教え子と商談(来店)
閉店後のマダム・サロメ店舗に、ハンター公爵夫妻をご案内する私とサロメ。
従業員たちには店内以外の閉店準備をさせながら、私たちで対応することにする。
『インパクト』での日本風ディスプレーの影響が反映され、マダム・サロメも、限られたスペースで効率的かつ探しやすい陳列になっている。
上流階級の顧客がメインだから、ハンガーの「ここからここまで」のお買い上げの光景が、たまにリアルで見られたりする。
「毎年寄らせてもらってるけど、いつ来ても新しいね、ここは」
シドニーさんが楽しそうで、こちらとしても喜ばしいとこだけど、女性用ドレスに囲まれたヒューは、当然興味なさそう。
「おい、そっちは宝飾店になってるのか?」
隣の店に目を向ける。経営の規模の拡大とともに、隣の店舗を買い上げて、独立したアクセサリー店も展開させているのだ。
私のお眼鏡にかなった職人の手による、私デザインの装飾品全般が、ここ数年で王都を席巻している。
ちなみに超人気作家アイヴァンお手製こだわりジュエリーは、予約数年待ちで、店舗に並ぶことすらない。
学園に入って、最近ペースが落ちているのが悩みどころ。さすがに授業中の彫金作業は、無理だろうなあ。音でかいし。
「ご案内しましょうか?」
「おう、頼む」
私の提案にヒューはすぐ乗ったので、シドニーさんはサロメに任せ、私はヒューを連れて隣の店舗に移動した。
シドニーさんと離れる必要があったんだろうな、なんて内心で思いながら、まずは奥様の贈り物に相応しい商品をお勧めする。
ヒューはネックレス、イヤリング、指輪の三点セットを真剣に悩んで吟味する。変なもの贈ったら、あの奥方は普通にディスるからね。
まあ、ここまではいいんだけどねえ……。私はセールストークを続けながら、生ぬるい眼差しで見守る。
「よし、シドニーにはこれにしよう」
かなり奮発したものを最終的に選んだ。私から見ても、素晴らしい選択だと思う。ここで終われば、素直に感心するんだけどねえ。
予想通りここで終わらず、ヒューは更にネックレスの展示コーナーに目を向ける。
「あとこの辺のやつ、同じの五つくれ」
はいはい、現在の愛人は5人ですか。
なんて言葉には決して出さず、あくまで内心で突っ込む。
私が、恋愛対象としてハンター家は絶対にないと思う、最大の理由がこれだ。
基本この国は一夫一婦制なのに、ハンター領だけ、その辺が大分大らかな風土なのだ。あまり大っぴらにはしないものの、男女とも愛人とか普通にいる。
ザカライア時代、何度ハンター家から、実子判別の予言を個人的に依頼されたことか。
その大らかすぎる環境のもと、我が子と認めれば何の差別も偏見もなく家族・一族として分け隔てなく育てられる。ハンター家だけ、一族がやたら多いのはそのため。
何百年もそうやって一族の力を保ってきたのだから、私が口出しすることじゃないんだけど、普通に受け入れられないよなあ。だからハンター家に口説かれたら、確実に即シャットアウトが鉄則だ。
「全員分同じだと、あとでバレたら面倒でしょう。ドレスアップの席で、装飾品がかぶるのは最悪です。せめて瞳の色に合わせるとかした方がよろしいのでは?」
一応お客様だから、きっちりアドバイスはしてみる。
「値段が違ったほうが、あとでバレると怖いんだよ」
「同じ価格帯のものはご用意できますよ」
「おお、それいいな。じゃあ、そうしてくれ。瞳の色は……」
ヒューの相手をしながら、ふと隣の店舗のシドニーさんに思いを馳せる。
賭けてもいいけど、絶対こっちと同じような話が展開されてるはず。どっちもどっちというか……。とりあえず戻るタイミングは気を付けないといけない。
結局ハンターと一番相性がいいのは、同じハンターってことなんだよな。いっそトロイも、ハンター領にでも移住すればいいのに。
一通りの注文が終わった時には、貸し切りにしただけの甲斐はある売り上げになっていた。ヒューも納得のお買い物に、満足そうな顔で私を見る。
「お前、顔に似合わずすげえ付き合いやすいな。どうだ、俺の愛人に」
「絶対お断りします」
速攻!! 速攻以外ありえない!! ハンター・即・斬だ!! お前の一族は、一度は私を口説かないといけない決まりでもあるのか!?
「私に手を出したら、お父様に殺されますよ」
「……それは、シャレにならねえな」
学生時代から、一度もケンカで勝てなかった化け物じみた後輩に、苦い顔つきを作る。それ以上のタワゴトは出なかった。
「あいつが普通に娘を溺愛するようになるなんてなあ……。人間、変わるもんだよなあ」
自称ライバル兼友人として、感慨深そうに呟く。そういうあんたも、相変わらず馬鹿だけど、大分丸くなってるよ。
そこでふと思い出して、頭を下げる。
「そういえば、去年の誘拐事件の折には、親子ともどもいろいろとご迷惑をお掛けしました」
「おお、おかげで久し振りにトリスタンと殴り合いのケンカができたから、チャラでいいぞ」
本当にどうでもいいように答える。
当時は、緊急事態に王都にトンボ返りして、屋敷は大破してるわ、身内が殺されてるわ、事件の関与を疑われてしつこい取り調べを受けるわと、かなり面倒な思いもしただろうに、全然こだわりがない。
この良くも悪くも豪放磊落なとこが、昔から憎めない理由なんだよね。
契約をまとめてからマダム・サロメに戻ると、こっちもちょうどサインを終えたところだった。
「次は社交シーズンに来るから、またよろしくね」
「はい、お待ちしておりますわ」
営業スマイルで応じるサロメ。私に向けた目は、どこか苦笑が混じっている。
あ、やっぱり、こっちでも愛人君へのお土産注文入ったな。
「良い買い物ができたわ」
「おう、俺もだ」
満足げに語り合う仲睦まじい夫婦に、私もサロメも、微動だにしない笑顔を張り付けてお見送りする。
見てれば分かるけど、なんだかんだで、お互いが一番ではあるんだよな。あの二人は。というか代々のハンター公爵夫妻は、大体そうなんだろう。なにしろ、年一回、夫婦水入らずになるための旅行なんだから。
ハンター領の慣習は、昔から理解はできなかったけど、ああいう形の夫婦もあるんだなあなんて、目の当たりにして、改めて感心した。
私は絶対無理だけどね。