大号泣
「グラディス、どうしました?」
突然険しい顔つきになった私の視線を、ルーファスが追った。
「ひどく怯えた気配がしますね」
アスレチックのずっと奥の方を、直ちに感知する。
「うちの子たちだ!」
立ち上がって駆け出そうとしたら、両足が宙に跳ね上がる。
「わっ」
「失礼」
ルーファスが私を丁重に抱えて、走り出した。
おお、これは便利! 行け、ルーファスタクシー!!
ありがたく甘えながら、内心失礼なことを思う。でもうちの天使たちの元に、一刻も早く駆け付けなければならないのだ!
ルーファスは捕捉した場所へと、私を抱えたまま軽々障害を突っ切り、20秒足らずで一直線に駆け付けた。
アスレチックの憩いの場、ツリーハウスの中で、クリスとロレインが、お互いがっしり抱き合って大号泣していた。
傍らには、安全は確保しつつも、対応に困った護衛たちがいる。すぐにルーファスタクシーから降車して、傍に駆け寄る。
「ねーたま!」
「ねーたま!」
私に気付いた二人は、一目散に飛びついてきた。
「何があったの?」
二人を両手に受け入れ、優しく問いかける。
「こわいねーたま!」
「きもちわるいねーたま!」
二人がいっぺんに泣きながら訴える。抱きしめながら、護衛の方に視線で訊ねる。
「このツリーハウスに上がってすぐ、景色を眺めようとその窓をのぞいたところ、突然この状態で……。確認したところ、歩いている女性の後ろ姿が遠くに見えたくらいで、それ以外は何もなかったと思います」
その返事で、二人を抱えて、窓に歩み寄る。さすがに重いけど、今は手放せないからね。
見下ろした景色は、なかなかの絶景で、管理された気持ちいい森林の光景があるだけ。今は人影すらうかがえなかった。
「怖くて気持ち悪いお姉さんが、いたってこと?」
証言から推測して訊ねると、二人がぎゅっと抱き付いたまま頷く。なるほど。なんとなく状況は分かったけど、おちびたちの言い種だと、私がディスられてるみたいで、ちょっとへこむ。
詳細を聞こうとしても、最初の『こわいねーたま』と『きもちわるいねーたま』を支離滅裂に繰り返すだけで、私のメンタルが削られる一方だ。
「この子たちがこんなに怖がるなんて、その女性は何をしてたの?」
「すぐに見た限りでは、ただ歩き去っていっただけですが」
護衛もわけが分からず首を捻る。
「まさか顔の造作のことじゃないわよね……?」
「帽子を目深にかぶっていましたので、私は確認できませんでした。女性としては、かなり長身でしたが」
まさかホントに顔を見て……?
そうだとしたら、ひっじょーに興味が……いやいや、失礼過ぎるな!! 幼児とはいえ、教育的指導が必要になるレベルですよ!?
一般人なら遠すぎて見えなくても、きっとこの子たちの能力ならはっきり見えただろうし、可能性はゼロじゃないのが怖い。
「念のため、確認してみましょう。何かあったら連絡します」
「お願い」
ルーファスは、証言された方向に向かって、巡回の任務に戻っていった。
ああ、よく考えたら私が一番失礼じゃないか!? あとでタクシーの乗車賃代わりに、ちゃんとお礼をしなければ!
とりあえずその場でしばらく抱っこして、二人を落ち着かせるように努めた。
するといつの間にか、私の膝をどちらがより多く占有できるかでお互いを牽制し始め、泣いていた理由をあっさり忘れていた。
うん、可愛い。
後で報告が来たけど、結局ルーファスも他の騎士も、公園内に不審な人物は見かけなかったそうだ。
それから引き続きお腹が空くまで遊び倒し、王都で評判のお店でランチをして、電池切れのタイムオーバーになった。
子供が喜びそうなショップも、大分チェックしてたんだけどなあ。またの機会だね。
馬車に揺られながら、左右から眠る二人を膝枕で支え、屋敷に戻った。
ベッドに運び、夕方までお昼寝し、起きたらまた家遊び。
滞在はあと2日あるけど、私の取れた休みは昨日今日だけ。明日からまた仕事に行かないと。
夜になって、イーニッドが帰ってきた。
満足のいく買い物ができたようで、何よりだ。ちゃんと頼りになるお供をアドバイザーに、うちの会社から選んで付けたからね。特別ボーナスを出すとしよう。
目いっぱい遊び倒した1日を終え、おねむの二人から「ねーたまとねる」攻撃。こんな可愛い攻撃なら毎日受けたい。
二人に左右から挟まれながら、ベッドの上で絵本を読む。
はしゃぎ過ぎたこともあって、二人とも読み終わる前に、あっさり寝落ちした。
柔らかくて暖かい感触を、両脇に堪能。――ああ、幸せだなあ。
うつ伏せに半身を起こして、左右のクリスとロレインを観察する。
銀髪に金色の瞳。ラングレー家の特徴を、色濃く映す弟妹たち。
特にクリスは成長するごとに、昔のマックスに瓜二つになっていく。すでに将来の姿が見えるようだ。
今の容姿に不満があるわけじゃないけど、母親似の私だけ仲間外れな気がして、ちょっと寂しい。
この子たちも恵まれた才能を駆使して、すぐに故郷で強力な戦力に育つんだろう。一人だけ戦えない私を、それでも大好きでいてくれる弟妹たち。
その筆頭であるマックスに、思いを馳せる。きっと今頃は、トリスタンと一緒に、領地で仕事に励んでいるんだろう。
昨日今日と、おちびたちから、まっすぐな大好き攻撃を受け続けて、すごく嬉しかった。
冷静に振り返ってみて、マックスから受ける気持ちに対する私の感情は、それと変わらない気がする。
大好きな可愛い弟。私のことをどういう気持ちで好きでいてくれるのだとしても、私の想いは、多分それなんだ。これが動く気がしない。
漠然とまだ先のことのような気がしてたけど、お互いもう成人してるし、いい加減はっきりした方がいいんじゃないか。
この前のアイザックのアドバイスは、何気に私の心に強く残っている。でも、こんな可愛い弟と結婚とかは、やっぱり想像ができない。
私のフリ方が甘いのは分かってるけど、好きな男ができなかったら俺のとこに来いとか、平気で言う奴だもんなあ。
私が誰かに惚れるまでは、これも保留なんだろうか。
私が言うのもなんだけど、これだけ長いこと一人を好きでい続けられるなんて、羨ましさすら覚える。
私も好きになり返せれば一番楽なんだろうけど、こればかりはどうしようもないもんなあ。
私も5年かけて、随分感情豊かになってきた気はする。そっちの面での変化を、少しは期待してもいるんだけど――どうなんだろう……?