表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

198/378

敗北

 グレイスの姿を持った魔物には、どんな攻撃も通用しなかった。


 まるでそよ風でも受けているような、優雅な仕草だ。


 やがて溢れさせた瘴気を背中に集め、それを翼に物質化すると、悠然と飛び去って消えてしまった。そこに立ち尽くす私たちに、敗北感を残して。


 騎士たちは為す術なく、屈辱と不甲斐なさに震えて立ち尽くす。


 目の前の出来事が、一先ず終結したことに、私はほっと息を吐いた。とりあえず、人死にが出なかったことだけが幸いだ。


 緊張感が解け、ようやく人心地付いたところで、ずっとキアランに抱きしめられていたことに改めて気が付いた。

 本当は一人でも立てるけど、なんだかすごく居心地がいいから、もう少しこのままでいよう。


「グラディス、大丈夫か?」


 キアランは私を支えたまま、至近距離から、私の気持ちを推し量る。


 ようやく尻尾を掴みかけた犯人の姿形は、私と瓜二つ。それだけで、普通ならショックだもんね。ましてそれが、死んだはずの母親ともなれば、なお更だ。


 でも、私は大丈夫だ。


 安堵で力の抜けた体を預けたまま、笑顔を返した。


「ありがとう、キアラン。ちょっと驚いただけで、それほどの動揺はないから心配しないで」


 素直に浮かんだ自分の思いを、そのまま伝える。


 少し前とは逆に、キアランは私の目の奥深くまで、じっとのぞき込んできた。

 ああ、私が無理をしてないか、観察しているんだな。そう思うと、おかしくなってくすりと笑ってしまう。


「本当に、大丈夫そうだな」


 キアランもほっとして、少し表情を緩めた。


()()()()()()が何者であっても、関係ないよ。血の繋がりだってどうでもいい。私を支えてくれる絆は、他にちゃんとあるから」


 グレイスは、私にとっては何の思い入れもない。産んでくれたことには感謝するけど、その前に殺されてるし、なんだかトントンで収支ゼロとでも言えばいいのか。正直愛着は皆無だ。親子として触れ合ったこともないし、実感として大切な家族の中には含まれない。


 ましてその肉体だけリサイクルされていて、中身がまったく赤の他人も甚だしい魔物なのだから、それで私が悲嘆に暮れるようなことはない。

 ただ、人として気の毒に思うだけだ。


 家族と仲間に支えられ、見守られている私が揺らぐ理由もない。


 心配してくれるキアランに、ありがたく甘えていると、すぐ横で咳払いが聞こえた。


 私とキアランの間に割り込むように、私の護衛が声をかけてくる。


「お嬢様、そろそろこちらに。歩けないようでしたら、女性の護衛がおりますので」


 非常事態が終わって、キアランも悪い虫に準ずる扱いに格下げされたらしい。あっさりと護衛達に引き離されてしまった。

 せっかくいい気分だったのに、なんとなく残念。


 よく見ると、撤収の準備を始める騎士や警備の人たちの視線を、ちらちらと感じる。

 それも、私よりはキアランに。


 どうやらキアランの正体がバレてるらしい。そういえば伝言の遣いは、キアランの護衛に頼んだもんな。


 警備責任者がやってきて、キアランと何か打ち合わせを始め出す。


 しばらくのやり取りの後、キアランがまた私の元に戻ってくる。


「とりあえず今日は帰宅できるが、明日王城に来てほしい。色々と聞き取り調査をすることになる。イングラムやラングレーが関わってくるとなると、話が少し大事になりそうだ。しばらくは緘口令が敷かれるだろうな」

「うん、分かった」


 まあ、しょうがないよな。どう考えても関係者だし、それを抜きにしても、王子の同伴者として関わってるもんなあ。


「あ~あ、明日、みんなに会うの、楽しみにしてたんだけどなあ」

「そうだな。さすがにお互い、2~3日は休むことになるかもな。俺も調査の席には、できるだけ同席するから、気軽に対応してくれ」

「ふふふ。頼りにしてる」


 本音で答える。本当に頼りにするつもりだ。


 明日は、少し深く斬り込んだ話になるかもしれない。お偉いさんがいれば、前世の知り合いの可能性は高いし、可能な限りキアランの傘に隠れる態で、協力に応じよう。


 多分これだけの事態になれば、ジュリアス叔父様がまず同伴して矢面に立ってくれるはずだし、トリスタンやクエンティンにも、ただちに召喚要請が出るだろう。


 ああ、ホントにけっこう大事だ。


 なのに、キアランの気休めが効いたのか、大変な状況なのに、思ったほど気が沈んではいない。


 ずっと不気味で謎だった犯人の正体がはっきりしただけでも、スッキリする。


 グラディスとして初めて対峙した、元グレイスの姿を思い返した。大丈夫。動揺はないと、改めて確認する。


 そうすると、つい、どうしても気になっていたことに思考が行ってしまった。


「どうした? 難しい顔をして」


 考え込む私を、キアランが気にかける。


「うん……考えたくはないんだけど、やっぱりどうしても、気になっちゃって……」


 真正面から見据えて、食い入るように問い詰めた。


「――私とあの人、どっちがスタイル良かった?」


 キアランが、珍しいくらい目を丸くした。


「――はあ?」

「だって、顔がそっくりなんだよ? そこ重要でしょ!? 私、なんか負けてた気がする! けっこう頑張ってるのに、まだ足りない!?」


 どんなに忙しくてもエクササイズは欠かしていないのに、どう考えても努力とは無縁のグレイスに負けてるのは、かなり悔しい。いくら魔物補正があるとはいえ、もっと頑張れば私も更なる高みを目指せるのでは!?


「キアラン、どう思う!?」


 あくまで真剣な私に、キアランはあからさまに失笑した。


「その様子なら、本当に心配はいらないようだな」

「ちょっと、真面目に聞いてるのにっ」


 ふくれて抗議するけど、その柔らかな笑顔は変わらない。


「誰かと比べるな。お前は、今のままでいい」


 すぐに限度を忘れるのは、お前の悪いところだな、なんて続ける。


「~~~~~~~~~」


 その言葉で、私はもう次の句が出ない。


 ああ、もう、なんでこう、そういうことを素で言っちゃうんだ。またハグしたくなるじゃないか、もう!

 今、もの凄い笑顔が浮かんでる自信が、絶対あるんだけど!


 なのに、なぜかキアランが目を逸らした。


 ええ~、私の感謝の極上スマイルをスルーかよっ! なんでえ? こんなに嬉しいのに。


 肩透かしで他に視線を移すと、周りにいる騎士たちもぱっと視線を外す。ルーファスだけ、なんだか複雑そうな表情をしていた。

 こんな美少女から一斉に目を逸らすとは、わけが分からん。まさかさっきの魔物と同じ顔だから? それだと私にはどうしようもないけど。


 結局私たちはその場で解散になり、私は行きの時とは比較にならない厳重な警護の元、屋敷に戻ることになった。 


「キアラン。花火、見損ねちゃったね」

「花火は来年もある」

「うん――じゃあ、来年一緒に見ようね」

「ああ」


 別れ際の挨拶をして、背を向ける。


 なんだか、少し寂しく感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ