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アスレチック

 今日のイーニッドの予定は、貴族御用達のお店を回ることになっている。

 公爵夫人として恥ずかしくないお勧めの店を、案内させる手はずを整えておいた。


 その間私は、王都が初めての双子ちゃんと、観光を堪能する予定。


 朝の支度が終わり、イーニッド一行と同じタイミングで屋敷を出る。


「それじゃ、グラディス、クリストファーとロレインをお願いね」

「ええ、任せて。お義母様も楽しんで来てね」


 挨拶をしてから別の馬車に乗り、それぞれ違う目的地に出発する。


 私はロレインとクリスと一緒、もう一台後ろの馬車には、二人のナニーと選りすぐりで見た目超ゴツイ護衛が乗っている。


 叔父様に頼んで、見える護衛も隠れた護衛も、今日はいつもよりガッチリ増やしてもらっている。私に護衛を付ける叔父様の気持ちが、初めて分かったぞ。

 天使たちに、どんな間違いも起こしちゃならないからな。


 普通、王都観光というと、王城とか闘技場とか、地方では見れない劇場とか博物館みたいな文化系施設になるけど、子供相手にそれやってもしょうがない。

 基本食べるとこと遊ぶとこをメインに、気ままに決めていこう。


 まずはお昼までにお腹を空かせてやろうと、国立森林公園に連れて来てみた。5年くらい前、叔父様の授賞式があった王都民憩いの空間。


 田舎住まいの子たちに森林公園は受けるのか、とは思うけど、公園が嫌いな子供はいないよね。

 ましてこの体育会系国家の国立公園ともなれば、森林の一角にどえらい本格的なアスレチックが展開されている。


 一周目の公園の遊具なんて目じゃない、普通にお金払って行くようなやつだ。忍者の修行場かと、突っ込みたいくらい本格的。ちょっとしたサスケか。


 普段から体を鍛えてるような一般の成人男性が何とかクリアできるレベルだから、普通の王都民からすれば結構な難易度だ。

 ちなみに私も普通にクリアできる。後でユーカを連れてきたら喜びそうだな。この世界は、娯楽に餓えるからなあ。


「うわ~~!」

「しゅごい~~!」


 目論見通り、子供たちは目の前に広がる木のアスレチックに目を輝かせた。


「ねーたま、やる~!」

「やる~!!」


 二人は、一目散に駆け出して行った。

 すかさず護衛の騎士が、マンツーマンで二人付いていく。


「うわあ、こりゃ、無理だわ」


 しばらく様子を見て、感嘆の声を漏らす。

 一応私も付き合えるように、オシャレを死守しつつも動けるパンツスタイルと靴で来たのに、到底付いて行けそうにない。


 幅も高さも大人用の寸法で出来てるアスレチックを、登って渡ってくぐって揺られて飛び降りてと、ずば抜けた運動能力と魔法を駆使して、軽々とこなしている。普通はロープとかでっぱり掴まないと、クリアできないやつなのに。

 あっという間に奥深くまで進んでいき、見えなくなってしまった。


 予想はしていたとはいえ、末恐ろしい2歳児たちだ。まだオムツのくせに。


 子守は護衛に任せ、ナニーたちにも待機を命じて、傍のベンチに腰を下ろした。


 そこに、近付いてくる気配を感じて、視線を移す。


 ルーファスがいた。王都騎士団として巡回中らしい。

 夏季休暇中は、ルーファスも本職に専念できる期間だ。


「森林公園で散策ですか、グラディス」


 学園にいる時とは違う親しい笑顔で、声をかけてきた。護衛任務と違って、巡回は都民の様子をうかがったり、職質とかもあるから、普通に対話しても問題ない。


「妹と弟がこっちに来てるから、遊ばせにね」

「なるほど。それでですか」


 私の返事に、ルーファスが納得の表情をする。


「何が?」


 訊ねる私に、苦笑が返った。


「森林公園に、手練れの騎士が多数、潜伏しているようなので、哨戒に来たのですが……」


 言葉の意味に気付き、あっと思う。


「……それ、多分うちの護衛だ」

「そのようですね」


 ルーファスが周囲の気配をうかがいながら頷く。


 うちは傍に付いている見える護衛より、周辺から忍者のように見守ってる護衛の方を多くしている。そうしないと、周辺の一般人を怯えさせたり、無用な関心をひいてしまうから。


 でもまさか自分の知らないところで、こんなお騒がせをさせていたとは。傍らでルーファスが、他の団員に向けて警戒解除の通信をしている。


「ごめん。余計な手間をかけさせちゃったね」

「いえ、よくあることですし、これが仕事ですから。理由と素性が分かれば、問題ありませんので」


 謝る私に、むしろ嬉しそうな微笑みを浮かべる。


「外出にこれだけ用心していらっしゃることが分かって、逆に安心しました」

「ああ、前にずいぶん心配させちゃったもんね」


 その言葉に、ルーファスはどこか複雑な表情をした。


「でも闘技場での件では、また無茶をしましたよね?」

「……」


 ――藪蛇だったと、失敗を悟る。音声を遮る魔法が、私たちだけの周りに展開されたのに気付いた。


 手紙で詳細を知らせてはいるけど、二人で会う機会がなかったから、すでに終わったものとスルーしてた。ルーファス的には、これも見過ごせない暴走らしい。まあ、そうだよね。

 ああ、全くこの件で私、何人に怒られてるだろ。自業自得なんだけど。


 ルーファスは私の正面に向かい合って、真剣な表情で膝をついた。


「その話を知った時、心臓が凍り付くかと思いました。あの時はまだ、トロイの嫌疑は不確定な状況だったのに……」


 同じ高さの目線から続ける。


「トロイの無実を、証明するためという考えは、ありませんでしたか?」


 率直に切り込まれて、少し後ろめたい気分になった。

 ルーファスは、トロイの護衛を、ずっと複雑な思いで続けてきていただろう。容疑者として、監視を兼ねてもいたのだから。

 きっと、従兄弟が無関係であることを心から願いながら、もどかしい気持ちで任務に当たっていたはずだ。


「そんな綺麗なものじゃないよ……? 逆に、犯人なら炙り出してやるってくらいの考えだったんだから……」

「同じことです。その結果、トロイから疑いの目が外れたのですから」


 否定され、それ以上返す言葉がない。ルーファスの言葉は、核心を衝いてもいる。

 ああ、これならアイザックみたいに、馬鹿かと叱られた方がマシだな。


「あなたは、普通の人間として生きていくことを選んだのでしょう? だったら、無理に自分で動くのはやめるべきです。情報や指示を出してくれるだけでも十分なんです。動くのは、我々の仕事なのですから」


 私の弱った顔に気付いて、説教をしながらもルーファスの表情が少し和らいだ。


「今度何かあった時は、いつでも通信で呼びつけてください。万難を排して駆け付けます。内容の傍受が心配なら、一言「来い」だけで構いませんから」


 冗談めかした口調で、でも本気で言ってるのが分かる。

 確かに現在王都で一番強いのは、ルーファスだろう。いつ公爵を引き継いでも、遜色はない。

 武闘大会の時、ルーファスがいれば間違いなく頼っていたはずだ。


 転生してリセットされたはずの今でも、こんなに慕って親身になってくれている。前世を引きずり過ぎているようで気が引けるけど、遠慮される方がきっと堪えるんだろうなあ……。


「――うん。今度困ったら、ちゃんと呼ぶから」

「はい!」


 私の返事に、ルーファスは破顔した。すっかり青年になって、なんなら今は先生でもあるのに、何となく昔の彼を思い出した。


「――っ!!?」


 一段落して、世間話にでも戻ろうとした瞬間、はっとする。


 私の直感に、やにわに突き刺さるものがあった。

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