にせず、アイザックに問いかける。
「まずはそれを目標としているが、聞いた限りでは、相当難しそうだな」
アイザックは、報告を上げたジャックに確認を取る。
「は。いかなる攻めも効かず、ルーファス・アヴァロンの全力の攻撃すらも全く損傷を与えることはかないませんでした」
つまり、公爵レベルでもトドメが刺せねえ規格外のバケモノってわけかい。
これは確かに、おいそれと公表できる話じゃねえわな。
「その人型ってやつは、一体だけなのかい?」
まさか1匹見かけたら30匹なんてこたあねえだろうな?
「そう考えてもらってよろしいでしょう」
エイダが断定した。預言者の保証でこの話は終わりだ。だが、どうにも腑に落ちねえ。
「逆になんでその一体だけ、特別になれたんだ? 人間の遺体を乗っ取って強い個体に成れるなら、どんどんやってるはずだろ?」
「余程特殊な条件が、奇跡的に揃った結果かもしれませんね。あくまでも推測ですが」
さっきから、やっぱりおかしいやな。
触れられたくねえとこから、なんとか引き離そうとしちゃあいねえかい?
嬢ちゃんに訊いたことまで、別の奴が代わりに答えてきやがる。嬢ちゃんもそれが当然って面だ。
視線呼吸気配の観察は、戦闘の基本なんだぜ。
アイザックもエイダも、なんでさっきから、不自然に嬢ちゃんを見ない? 本来必要なはずの質問を避けてるんだ?
逆にアレクシスは背中からでも、嬢ちゃんガン見で浮かれてるのが分かる。
「嬢ちゃんは、どんな奇跡があったんだと思う?」
すでに仕事は終わったとばかりに、茶を味わってるグラディスに訊ねる。
曲がりなりにもてめえの母親に関わることなのに、さっきからあまりに図太いし客観的過ぎるじゃねえか。
「さあ? 仮定だけならいくらでも立てられますから」
首を傾げるその美貌を、特に目をじっと見ながら、更に追及する。
「例えば?」
「公爵の血統、天才的な魔導師の才能、死因、遺体の状態や安置場所、環境やタイミング……それこそ色々ですわ」
「――なるほど」
色々、ねえ。むしろ、それ全部じゃねえのかい?
特に死因は、お前さんを宿して、産んだことだったはずだよなあ?
確かにそいつは、滅多には起こらねえ、300年に一度ぐれえの特別な奇跡なんだろうなあ。
いつも表情の薄いエイダが、どこか咎めるように俺を見据えてやがる。
おいおい。何も取って食いやしねえよ。
それからもしばらく続いた議論の間、俺はなんとなく、一度も勝てなかった永遠のライバルに思いを馳せた。
お前は案外、幸せな最期を迎えたんだなあ、なんて思ったりしてな。
帰り際、案の定、人気を避けた通路でアイザックに呼び止められた。
「ダグラス、分かっているだろうな?」
それだけを、じろりとして言う。
「何の話だよ? 久し振りに気分がいいから、今夜は呑みに行こうと思ってたとこなんだぜ? お前さんも行くかい?」
「隠居寸前の暇人に付き合わせる気か?」
「酒の肴は、俺の真面目な愛弟子のカノジョについてとか、おもしれえだろ?」
「……どうして私の周りには、ふざけた奴ばかりなんだろうな」
安定のしかめ面で嘆息しやがる。
「バランスってやつだろ。まあ、いずれにしろ、俺の永遠のライバルの可愛い孫娘だ。それなりには目をかけてやってもいいぜ」
「本人曰く、キアランはただの友人、だそうだぞ」
「はははは。戦闘だけでなく、女の落とし方も教えといてやるべきだったな。これからでも遅くねえかな?」
「お前が師で、よくキアランがまともに育ったものだ」
「それもバランスってやつさ」
その夜は久し振りに、学園時代の後輩と旨い酒を酌み交わした。