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三周目は公爵令嬢

 私はラングレー公爵家の一人娘、グラディス・ラングレー。10歳。


 お父様のトリスタン・ラングレー公爵は、この国最強の誇り高い魔法騎士。今日も領地で、領民を守るために魔物と戦っているはずです。


 一方の私は、ジュリアス叔父様に連れられて、王都のハックワース伯爵家の庭園でお茶会に参加しています。

 でも、このお茶会、少しおかしい気がします。同世代の女の子が、ちょっと多過ぎないかしら?


 そこでふと、母方のおじい様ギディオン・イングラム公爵の「まだ、早すぎるんじゃないか?」という言葉を思い出しました。


 ああ、王子さまの婚約者の見定めと言ったところかしらね。まあ、どうでもいいわ。


 私の今日の目的は、ドレスの初披露。

 ドレスと靴はマダム・サロメのオーダーメイド。そしてアクセサリーは、新進気鋭の天才彫金師アイヴァン渾身の作品の数々。当然どちらも最新作よ。

 これを見せびらかすことができればそれでいいの! そのためだけに来たの!


 私はおしゃれが大好き。ああ、素敵な装いに身を包まれているだけで、どうしてこんなに楽しいのかしら。


 でも、そんな楽しい気分に水を差す子がいる。


 誰だったかしら? 興味がないから名前も知らないけど、さっきから自分のドレスの自慢をしているわ。

 お母さまが今日のために選んでくださったんですって。あなたのドレスもお母さまのお見立て? ですって。

 私の着るものはすべて私が決めてるわ。他の誰かになんて決めさせるわけがない。


「ドレスは素敵ですけれど、あなたのお母様は、あなたに似合うかどうかまではお考えにならなかったのね」


 なんとなくカチンときながら、思わず口に出してしまう。


「あなたのようなふくよかな方に、そのピンクは合いませんわ。その無理なハイウエストの切り替えも体型のせいで美しいシルエットが出せてませんし、二の腕を誤魔化すためのパフスリーブは逆に肩幅の広さを強調してしまいます。スカートも、多すぎるギャザーが豊か過ぎるヒップをカバーするどころか、逆にやぼったさを……あら、何故泣いていらっしゃるの?」


 訳が分からないわ。私は悪いところを指摘してあげただけなのに。よりよくしようとは思わないのかしら? これだから軟弱な令嬢は嫌なのよ。すぐ泣くから面倒ですわ。


「お取込み中のようですわね。私はこれで失礼しますわ」


 私はさっさと移動します。これ以上ここにいたら、悪者にされるもの。

 なぜかいつもそうなのよね。自慢のお母様にでも慰めてもらえばいいわ。


 ああ、腹が立った理由が分かったわ。

 あの子、私にお母様がいないことを知っていて、わざと自慢していたのね。

 人に喧嘩を売るのが好きなのかしら。もっと楽しくて有意義なことに時間を使えばいいのに。


 もうドレスを見せびらかす目的も済んだし、さっさと帰ろうかしら。やりたいことはたくさんあるのよ。


 あら、あの子、きれいな黒髪ね。背も高くてスレンダーなスタイルも素敵。

エンパイアラインはああいう子でないと着こなせないのよ。でも今着てるドレスはいまいちね。明るい青がよかったのに。きっともう少し年齢が上がったら、ホルターネックのマーメイドラインも似合うわ。


 考えながら少し歩いたところで、もの言いたげな男の子と目が合いました。


 あら、なんてきれいなの。神秘的な紫色の瞳――まるでアメジストだわ、珍しい。透明感溢れる二つの宝石、実に素晴らしい芸術品ね。


 足を止めて、至近距離からついじいっと見つめてしまいました。美しいものは大好き。いくらでも見ていられるわ。


「な、なんで、あんな意地悪を言うんだ?」


 少年が気まずそうに、それでもしっかりと視線を返して尋ねてきました。


「意地悪? なんのこと?」

「ティルダ嬢への暴言だ」

「……誰?」

「……さっきのピンクのドレスの」

「ああ、あの方。それで、何が意地悪ですの?」

「泣かせていた」

「泣くのはあの方の自由です。私が泣けと命じたわけではありませんし」

「わざわざ言う必要のないことを言っただろう」

「本心は口にしてはいけない? そういうのは大人になってからにしますわ。 私、きれいなものならきれいと言いますもの」


 この子も私を悪者にして責めたいのね。相手にするのも馬鹿馬鹿しいし、もう行きましょう。

 すれ違いざまに、一目見た時から気になっていたことを、言い残していきましょう。


「ああ、あなた。その栗色のウイッグは似合ってませんわ。あなたなら、赤い髪が似合いそうね。血の色のような深紅よ」


 少年は驚いたように目を見開いたけど、あとは知りませんわ。さっさと叔父様の元へと行きましたから。


 叔父様はまだお仕事のお話があるそうなので、私だけ一足先に帰ることにしました。叔父様は私の我儘をいつも聞いてくださるから大好き。女性たちにも大人気の、自慢の叔父様よ。


 私は侍女のザラだけ連れて、帰りの馬車に乗り込みました。


「まあ、なんてことでしょう! お嬢様、お召し物に……」


 座って馬車が走り出した時に、初めて気が付いたらしい。ザラが、私のドレスのスカートの裾を見て驚きました。どう見ても故意としか思えない範囲で、紅茶のシミが付いています。


「ティルダとやらの一味の仕業ね。こんなイヤガラセをするなんて!」


 ああ、はらわたが煮えくり返りますわ! 私がこのドレスにどれだけ手間暇をかけたと思ってますの!?


 こんな卑劣で性格の悪い令嬢に、私が意地悪をしたですって!? あの少年の節穴にも腹が立ちますわ。


 門を出て間もない大通りで、脇道に曲がった途端、馬車が急停止しました。その勢いで、私は椅子から滑り落ちます。おしりが痛い……!

 曲がり角にいた人物に接触したようです。


 馬車で人を撥ねました。


 ああ、何もかもむしゃくしゃするわ! 腹の立つことばかり。こんなにたくさんある馬車の中で、どうしてわざわざ私の馬車の前に飛び出すのかしら!?


 イヤガラセ!? イヤガラセなの!?


 あらん限りの罵詈雑言を浴びせかけてやらなければ、気が収まらないわ!


 私はザラを振り切り、馬車から降りて、突進しました。怪我をしたのか、倒れている少年の元へ。


 そしてその光景を見て、思い出したのです。


 私、グラディス・ラングレー公爵令嬢の人生は、三周目であることを。

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