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正体

 毎朝鏡の中に見る青い瞳。


 それが、騎士の包囲をすり抜けて、私を射抜いてきた。


 なんでだ? 黒いフードの中身は、男のはずだ。私が、はずした? でも、あの瘴気を間違うはずがない。訳が分からない。


「――そうか……グラディス。グラディス・ラングレー。お前のせいか。仕事の直後で、瘴気を隠しきれなかった」


 私と同じ顔をした女は、私と同じ声で、淡々と呟いた。全くの無表情で。


 道理で、会ったことがあると思ったわけだ。

 私と目の前の女は、確かに出会っていた。


 ――前世で、私が死ぬ直前に。


「グレイス……グレイス・ラングレーの体を、死んだ母を、乗っ取ったのね……?」


 掠れかけた声で、問いかけるでなく断定する。私の言葉に、周囲がざわりとした。


 向こうの世界の住人は、この世界では物質的な肉体を作って現れる。

 こいつは新しい体を構成するのではなく、魂の消えたグレイスの体を、自分の肉体にしたのだ。


 予言ができなくとも、ちゃんとこの目で見さえすれば、見極めることはできる。

 この女は、間違いなく私の生みの母であるグレイスだ。そしてその体には、別の意志と魂が存在している。


 犯人は、日本人転生者の協力者とは限らなかった。

 こいつは向こうの世界の住人――侵略者そのものだ!


 それにしても、どういうこと?

 私は思い違いをしていた? 生きた人間への憑依は吸収されて消えるけど、死体なら自由に自分の肉体にできるってこと?

 いや、でもそれが可能なら、もうとっくにこの世界には、こいつらが溢れているはず。

 つまりはこいつは、不可能を可能にした、相当イレギュラーな存在なんだろう。


 全くグレイスって女は、我が母ながら、死んだ後まで厄介だ!


 彼女が死んだのは、確か16歳の時。今の私と同じ年だ。

 グレイスとそっくりだと、事あるごとに言われてきた。確かに、まるで鏡を見ているようだ。


 前世で一度見たヒステリックなグレイスと違って、その目には全く感情が浮かばない。まるで青いガラス玉のようだ。


 グレイスの魂も人格も全く残っていないだろうに、衣装の傾向は衣装部屋に残されていた遺品に通じるものがある。今履いている靴も、遺品の中に多かった10センチ級のヒールのようだ。

 脳に刻まれた記憶や嗜好は、残っているということか。少なからず影響を与えている。つまりは、この国や人間社会の知識をそのまま引き継いで持っている。


 だったら、この世界で人間に紛れて自然に振る舞えることにも納得がいく。ザカライアの記憶が覚醒した時の、私のようなものだろう。


 向こうの世界からやってきた黒い瘴気の精神体は、この世界で人間の肉体を纏って、新しい存在として生まれ変わった。

 

 これは多分、この世界で初めて存在が確認された、完全なる人型の魔物。


 もう隠す必要もないからか。グレイスの体を持つ魔物は、強烈な黒い瘴気を全身から溢れさせた。

 明らかに、森林の奥から感じた巨大なケルベロスよりも、遥かに禍々しく凶悪な瘴気を。


 この光景には見覚えがある。

 ユーカと同じだ。ただしその意識は、体の持ち主ではなく、乗っ取った魔物のもの。そして力の使いこなし方は、ユーカとは比べ物にならないほど、強力で自在で洗練されている。


「惑わされないで! そいつは魔物よ!!」


 戸惑う騎士たちに、呼びかけた。見かけは確かに人間だけど、私だけど、やるべきことは変わらない。


 同じ顔を見比べて困惑する騎士たちの中で、私の言葉に、ルーファスだけが瞬時に反応した。


 迷わずグレイスの体を、魔物にするように剣で袈裟懸けに両断した。肩から腰にかけて、真っ二つにズルリとずれる。


 うひいぃ~~~いっ!!


 なんか、私が切られたみたいで痛いっ!!

 むしろルーファス、よくその容貌の人間的なものを、躊躇なくぶった切れたな!? あんた、私を敬愛してるはずだろ!? 私の指示に盲目的に忠実過ぎて、逆に怖いわ!!


 反射的に硬直した体を、キアランがぎゅっと支えてくれる。


 両断された切断面からは、鮮血の代わりに瘴気が噴き出し、それは繋がって、磁石が引き合うように、再び体は元に戻った。何事もなかったかのごとく。


 斜めに輪切りにされたドレスの下の部分だけが、パサリとウエストのベルトまで落下し、確かに切断されていたことを証明している。


 露わになった白い上半身には、傷跡一つ見られない。


 まったく、なんなんだ、コノヤロウ。

 スタイルまで、私にそっくりときてやがる。いや、むしろ……いやいやいやっ。


 とにかくあの肉体は、もしかしたら一番いい状態に復元するのかもしれないな! まがりなりにも一児の母のラインじゃないぞ。なんか悔しいっ。

 でも綺麗なはずなのに、人形みたいに作り物めいてて、色っぽさとかは感じない。


 取り囲む騎士に、戦慄と覚悟が走る。少女の姿をしていても、本当に魔物なのだ。それも、尋常ではないレベルの。


 元グレイスだった()()は、悠々とたたずみ、周囲の敵を無表情に眺めやった。


 騎士たちは、堰を切ったように、見事な連携で怒涛の攻撃を、目の前の魔物に繰り出す。


 武器も衝撃波も魔法も、その全ての攻撃を、グレイスは障壁を張って苦も無く防いだ。


 攻撃力だけなら、父親のアヴァロン公を上回るだろうルーファスの打ち込みですら、揺るぎもしない。


「――無理だ……これは……」


 思わず呟く。今、こいつに対処する方法が、思いつかない。


 グレイスは、まともに修行してなかったとはいえ、魔術師の才能は天才級だったらしい。ティルダの上位互換版とも言える。

 前世で見た印象でも、傲慢な性格が先立ってはいたものの、思い返せば、途轍もない才能の片鱗は隠れていた。


 強大なレベルの黒い瘴気の精神体が、その体に融合したらどうなるのか?


 その答えが、ここにある。


 人間の強力な魔力と、強力な魔物の能力を併せ持った存在。――例えるなら、魔術師版の人造トリスタンのようなものだ。


 代を重ねて純度を上げ、数百年かけて完成されたか、高純度同士の二つをいきなり掛け合わせて、長くともわずか16年ほどの期間で、ここまでの完成度に達したかの違い。


 騎士としての剣術や体術のスキルはなくとも、多分トリスタンレベルでの人体強化や反射速度は持っているのではないか。しかも魔術に関して、魔物と人間のもの――どちらも高レベルに使いこなす。或いはそれも融合させている。


 れっきとした、まごうことなきバケモノだ。


 こんなの、一体どうやって倒したらいいのか――キアランに支えられていてよかった。

 今にも、気が遠くなりそうなほどに、前途多難だ。

ミステリーのお約束・その1、死んだはずの奴が犯人。

ミステリーのお約束・その2、しかも血縁者。    

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