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魔物の考察

 掴みどころがなくて、なんともトロイらしい研究発表が終わった。続けて、すぐに質疑応答に移る。


 やっぱり賛否両論がえらいことになった。


 検証が始まるのはこれからの新分野だから、激しい議論が飛び交うのは当然。それをトロイは相変わらずの、おちょくってるのかと疑いたくなる言い種で緩くさばいていく。


 そのせいで、真面目でお堅そうなおじいちゃん魔導師とか、見るからに血圧がっつり上げてて可哀想だ。

 まったく天才的に、人をイラつかせるのがうまい男だよね。これだけ革新的な論文を、なんでこんなふざけた男がとか、研究者一同、絶対心を一つにして思ってるじゃん。

 残念ながら、能力と人格は別物なんですよ。


 まあ、世紀の発見だと思うけど、この研究は、ユーカを調べているからこそ、その応用で様々なものが見えてきた類のもの。黒い瘴気がはっきりと見えない人たちには、理解するのは時間がかかるだろうな。百年後くらいには、歴史に名前が残ってたりして。


 でも研究は素晴らしかったけど、私としては、更に騎士の強さを高め得る源泉が気になる。

 

 つまりは、魔物という存在そのものについて。


 王城の図書館に残された、デメトリアの手記の内容を思い出す。


 この世界に存在している通常の魔物は、異世界から小さな隙間をすり抜けてやってきた、比較的弱い存在だと考えられる。カッサンドラもそんなことを言っていた。


 私は魔法陣から魔物が生成される現場を、見たことがある。最初の時は、肉体が形を保てないまま、再び元の瘴気に戻って掻き消えた。


 でも巨大アリの時には完成度が上がっていて、この世界での肉体をはっきりと持っていた。トリスタンが切り刻んだ残骸が、しっかり残って降り注いだのだから間違いない。


 あいつらの故郷での本来の姿は、物質的な形を持たない精神体に近い状態のものなんじゃないかと、手記では推論していた。

 私も自分の目で見てきた結果、それに同意する。


 あの黒い瘴気自体が、彼らの本体――そしてあるいは、生成した触手的なもの。

 ユーカが取り込んで融合したのが本体で、外部に出してコントロールし得るものが触手に当たると言えそうだ。もしそうなら、ユーカは後天的に、騎士的な強さも得られるのかな。ユーカが少しでも魔力を持ってるなら、あり得るかもしれない。


 いずれにしろ手記では、彼らがこの世界に順応して生きるためには、肉体を持つことが必要なのだろうと結論付けている。


 弱く小さい単純な構造なら、それができる。ひとたびこの世界の存在となってしまえば、産卵なり分裂なりして、種を増やせる生物にもなれる。

 実際貴族の各領地には、それぞれ固有の魔物が普通にいて、季節ごとに繁殖したりしている。


 社交時期が春なのは、魔物が少ない季節だからだけど、肉体を構成しやすい環境とかタイミングとかがあるのかもしれない。


 近年見慣れない魔物の出没例が増えているのは、ゲートが不安定になっているせいで、今までこっちに来れなかった中規模の個体が、時折侵入して来るようになったからだろう。


 一方で強大な存在に関しては、肉体を持つためには、構造的にも質量的にも、相当複雑で困難な作業が必要になるのではないか。

 仮に人間に取り付いて肉体を得た場合、その結果はユーカで分かる。ユーカの中には、間違いなくユーカの意志以外はない。能力だけ受け継いで、完全に吸収されてしまうのだろう。


 だからあの魔法陣は、異世界の住人の肉体を、ほぼゼロから効率的に構築するためのものなんじゃないか? 生贄や血は、その呼び水か核にでもなるのかもしれない。


 本体のままだと、この世界ではそう長いこと形を保てないのだとしたら、肉体を持たせないよう妨害していくやり方もアリなんだろうか。ゲートを完全封鎖する前にも、できることはありそうだ。


 悠久の時をかけて、執念深くこちらの世界に大規模な侵攻を企てる異世界の住人とのケンカ――いい加減にケリを付けるために。


 今日、トロイの発表を見に来たのは、意外な収穫だったかもしれない。ぼんやりしていたものが、色々と形になってきた気がする。


 質疑応答の最後まで見届けてから、さっさと席を立った。これで約束は果たした。心置きなく午後からの仕事に向かおう。


「グラディス、ちゃんと僕を見に来てくれたんだね!」


 会場の扉を開けて出ると、そこにトロイが立っていた。後ろには、ルーファス含む3人の護衛付きで。


「早っ、さっきまで壇上にいたじゃない」


 思わず呆れた目を向ける。


「そりゃ、君が席を立ったのが見えたから。それにしても今日も可愛いなあ。僕のおねだり通りオシャレしてきてくれたんだね」

「あなたは関係ないわ。インパクトのオーナーとして下手な格好はできないだけ」


 あくまで自分に都合よく解釈するトロイに、ピシャリと返す。なんだか、ただのツンデレとか思われてそうで怖い。100パー本心なのに。


「まあ、いいや。今日は来てくれてありがとう。どうだった?」


 私の右手を握ってブンブンしながら、感想を訊いてくるから、そこは正直に答えてやる。


「思ったより良かったわ」

「やった! 初めて君に褒められた。是非詳しい話を、一緒にランチしながら」

「これから仕事だから、すぐ帰るわ」


 言い終わる前に、先回りして断る。もう義理は果たしたっての。

 トロイは大袈裟に嘆いて見せる。


「ああ、残念。じゃあ、せめてお別れの挨拶を」


 また私の握手したままの手に唇を寄せようとしてきた。すかさずパシッと音がする。


 私の護衛と、後ろのルーファス、双方からの妨害が入って、速やかに引き離された。


 そりゃ、今の状況で許容できるのは、せいぜい握手までですよ。それ以上は受ける理由がないし、叔父様が許しません! ルーファスもグッジョブ!


「じゃあ、もう帰るわ。今日はお疲れ様」


 さっさと踵を返して歩き出した。


「うん、またね、グラディス」


 トロイも素直に見送った。そもそも今日の主役の一人でしょーよ。こんなところでいつまでも油を売ってていいわけないのに。チラッと見ると、早速美人研究者に目を輝かせている。


 まったくご苦労なことだ。そしてルーファス頑張れ。

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