魔術学会
今日は、なんとか時間を作って、夏季休暇中のバルフォア学園に私服で訪れている。
一応トロイとした約束を守って、ちゃんと魔術学会の発表を見に来たのだ。
よく考えたら、夏休みにプライベートで会う約束をした相手がトロイだけって、なんだかものすごく残念な事実だ。
もうとっくに始まってるから周囲に人はあまりいないけど、さすがに魔術学会だけあって、ローブを身にまとった魔導師の姿が目立つ。
私みたいな派手にオシャレし倒した若い女の子なんて、どこを見てもいない。更に人目を引くのが、後ろに付き従うゴツイ護衛の存在。ぶっちゃけいつも以上に目立っちゃってる。
本当はこういうイベントごとには護衛同伴って駄目なんだけど、叔父様がなんか話を通しておいたらしい。受付で、普通に同行を許可された。
いや、なんか受付が青い顔してた気がするけど、そこはスルーだ。私の安全のためにいろいろ手配してくれたんだから、素直に感謝しなければ。でも叔父様、一体何をやったの?
トロイは叔父様的に、ガッツリ要注意人物に該当するんだろうなあ。はい、否定はしませんよ。
結界内の魔導師相手なら、私も拳で撃退する自信はあるけどね。痴漢だろーがナンパ野郎だろーが。
講堂までの道すがらには、黒いローブの人も普通にいて、ちょっと心臓に悪かったりする。
学園内は、王城と並ぶ厳重な結界が、全敷地をカバーしている。その上警備も厳重だし、身元の確かな人ばかりだから、心配はないはず。一応用心だけはしておこう。
事前に調べたところ、トロイの出番は午前の部の最後だった。お昼前に途中入場して、見たらさっさと帰ってやるのだ。
邪魔にならないように、後ろのドアからそっと中に入る。
ザカライアの時に学会に顔を出すことは何度もあったけど、思ってた以上の規模だった。500人入る講堂が、ほぼ埋まってる。
トロイの奴、こんな大舞台に立つって、何気に凄いんじゃないか。叔父様ほどではなくとも、まだ22、3だろうに。
まあ異世界人の視点と感性ってのは、影響が大きいんだろうけど。
護衛もついてるから、一番後ろの席に静かに腰を下ろして、壇上を見る。
トロイは今やってる人の次らしい。発表がちょうど終わって、質疑応答が始まったころで、ちょうどいいタイミングだった。
この壇上に立つ人たちってのは、みんな優れた魔導師か研究者なんだよな。トロイもなんだかんだで、魔術の名門ランドール家だし。
私と同じ魔法がないのが当たり前の世界の感覚を持ちながら、魔法が使えるようになるってのは、どんな気分なんだろう。
プログラムを見ても、トロイだけ着眼点が、明らかに他の発表者と異質。
みんな現存する魔法の強化法とか、大魔法の構造とか発展とか、魔法陣の類似性と効果の違いとか、魔術そのものに対する考察が多い。
でもトロイは、なぜか『騎士の強さと魔物との因果関係についての一考察』と、魔術学会なのに、大分斜め上のテーマに切り込んでる。
そりゃ、普通に考えて騎士の強さって、おかしいもんね。どう考えても、同種族としてあり得ない隔絶した差がある。
この世界では当たり前すぎて、誰も不思議に思わないのかな? 魔法がないのが当たり前の価値観だと、あまりに異常すぎる現象だと思うけど。
そもそも騎士に関しては、男女差も体格も関係なく強いんだから、原因はフィジカルの問題ではないんだよね。
つまり騎士の強さの根源は魔力だと、提示する内容になってるんだろう。
ザカライアの時にも驚いたけど、この世界の人間――特に騎士の血統は、戦闘を重ねることで天井知らずに強くなっていく。更に言えば、それは魔物を征伐した数と明らかに比例する。そして動物や人が対象では、効果がないことも分かっている。
対人戦闘は、技術の向上を目的とするもので、個体のポテンシャルそのものを上げるなら、とにかく魔物を殺しまくることが有効だ。
では、どうして魔物の殺傷だけが特別なのか? 魔物の現物を目にする機会がほとんどなかったザカライアの時には、分からなかった。
でも、実際の魔物を幾度となく見ている今なら、仮定は立てられる。
壇上の研究者の順番が終わり、次にトロイが現れる。ちらりと見える舞台袖の護衛の中には、やっぱりルーファスの姿も見えた。
トロイは壇上からすぐに私を見つけ、にっこりと手を振ってくる。いいから目の前の仕事に専念しろ!! 私まで注目浴びてるじゃないか!
そしてやっぱりいつものように、どこか不真面目な態度で、調子よく発表を始めた。
初っ端から、場内の反応は戸惑いが多いようだ。まあ、新説の提示だから仕方ない。
私も興味深く拝聴する。
魔物が絶命する瞬間に、ごくわずかに黒い瘴気が発生している様子が、私には見える。多分トロイにも。
預言者だからかと思ってたけど、異界を渡った影響のせいでもあったようだ。ユーカよりは影響が少ないから、せいぜい見えるだけだけど。
1年以上、ユーカを見てきたから分かる。ということは、ユーカと最初から関わり続けているトロイなら、もっと違いがはっきり分かるんだろう。
最初のうちは取り込んだまま持て余し気味だった黒い瘴気が、少しずつ借り物のようだった肉体と馴染んでいっている。バトルロイヤルの時には、多少なりとも外部に形を成せる状態で、黒い瘴気をコントロールしていた。
徐々に自らの血肉となって完全に混ざり合っていき、まるでそれまでとは別の、新しい何者かに変化しているようだ。
それが、普通の人間のはずだったユーカに、今までなかった超常の力を持たせ始めている。
多分同じことが、騎士にも起こっている。
幼い頃から絶えず、魔物を殺傷することで、わずかに発生する黒い瘴気を直接体内に取り込み続け、肉体と魔力に変化を起こしている。
特に著しいのが、魔力の変質。際限なく高めていける。
もし肉体が変質し過ぎれば、子孫の数に影響が出るはずだけど、そこに目に見える変化はないから、やっぱり影響が強いのは魔力の方だ。
魔導師が魔術不可の結界内で身体強化をかけても無効だけど、騎士の場合は血肉を持った生物として、物理的にあり得ない肉体強度を維持できる。
そこから、騎士の使う魔術は、魔物の要素が含まれている可能性が考えられる。
なぜなら魔物の単純な魔法攻撃も、結界内では、弱まりはするけど使えるのだから。根本から、人間の使う魔法とは、質や原理が別物なんだろう。
だから騎士というのは、言わば、後天的になる半魔物のようなものと言えるかもしれない。
逆に言えば、私のように柱となるべき魔力がゼロだと、多分いくら魔物を殺しても、騎士の強さは手に入らないはずだ。0には何をかけても0なんだよ、ハハハ。
そして重要なのが血統。代々稼業としてそれを続けていくことで、数百年かけて着実に純度を増していく。代を重ねるごとに、黒い瘴気と馴染む強靭な魔力の特別体質は完成されていき、とうとうトリスタンのような突然変異的に強い個体まで現れた。
王国内でも特別な激戦区を領地に持つ公爵家が、より一層の強さを維持し、更に磨きがかけられてきたのは、当然の結果だ。
一方で、魔力だけは強い魔導師が、近距離から魔術で魔物を殺し続けたらどうなるか。
多分、同様に強い影響は受けるものの、魔力の変質と、貧弱な肉体のバランスが取れず、自滅するのではないか。
では、魔導師が体を鍛え、剣を振るって、魔物を殺す作業をした場合、魔力への影響は? それは今後の課題の一つとして、実験していく必要がある。
トロイの研究発表の内容はほぼ、私がなんとなく思ってきたことを、はっきりと形にしたものだった。
確実に魔術学会に一石を投じる、歴史的な論文になる。
せっかく仕事はできるのに、それだけに余計残念な男だ――まとめの直後、パチッとウインクを受けながら思った。