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嘆きの予感

 楽しい4日間はあっという間に過ぎ、次に春の再会を約束して、泣いてゴネるクリス、ロレインと、イーニッドを名残惜しく見送った。


 それからは特に用事もなく、目いっぱい仕事に励み、忙しい夏季休暇も、残すはあと2日になった。

 マックスも今日領地を発って、明日の夜には到着予定だ。


 私はと言えば、仕事を詰めに詰めて一段落付け、午後から無理やり時間を作った。


 今いる場所は、メサイア林の湧水。


 昔と違って乗馬で手っ取り早く来れるから、半日だけでもバカンスを楽しむ予定だ。

 せっかくの夏休みに泳ぎに行かないなんて有り得ないもんね。しかもプライベートビーチならぬ、プライベート湖があるのに。

 一人というのが、何とも寂しいとこだけど、それはいつも通りだからしょうがない。


 そういうわけで、久し振りに訪れたここで、昼過ぎからガンガン泳ぎ倒していた。

 ちなみに護衛は、メサイア林の外で目を光らせつつ待機。ここは聖域だから、無闇に人を入れたくない。


 そもそもここは、魔物が存在しない場所。つまりは黒い瘴気を放つものの活動が、制限されるということ。


 だったら襲撃が心配されるのは、普通の人間だけだけど、普段以上に研ぎ澄まされるこの場所で、私がそれを受ける心配はまずない。

 予知を駆使すれば、トリスタンとの鬼ごっこだって成立させる私だからね。実質この場所なら、護衛いらずだ。

 たまには完全に一人きりになれるのも、リラックスできていい。


 趣味で何着も作っている水着を、誰にも見せられないのが、少々物足りないところだけど。

 ユーカなら水のレジャーも乗ってくれるはずなのに、ある意味半魔物的な存在だから、この聖域には連れて来れない。


 ハンター家辺りは海がナワバリだから、この前ダニエルに新作水着をお勧めしたら、あっさり断られた。なんでも向こうの海は魔物だらけで、泳ぐなんてとんでもないことらしい。


 戦場で肌を晒すとか自殺行為じゃねえかと、バカにされた。

 長く住んでても、場所が違うと知らないことはあるものだなあ。


 肌の露出のハードルは年々下がってきているから、次は泳ぐレジャーとかも世間に流行らせたいとこだけど、さすがにアパレル社長の仕事じゃないよね。

 さすがに別ジャンルの事業起こす気はないし、うちの一族の系列企業に、時機を見て提案してみようかなあ。


 いずれにしても、完全に平和になってからのことだ。私に付きまとう厄介事を、いつか振り払える日が来た時のお楽しみにしよう。


 さてさて。では、ここに来た時のお約束。滝行に行ってみましょうか。


 すっかりリラックスしたところで、小さな滝の所まで移動する。

 今日の水着はワンピースタイプだ。前にビキニでやったら、水の勢いでどえらいことになってしまった。一人でよかったと、初めて思った瞬間だ。滝行ごっこは水着を選ばないといけない。


 初めてここに来た時と同じポーズで、早速トライ。肉体的には成人しても、全然成長してませんなあ。

 でも実際、神経が研ぎ澄まされるのか、本当に何か見えることがたまにあるから、ついついやってみたくなっちゃうんだ。


 頭から落水を受け止めながら、一周目の時から得意だった迷走――いや、瞑想を続ける。


 そう長い時間は待たずに、ほんの一瞬だけ、ビジョンにもならないほどの微かな予感を感じた。


「…………」


 なんだか急激にテンションが下がって、滝から離れ、湖畔に上がる。


 正直、見なきゃよかった。

 なんか、ものすごく悲しんでた気がする。


 ――そう遠くはない未来。いつかこの場所で、私はどん底まで嘆くことになる。


 ああ、やってしまった、って感じだ。


 こういうことになるから、自分の運命自体は、極力見たくないんだよ。危険の回避くらいならともかく、ガッツリ人生に食い込みそうなことは特に。

 『私、良い結果の占いだけ信じるから~』とかとは違う。占いどころか、確実に当たる予言だもん。


 ザカライアとして死ぬ直前に見た未来のビジョンのせいで、今の人生もそこそこ振り回されてるとこあるし。


 うっかりとはいえ、実際見えちゃったら、暗い結果はやっぱへこむわ。まだ何も起こってないのに、悪い何かがあるとだけ分かるとか。


 そもそも自分自身の将来をのぞき見る――なんてことをやったら、まともに生きていけない。

 本当に自分の意志なのか、運命を読み、妥協して選んだだけの未来なのかすら、分からなくなる。それこそゲームのような生き方だ。


 私は別に、魔女になりたいわけじゃない。平凡とはいかなくとも、願わくば穏やかに、普通の人間らしい人生を送りたいだけなのだから。


 今後の、国全体を巻き込むだろう困難の行方とかだったら、たとえ私の運命に関わるとしても、予知を試みる価値もあるんだろうけど……。どうせその類は、黒い靄に霞んで、ほとんど見えないんだよな。


 厄介なのは、禊の真っ最中で、普段より数段研ぎ澄まされた状態でのこの予感。

 これは回避不可能な、すでに未来の決定事項なのだ。


 こんな予言、怖いだけで損しかないよ。――いやだなあ。お手柔らかに頼みます……。


 初めてここに来た時、私にとってすごく特別な場所になると、直観したことを思い出した。


 ただ聖域というだけでなく、私の運命に深くかかわるような何か。――それは、今も変わらない。

 悲しみを癒す救いが、それに当たるならいいんだけど……。


 とりあえず一休みしよう。落ち着きたい。


 敷いておいたタオルに体を休め、バッグから水筒を取り出す。

 一緒に入れていた青いハンカチが、はずみで落ちた。

 

 はっとして、すぐに拾い上げる。


 青い目をした金色のドラゴンが刺繍してある、子供向けのハンカチ。

 王都観光で、イーニッドとお買い物に出かけたロレインとクリスが、私のお土産にと買ってきてくれたもの。

 私たち3人、色違いでおそろいだ。そして忘れられてるマックス、ドンマイ。


 すでに好みが違う二人が、その場で意見が一致したらしい。このドラゴンは、私をイメージするものなのだそうだ。


 あの子たちからの初めてのプレゼント。すぐに宝物になって、お守り代わりに持ち歩いている。


「お姉ちゃん、頑張るからね! 何があっても、絶対負けない!」


 ハンカチをバッグにしまい、水をぐいっと飲んでから、もう一回水面に戻った。

 へこんでなんかいられない。


 ガンガン泳いで、ストレス発散しつつ体力を付けてやる。

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