アレクシス・グレンヴィル(教え子・王妃・友人の母)・2
見たこともないくらい可愛らしい少女!
すぐにどこのお嬢さんか周りに訊いて、驚いた。
グラディス・ラングレー。初恋の人、トリスタンの一人娘。
何あの天使は!?
一目で魅了された。あんな娘が欲しかった! 斬新な黒とピンクのドレスがよく似合ってて、お人形のように可愛いらしい。着せ替えしたい!
しかも女の子のグループに囲まれても、全然負けてないわ。それどころか、苦もなく撃退してる。騎士としての五感を最大限にして聞き耳を立ててみたら、素晴らしいくらい不遜でふてぶてしいまでの圧倒的なメンタルだわ! ますます素敵!
ああ、そしてキアランと見つめ合ってる!? 何を話しているのかしら!? ボーイミーツガールね!
キアラン、悪いけど、お母様盗み聞くわよ!
あら、ファーストコンタクトは、いまいちだったようね。
まあ問題ないわ。私とエリアスの出会いだって、最初の印象は最悪だったもの。つい説教っぽくなっちゃうのは、さすが父子ね。
それにしても不思議な子。キアランとは初対面でしょうに、どうしてあの子の髪の色が分かったのかしら。あのカツラ、ノアに借りたのね。そんなに似合わないかしら。派手さが消えて、あれはあれで似合ってると思うんだけど。
ともかくあの怖いもの知らずな感じが、すごく魅力的。あんな子が娘になってくれたら、最高だわ。これからも継続して、様子を探っていきましょう。
そして幸運なことにグラディスは、私の願い通り、キアランと友人になった。
きっかけは、魔法陣事件。その一番最初の魔物召喚に、一緒に巻き込まれたとのこと。
護衛はつけてるけど、私の教育方針で極力手は出させていない。自分で解決する力のない役立たずに育てるつもりはないから。でも、あったことは毎日詳細に報告させている。
子供たちのちょっとした大冒険にワクワクしてしまったわ。ああ、私も生で見たかった。
いいわ、おいしいわ。アクシデントは、二人の距離を近付けるものよ。キアランはちゃんとグラディスを背に守ったようで、まずはでかしたと言っておきましょう。
それにしてもノアは本当に空気の読める子よね。ちゃんと一歩引いて見守ってるなんて。二人の邪魔するようなら、私が直々の指導をしていたところだわ。
次に会ったのは、トリスタンの結婚報告の時。
初恋の人は、新しい家族を連れて王城まで挨拶にやってきた。グラディスはやっぱり妖精のように愛らしかった。
数年ぶりに話したトリスタンは、相変わらず強くて掴みどころがなかった。それでもやっぱり、他人にまったく無関心だった昔の彼とは、どこか違っているように見えた。
そういえば……と、ふと懐かしく思い出す。
学生時代にも、稀にこんな彼を見たことがあった。
彼にとって、ただ一人の例外。
無敵の彼がとうとう一度も勝てなかった、その存在を強く意識せずにはいられない唯一の人。
不思議と今の彼は、家族に同じ顔をしている。家族を持って、少しは人間らしくなったものね。
それからすぐ帰る予定だったところを、なんとか子供たちだけでも引き留めることに成功した。マクシミリアンを、子供たちの模擬戦に飛び入り参加させることにして。
次期ラングレー公爵となるマクシミリアンは、現時点でもかなりの実力。ぜひうちの子たちに強さを見せつけてほしいのも本心だったけど、やっぱりもう少しグラディスを見ていたかった。
どうしてこんなにこの子が気になるのか、自分でも不思議なくらい。
観察は私の趣味の一つ。刺激のない王宮暮らしでの大事な色どりなのよ。
この時も遠くからじっくり観察していたら、素敵なハプニングが!
グラディスがキアランに抱き付いてるわ!!
あんな何も怖くありませんなんて顔をして、実は毛虫が苦手だなんて、ギャップがまた可愛いわ。
――ところで、そう……あなた、毛虫が、弱点なのね?
このハプニングで、また距離が縮んでくれてたら嬉しいのだけれど。
でも、この日グラディスと仲を深めたのは、姪の方だった。後日ソニアに会った時、その変わりように驚いた。
エインズワース家流の押し付け教育で、すっかり自分の意志が持てない気弱な子に育ってしまって心配してたのに、すっかり別人のようになっていた。
うるさい兄様たちや甥っ子たちにも負けず、それどころかあの頑固一徹のお父様にだってしっかり自己主張してる。
一体何があったのかと尋ねたら、グラディスの影響らしい。
グラディスから言われたというアドバイス。その内容に、既視感を覚えた。
私が人生の選択に悩んだ時の言葉。
あなたの才能と努力なら、それは可能だと。ああ、かつて私も似たような言葉を言われたなあなんて、何となく懐かしく思い出した。
それからも、グラディスは益々綺麗になっていって、その成長は私にとっても楽しみだった。息子との仲は全く進展が見られないようだけど。
成長とともに、噂で聞くだけだったラングレー家のお騒がせ娘グラディスの名前を、新聞で目にすることが増え始めた。
最初が誘拐事件で肝を冷やしたけど、その後は名誉ある賞を取ったり、仕事関係での注目だったりで、どんどん派手な内容になってきた。
特に入学直後の、バトルロイヤルの活躍ぶりは痛快だったわね! 青春時代を思い出したわ。
グラディスが私のドレスのデザイナーだったことを知ってからは、会う口実もできて、たまにお茶に呼んではファッションの話を楽しんでいる。
今日もユーカに会いに王城に来ていると聞いて、すぐに偶然を装って駆け付けた。
「で、実際のところはどうなの? うちの息子、なかなかいい感じに育ってると思うんだけど?」
それはもうノリノリで、話題に花を咲かす。学園までしっかり伸ばしていたアンテナに、何やら楽しげな情報が引っ掛かってきていたのだ。
「ご期待に添えず申し訳ありませんが、ただの友人ですわ」
グラディスは澄まして否定するばかり。
全く、こんな美少女に何年間も唾も付けずにいるなんて、うちの息子は何をちんたらやってるのか。体育の真っ最中、山中に引きずり込んで手を付けたという噂は、まったくのガセだったらしい。
まあ、さすがに内容に無理はあるものの、やっと浮いた噂が出たとワクワクしたのに、とんだぬか喜びだ。
なんなら既成事実の一つも作ってくれて、全然構わないのに。
「あなたのような可愛い子に、娘になってもらいたいわあ」
肝心の我が子が頼りにならない分、ついゴリゴリいってしまう。
「それは光栄です」
グラディスは適当に受け流しつつも、大して交流もなかった私に、どうしてこんなに気に入られているのか、不思議そう。
だってね、不公平じゃない?
私ばかり、こんなに窮屈な場所で苦労して――デザートにチーズケーキを勧めながら、思う。
不満はないけど、少しは責任を取ってほしいわ。
実はね、私、17年前も遠くから盗み見ていたの。
王城の庭で、幼いルーファス・アヴァロンに、抱き付く勢いで毛虫を怖がっていた、あなたの姿を。
何より、運命も感じているわ。
あなたがいなかったら、決して存在しなかっただろう息子と、出会ってくれたことに。
キアランと名付けたのは、あなたのせいなのよ?
生まれる前からの運命を感じるわ。
だから、王家の嫁の立場を一緒に苦労しましょうよ。
今度は私があなたのお母さんになるなんて、素敵じゃない?
ねえ、先生?