教え子と商談(訪問)
一昨日の立食パーティーでは、なかなかいい商売ができた。
今日は『インパクト』の方で一仕事終え、夕方になってから慌ただしくマダム・サロメの店舗へと向かった。
このあと一緒に、予約の上客とデザインの打ち合わせがある。
マダム・サロメのメインはオートクチュール。お客様のご要望を受けて、ドレスを作る。
でも正体を隠していた時は対面できなかったから、デザイン画だけ大量に雛形を用意して、正規のデザイナーに対応してもらっていた。雛形の中から注文に近いデザインを提案し、そこから細かい変更点を打ち合わせするという感じで。
だから実は、今日が私の、正規のオートクチュールデザイナーとしての初仕事なのだ。
二人で仕事用のスーツを纏って赴いた先は、去年無理矢理ご招待いただいた場所――つまりは私とユーカが誘拐された現場となった、ハンター家の王都別邸だ。
トリスタンがぶっ壊した壁もしっかり補修されてるようで、まずは一安心。
あいつの各種やらかしの後の損害補償の交渉は、全部叔父様が片付けてくれた。内容は教えてもらえなかったけど、きっと結構な金額だったんだろうな。
その分私も頑張って、資金面での貢献をしなければ。
ハンター家ご自慢の結界も順調に仕事をしているようで、一応業者なのに、正面のエントランスから普通にご招待される。
この屋敷は大きさに反して、実質出入りできる扉がここしかない。ここさえ固めれば不審者が侵入不可能な、ある意味鉄壁ガード。
相当不自由だけど、細かいことは気にしない一族だから、問題は感じないらしい。
シェフや庭師やメイドや来客が、普通に私たちとすれ違って出入りする様子が、昔からまったく変わらなくて面白い。
王都ではハンター家名物として、観光客が門の外からのぞきに来るくらい有名な光景だ。
前回は、唯一の弱点である管理人が被害を受けて侵入を許したため、今の管理人は、一族が順番で請け負っているらしい。魔物も倒せる管理人。何という戦力の無駄遣い。
案内された応接室でサロメと並んで待っていると、やってきたのはハンター公爵夫妻。
夫婦そろって青い髪にペリドットの瞳。聞いた話では、確かハトコ同士だったか。ハンター家は一族内での結婚が多い。
「待たせたな。今日頼みたいのは女房のドレスだ。次の社交シーズンまでに10着くらい作ってくれ」
やってくるなり、向かい合うソファーに腰を下ろしながら単刀直入に言ったのは、現公爵のヒュー・ハンター。私の教え子で、トリスタンの2学年上の友人。トリスタンともども、なかなか手を焼かされた生徒の一人だ。
「話題のお嬢さんに会えて嬉しいよ。よろしくね」
シドニーと名乗った奥方が、気さくに挨拶してくる。
学園入学前に、卒業して故郷に戻ったヒューとさっさと結婚したとかで、私とは初対面。今まさに現役で、夫婦そろってバリバリ魔物を狩ってるらしい。外見も雰囲気も言動も、いかにもガイとジェイド兄妹の両親だ。
「おお、もしかしてトリスタンの娘か? どこかで見たと思ったら、クエンティンの妹そっくりになってるじゃねえか」
私の顔をガン見して、ヒューは初めて気が付いたようだ。ビジネスライクな笑顔で挨拶する。
「はい、その娘のグラディス・ラングレーです。父がお世話になっています」
「うちの生意気なガキどもコテンパンにしたらしいな。まったく腹の立つ親子だぜ」
「お褒めにあずかり光栄です」
悪態をつくヒューに、今度はニンマリと返す。口の悪さは昔からで、悪気がないのは分かっている。むしろ彼的には称賛なのだ。
「ふふふ、ちょっと調子に乗ってたから、ガイにはいい薬だよ。機会があったらまたガツンとやってちょうだい。この人も昔学園から帰ったら、大分成長してたからね。怖い先生とトリスタンに、高い鼻を折られたせいでね」
シドニーさんもおかしそうに、更なるおかわりを注文してきた。
「余計なこと言うんじゃねえ」
不機嫌そうなヒューとシドニーさんの間で、バシュッと衝撃音が起こる。見えなかったけど、突っ込むヒューと防ぐシドニーさんの攻防があったらしい。何事もないような顔をしてるのは、これが当たり前だから。
ハンター家のコミュニケーション、マジでヤベエ。
適当なところで世間話を切り上げて、早速シドニーさんとドレスの打ち合わせに入る。退屈なヒューはさっさと出て行った。
シドニーさんはさすがにハンターだけあって、決断が速い。悩むことなく、サクサク決まっていく。
細かいことも気にしないから、ついでにジェイドやダニエルに似合いそうなドレスも提案してみる。身内を誉めたらテンションが上がるのは、彼らのお約束。
それは素晴らしい勢いで、軽く予定の倍は次々とお買い上げが決まっていった。なんだか赤子の手をひねる悪徳商人になった気分だ。
「ああ、なんか、現物見たくなっちゃったな! 今からお店に行こう!」
シドニーさんはその場で立ち上がって宣言する。初対面だけど、言い出したら聞かないのも大体分かっているから、サロメに目配せして、快く受け入れた。
もう店は閉まる時間だから、貸し切りにして、ガッツリ既製服売りつけてやろう。
私のそんな考えを読んだかのように、シドニーさんはニヤリと笑う。
「無理を言った分、奮発させてもらうよ。何しろ王都には5日間しか滞在しないから、スケジュールが詰まっててね。バルフォア学園の夏季休暇はいい骨休めなんだ。目いっぱい買い物三昧でストレス発散してやる」
思い立ったら即実行、早速ヒューを呼びに出て行った。
「さすがハンター家ね。押しの強さも公爵級だわ」
サロメがほくほく顔で感嘆する。
なんでこんな社交シーズンでもない時期に、公爵夫妻が王都にいるかと言えば、さっき言ってた通り、夏季休暇のおかげ。
今頃ガイたちご一行は、ハンター領に戻って馬車馬のように働かされているはずだ。両親の代わりとして、更には次期領主として、一族を率いる経験値を積むために。
学園の夏休みは、まったくもって生徒に優しくない。
学生の頃、ヒューは、この時期は親父たちを楽させてやらないとなんねえ、超だりぃとぼやいていたものだ。今は楽させてもらえる立場になったようで、よかったね。一族揃ってバカでも、みんな家族思いだからね。
この期間は王都に、夫婦二人で水入らずの旅行が、ハンター公爵の代々続く習慣だそうだ。ザカライアの学生時代の上級生だった、ヒューの父親の頃もそうだったし。
その裏の事情まで知らなければ、ちょっと羨ましいとか思うとこだ。
「さあ、出発するよ!」
ヒューを引きずるように連れてきたシドニーさんと一緒に、私たちは来た道を戻った。