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遭遇

「グラディス、どうした?」


 突然顔色を変えた私を、キアランが怪訝そうな目で案じる。


「キ……キアラン……」


 私は説明する代わりに、気になる方向に目を向けた。あっちは確か、アスレチックがある方だ。


「――っ!!? 魔物か!?」


 キアランも意識を向け、尋常じゃない気配を感知する。


「行くぞ」


 すぐに私の肩を抱き寄せ、強引なくらいの勢いで広場に戻った。


「この広場が避難場所になるだろう。巡回の騎士はすでに動き出している。事態が収まるまで、ここで待機しよう」


 すぐに自らの護衛を呼び寄せ、状況を見てから指示を出した。

 私の元にも護衛達が何人か集結し、近場と遠くから二重の態勢で警護を固めた。


 さすがに判断が早い。ここでお忍び中の王子がしゃしゃり出ても、事態は混乱するだけだもんな。警備が適切に対応しだしたから、あとは状況を見ながら、信じて待とう。


 公園に鳴り響いていた音楽が鳴りやむ。

 異常事態が発生したことが、陽気だった祭りの人出にも、徐々に伝わり始めた。誰かが叫んで逃げだせば、一斉にパニックが起こりかねない。


 そんな絶妙なタイミングで、すかさず警備責任者らしい騎士が、広場の壇上に立った。


「皆さん、そこから動かないでください! 現在この森林公園の南西アスレチック付近で、巨大な魔物が1体出現しました! この広場を避難場所とし、騎士で守りを固めます! この場にいる限り安全は保証されます! 事態が収まるまで、この場での待機を願います!」


 お願いの形を取ってるけど、実質邪魔になるからここでじっとしてろってことだ。すぐに広場を封鎖するように、騎士が周囲を包囲し始めた。

 勝手にバラバラと逃げられても、混乱の中で怪我人が続出するだけだもんな。

 さすがに王都を守る騎士団は優秀だ。


 そして別部隊が、今まさにアスレチックの辺りで、件のケルベロスを迎え撃っている最中。


 私たちはここで、騎士の戦闘の結果を、大人しく待っていればいい。


 すでに複数の分隊が集結し、連携して戦っている様子だ。この体制になれば、いくら強い魔物でも、1体くらいうち漏らすことなどない。


 なのにどうしてだろう? さっきから、言い知れない不安が、私の中の激しい動悸を休ませてくれない。


「グラディス、もうこの状況なら、大丈夫だ」


 私の肩を抱いているキアランにも、このわけの分からない動揺がダイレクトに伝わっているらしい。事実を冷静に伝えて、私を落ち着かせようとしてくれる。


「うん……分かってる」


 そう。分かっている。頼もしい騎士たちが、ちゃんと事態は収拾してくれる。この広場の人たちも、誰一人犠牲者は出さず、すぐに解放される。


 分かっているのに、それでも胸騒ぎが収まらない。

 明らかにいつもと違う様子の私を、キアランは守るように抱きしめ続けてくれていた。


 遠くから聞こえていた激闘の音が、やがて収まった。


 戦いが終わった。


 通信機から連絡を受けた警備責任者が、被災者となった一同に告げる。


「たった今、魔物は仕留められました! すでに脅威はありません。これから封鎖を解除するので、ゆっくりと落ち着いて帰途についてください!」


 その宣言に、数千人の安堵が一斉に広がる。


 その瞬間、違和感の正体が分かった。


 私から数10メートル離れた、横の方にいた人物。


 服装は、足元まで隠すゆったりとしたドレス。帽子とマスクで容貌が隠されてて、例えるならヴェネチアカーニバルの仮装みたいだ。

 装いは女性だけど、背は180以上はある。今の私と、ほとんど変わらない。


 何がおかしいのか?


 みんな無事を喜びほっとした一瞬の空気の中で、たった一人だけ、何の反応もなかった。


 ――無だった。


 いや、違う。キアランの腕の中に隠れて隙間からうかがうと、微かに黒い瘴気を纏っているのが見えた。


 ――あいつが犯人だ!!!


 あの隠しきれていない瘴気、間違いない。魔物を召喚し、ここで一般人に紛れて、高みの見物でもしていたのか。

 ああ、そうすると前回、うちのおちびたちを号泣させて、私を地味にヘコませた謎の女もあいつか。召喚の事前準備で、一度ここに来てたんだ。


 私はそっとキアランの耳元に口を寄せる。


「キアラン。動かないで聞いて。向こうにいる、白い仮面に紫のドレスの人。多分、召喚の犯人だ。魔物と同じ、黒い瘴気が見える」


 密かに囁く。キアランは驚いたようだけど、一切動かず、私に視線で頷いた。


 このままだと、やがて動き出す人の流れに乗って、逃げられてしまう。気取られずに、警備に伝えないと。


 キアランが私の姿を容疑者からさりげなく隠しつつ、護衛の一人を、自然な態度で呼び寄せた。その時、戦闘から戻ってきた騎士の一団に、ルーファスの姿が見えた。


「キアラン、ルーファス先生がいる。メモで状況を伝えよう」

「――分かった」


 護衛から手帳を借り、最低限の情報を書き込んで千切る。それをまた護衛に頼んで、手渡しに行ってもらった。


 伝言を読んだルーファスが、ちらりと私に目線を向ける。数秒だけ目が合った。これで十分だ。あとはルーファスが、私を抜きにして、いい感じに対応してくれるだろう。


 これ以上できることはない。あとはプロに任せよう。


 それとなく騎士たちの様子をうかがっていると、会場の警備員たちと連動して、会場の人たちを作為的に誘導していく流れが読める。


 不自然さが見え始めた時には、あっという間に対象者を、騎士団と魔導師たちが囲い込んでいた。


 私は包囲のすぐ外から、目の前の出来事をじっと見守っている。


「グラディス!」

「ごめん! でも、ここにいさせて」


 避難させようとするキアランに、私は強硬に逆らった。


 私の動悸は、収まるどころか強まるばかりだ。

 どうしても、ここで見届けなければいけない気がする。


「お願いっ」


 傍から見れば、お嬢様のただのワガママだ。

 さっきからずっと様子のおかしかった私を見ていたキアランは、少し困ったように、それでも護衛たちにここで護りを固めるように指示してくれた。


 本来は無用な危険から遠ざかるのがキアランの義務だし、保護対象を退避させるのが護衛の任務だ。私のせいで、曲げさせてしまった。

 私を置き去りにして、一人で逃げるようなキアランじゃないから。


「――ゴメン」


 私をかばうように立つキアランの背中にしがみついて、謝るしかできない。


「大事なことなんだろう?」


 キアランは前を向いたままで、それだけ答えた。


「――うん……」


 答えて、私も目の前の捕り物に視線を移した。


 大事なこと。それだけは間違いない。

 あの仮面の人物が、どうしてこんなに気になるのか?

 直接目にして、気が付いた。


 ――私は確かに、以前あの人物に会ったことがある。


 誰だ? なんで思い出せない?


 目の前で展開される事態を、ただ食い入るように見つめる。


 騎士に取り囲まれ、追い詰められた状況のはずなのに、仮面の人物は動じる気配もなかった。まるで感情自体が、存在していないかのようだ。


 足元に小さな魔法陣が展開されかける。転移で逃げるつもりだ。


 ルーファスが風魔法で足元を切り裂いて阻止した。

 その衝撃で、帽子と仮面がはじけ飛んだ。


「っっっっ!!!?」


 そこにいた誰もが、その素顔に唖然とし、絶句した。キアランが、無意識に私を強く抱きしめた。


 ――そうか……そういうことか……。


 キアランの腕の中で、クリスとロレインの言葉が、脳裏に蘇る。アスレチックで、泣きながら必死に訴えていた言葉。


『こわいねーたま』『きもちわるいねーたま』――それは、言葉の通りの意味だったんだ。


 流れ落ちたプラチナブロンドの髪。空のような青い瞳。


 ――そこには、私と同じ顔の女がいた。

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