ホウ・レン・ソウ
私が異世界からの転生者であると、ついに仲間内に公表してしまった。
多少驚かれはしたけど、それ以上の反応は特になくて一安心。むしろ面白がられてすらいる。私が普通と違っていた理由に、納得と言ったところか。
「それは、どうしても露見したら困るほどの秘密ではないな。転生者だと知られると、何があるんだ? 他に、隠していることがあるんじゃないか?」
黙って観察していたキアランが、一人冷静に探りを入れてきた。
う~ん、やっぱり誤魔化しきれなかったか……。頭をかいて、少し考え込む。
ザカライアのことを抜きにしても、その説明はできる。
ただ、もの凄く心配の種を増やしちゃうんだよなあ。特にユーカに。この前アイザックに、思いっきりバカ呼ばわりされて叱られたばかりだし、大体の反応が予想できる。
さて、視線が痛いんですけど、どう説明しよう。
「――前からずっと、気になってはいたんだけど……」
考えをまとめ切る前に、ノアが気が付いた。
「過去4年間の魔法陣事件の犠牲者って確か……キックボードの開発者、変わったケーキを出す菓子職人、去年は異世界人のユーカが難を逃れた替わりに、聞いたこともない経営コンサルタントなんて肩書の人で、今年は異世界人――だったよね?」
その指摘で、一気に体感温度が下がった気がする。みんなの目付きが険しくなった。
「おい、グラディス~~~!?」
マックスが私に詰め寄ってくる。
「キックボードの開発者って……まさか!?」
「――うん……モンクさんは、多分私と間違われて殺された」
「うああ~~、マジか……」
マックスが頭を抱えて呻いた。
「まさかお前が開発者だと公表してたら、お前が狙われてたってことかっ!」
「――かもね」
ずっと前ラングレー城で、完成したばかりのキックボードに二人乗りして遊んだもんね。私が開発者という事実を知ってるのは、ごく限られた人だけだ。
「ちょっと待ってください。まさか、生贄って、異世界の関係者が選ばれてるってことですか……?」
ユーカが、真っ青になった。ああ、バレちゃった。ユーカには隠しときたかったんだけどなあ。
『ちょっと何考えてんの、グラディス~~~!!? 誘拐のターゲットは私だなんて言ってたけど、あんただってかなりヤバかったんじゃないの!!? ああ、トロイさんの護衛ってまさかそのせい!? 女性関係がこじれたせいかと思ってた!』
ユーカが思わず、日本語で喚き立ててきた。おお、なんか久しぶりだな。そしてトロイにはそんな誤解をしてたのか。分かるけど騎士の護衛が付くって、どんだけこじらせたと思ってたんだ。
私も日本語で答える。
『いや、あの時はまだ、生贄の条件に気付いてなかったし。ホントに去年の犠牲者が経営コンサルタントだったことで、やっと共通点に思い至ったったわけだから。それに私が異世界からの転生者だなんて、インパクトの経営者として表舞台に立つまでは、誰も気付けなかったはずだし』
「おい、分かるようにしゃべれよ」
マックスに苛立たしそうに注文を付けられ、ユーカがはっとする。
「あ、スイマセンっ。つい、興奮しちゃって。そもそもなんでグラディスは、『インパクト』関係公表しちゃったんですか? 正体隠したままでいればよかったじゃないですか。分かる人なら分かっちゃいます。ノア君だって、さっき予想で事実にたどり着いちゃったんだし、トロイさんみたいな同郷人なら、確実ですよ」
「すでに私の身代わりに、一人殺されてるんだよ。『インパクト』とか『マダム・サロメ』のスタッフまで、危険にさらすわけにはいかないでしょ。私なら、厳重な護衛は叔父様が手配してくれてるし」
「ああ……」
その説明で、さすがにそれ以上の批判は免れた。
一般庶民は大抵、せいぜい生活魔法が使えるかどうかといったところで、私と同様に戦闘力なんてない。だからと言って、いちいち護衛なんて雇えない。
何より、私の危険を他人に押し付ける状況を、これ以上は避けるべきだ。
一応私には、普段から見えないところで護衛が付けられている。当然心配した叔父様が雇った凄腕だ。日常生活を普段通りに気軽に送れているのもそのおかげ。
ただ要人だらけのイベント時なんかは、王族レベルでもないと、個人の護衛は外されて、全体警備でカバーされる。そうでもしないと、会場が護衛だらけになって、逆に警備計画に支障を来たすから。
だから武闘大会の時みたいな堅い警備が敷かれている施設内の方が、かえって私には危険度が高くなるのかもしれない。
「叔父上とか義父さんは、知ってるのか?」
私の安全上、必須の確認をするマックスに、私は曖昧に首を傾げた。
「私が転生者であることは、お父様は知ってる。叔父様は知らないはず」
嘘にならない言葉を、よく選んで答えた。トリスタンは、ザカライアのことしか知らないけどね。大体細かいことなんか、あいつは気にしないし。
むしろ叔父様の方が問題なんだよな。
「じゃあ、お前のこと、叔父上には報告するからな」
「叔父様に知られたら、護衛がダース単位で付けられそう……」
「黙って受け入れろ」
「……うう……」
マックスの無情な通告。
……それじゃ、ザカライア時代と変わらないじゃないか~……。正体もバレてないのに。過保護が辛い……。
「今だって、影で護衛はついているんだろう? どうせ注目されるのはいつものことだし、視線の数が少し増えたと思えばいいんじゃないか?」
不満そうな私に、キアランがフォローする。一番そういう立場にある人だもんね。実感がこもってるわ。
まあ、しょうがない。家族の愛をありがたく受け止めましょう。ザカライア時代と違って、本当に愛情だけで、利害とかはないもんな。
鬱陶しがるのも贅沢な話だ。
「みんな、聞いての通り、護衛の数にまったく不自由しない感じだから、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
友達のありがたさも実感しながら、感謝する。
「本当に、一人で無茶しちゃだめですよ!」
「うん」
代表者のユーカの締めの一言に、素直に頷いた。
なんだかんだで、今世の私は大分幸せ者だ。堂々とアイザックに断言できるぞ。
「ふふ。そのうちうっかり外で会ったら、私とキアランの護衛団同士で、正体不明のまま戦闘に突入しちゃったりして」
私の冗談に、キアランが困ったように首を傾げた。
「実際ありそうで怖いな。俺の護衛は、母上のお眼鏡にかなった腕利きばかりだ」
「うちも現時点ですでに、叔父様推薦の実力者揃いのはずだけど」
「「……」」
しばし無言。護衛対象の周辺に蠢く、明らかに強い謎の集団――外出先で遭遇したら、普通に警戒するな。
「もういっそ顔合わせさせとけよ」
マックスがぶっきら棒に突っ込んだ。