夏季休暇前日
この前はなんだかんだで、ついアレクシスとのガールズトークに花を咲かせてしまった。実質オバちゃん同士の井戸端会議のようなもんだけど。
しかも、昔は私がからかいながらグイグイ後押ししてやってたのに、今では立場がすっかり逆転してた。凛々しく可愛い少女も、今ではすっかり仲人オバちゃんへと、いやな進化してやがった。
しかも露骨に自分の息子をお勧めしてくるから、タチが悪い。
確かに地位も能力も人格も最良の超優良物件だろうけど、逆になんでそれをお騒がせ娘の私に? って感じだよな。
母として、それでいいのか、アレクシス?(グラディス、心の俳句)
まあ、あんたが王妃やってる時点で、向き不向きとかは無駄な議論なんだけど。
これまでデザイナーとして間接的な付き合いしかなかったはずなのに、なんで私あんなに気に入られちゃってんだろう? 実に謎だ。昔から強い人が好きなとこは、変わってないからかな。
体育の遭難事件で、息子の初スキャンダルにすっかりテンション上がってたらしい。心配より面白がってるとこが、実に彼女らしいけど。
何があったのかと、散々根掘り葉掘り追及された。さすがにオバちゃんは遠慮がない。
残念ながら特筆すべきことが何もないから、私の弱点に遭遇した部分だけのぞいて、正直に救助された事実を答えておいた。
豪傑母に、無理矢理私なんか押し付けられても、真面目なキアランが可哀想だしね。
変に言質も取られたくないし、ひたすらのらりくらりとかわしてたけど、無駄なおしゃべり自体は楽しかった。
出されたチーズケーキも、お抱えパティシエの一級品だったし。
それから数日後、学園の前期期末テストは無事に終わった。
私の仲間内で落第点を取ったのは一人もいなくて、とりあえず胸を撫で下ろした。
ユーカは私のヤマが見事に当たって、ヴァイオラやマックスを上回った教科もあった。この二人だって頭いい系の体育会系なのに、大したもんだ。
私は当然、ぶっちぎりの満点トップ。今回のテストは記述形式の設問が何故か激増していて、平均点が大幅に下がっていたせい。
50年前は完全にブートキャンプだった学園も、私が改変した結果大分近代的になっている。
私の教師時代より、更にぬるくなった印象だったけど、その分学問系のレベルは上がってるんだろうか。
合格点に達しなかった生徒は、せっかくの2週間の夏季休暇が容赦なく補習でぶっ潰される。
ちなみに今年はハンター家から一人も補講者が出なくて、職員室では奇跡だと騒がれたらしい。
補習なしの生徒は、明日から夏季休暇。でも、一周目の学生みたいに、遊び回る暇はない。
マックスもヴァイオラも、次期公爵として領地に戻って家業の手伝い。王都住まいでしばらく現場から離れてたから、鈍った勘を取り戻さないといけないらしい。課題だって山ほど出てるのに、跡継ぎ様は学ぶことが多くて大変だね。
そして、間違いなく学ぶことが一番多いはずのキアランまで、武闘派母にエインズワース領まで連れられて、ご同様なスケジュールになってるそうだ。アレクシスが、実家でバリバリ魔物狩ってきてやるわよ~と、楽しみにしてたもんな。当然ソニアも、同行する予定。
ユーカも修行で忙しいらしいし、ノアもなんだかんだでアイザックの元で将来に備えた勉強があるとか。
実質は学生を休ませるためではなく、学業で滞りがちだった家のことに集中しなさいという名目の休暇だったりする。だから、せっかくの楽しい夏休みなのに、ここの学生は逆に忙しくなる。その辺は、昔から変わらない伝統かも。
友達とどこかに泊りがけで遊びに行くとか、完全に無理だ。スケジュールも合わないし、夏の思い出作りとかできなくて残念。
私は家のことはマックスに押し付けちゃって完全にフリーだけど、王都で自分の仕事に励む予定だ。
前期最後の授業が終わる。同じ科目を選択してる知り合いが誰もいないから、一人で教室に戻る途中で、いるはずのない人間と目が合った。
こんなの、2回目なんだけど。
「グラディス! こんな簡単に会えるなんて、やっぱり偶然じゃなくて運命だね!」
トロイが相変わらずの素晴らしく薄ら寒い笑顔で抱き付こうとしてきたけど、私は微動だにしない。何故なら後ろに付き添ってる騎士姿のルーファスが、首根っこを掴むビジョンが見えてたから。
「つれないところも君の魅力だよ」
襟首を掴まれたまま私の冷ややかな眼差しに曝されても、トロイはやっぱりめげない。成人男性が通りすがりの知人少女にいきなり抱き付いたら、普通に逮捕案件だぞ。
「ご迷惑を――」
ルーファスは、今日は指導者としてではなく、トロイの護衛騎士として任務中らしい。不肖の従兄弟の不始末を詫びる。トロイがいるし、人目もあるから、極力事務的な態度だ。
任務中の騎士に不必要に話しかけるのは非常識だから、軽く会釈してから、トロイに視線を戻す。
「何でここにいるの?」
「夏季休暇中に、学園の講堂で魔術学会があるから、その下準備だよ。なんかこの前適当に書いた論文が選ばれちゃって、発表することになったんだ」
「へえ、すごいじゃない」
そこは素直に感心する。トロイが優秀な魔術師というのは、事実らしい。
学園は設備が充実してるから、学生がいない期間は、外部のイベントごとにしばしば利用されたりする。
「ユーカの研究と関係あるの?」
ついこの前、ユーカの能力開発の研究をしていると聞いたばかりだから、気になる。ユーカに妙な人体実験とかセクハラとかしてないだろうな?
「あると言えばあるかなあ? テーマは、『どうして騎士は強いのか』――だけど」
「――ああ、なるほど……。面白い切り口ね」
「でしょ。君なら分かってくれると思った。誰も発想の原点に気付いてくれなかったんだよ。僕らならではの着眼点でしょ。僕の出番は最終日だから、見に来てよ」
「暇があったらね」
「え~、君と僕の仲でしょ。またデートしようよ。もう、見てよコレ。俺より『イケメン』の護衛付けるとか、どんな嫌がらせ、って感じでしょ。どうせ美形を付けるなら、美女にしてってあんなに護衛の責任者に頼んだのにコレだよ」
自分の従兄弟をコレ呼ばわりで愚痴を垂れる。
そして聞き捨てならない単語をさらっと言うな。あれはデートでは決してない。なんでだかあっという間に野次馬から噂が広がっちゃうのに、まったくいらんことを。後ろのルーファスの無表情にも、イラつきが滲んで見える。
「あの後、僕一人で残って色々大変だったんだけどな~」
言い返そうと口を開きかけたところで、拗ねた口調を挟み込んできた。
「弟君の優勝、おめでとう~。間に合ってよかったね?」
あざとく首を傾けて、私を見つめてくる。
コ ノ ヤ ロ ウ……とは思うけど、確かにあれは大きな借りだとは思ってたんだよな。
「――学会の最終日ね。見に来るだけなら。それ以上はないから」
この前付き合わせた分、1回だけは振り回されてやろう。実際興味のあるテーマだし、王都から出る予定もないし大した手間もない。ちょっと時間を作るくらいなんとかなるだろう。
「ふふふ。君がわざわざ僕を見に、会いに来てくれるってシチュエーションだけで十分楽しめる。僕のためにオシャレしてきてくれたら最高だなあ。そのままデートに」
「ならないから。後ろの席で見学だけして帰る」
調子に乗りかけるトロイの言葉を、ピシャリと遮る。
ルーファスがすごく申し訳なさそうな顔になってた。ああ、あんたがそんな気に病まなくてもいいのに。関係者として、武闘大会の日のトロイとの顛末は、大体知らせてある。だから、私が折れた理由も分かるのだろう。
この分だと、当日のトロイの護衛も、何とかして買って出てきそうだな。まあ、その方が安心。会場にはきっと美人もいるだろうし、是非従兄弟の手綱をしっかり取ってくれ。




