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アレクシス・グレンヴィル(教え子・王妃・友人の母)・1

 私の人生の分岐点を、大きく切り替えてしまった人がいる。

 その人がいなかったら、今の私はいなかったと断言できるほど大きな影響を受けた人。


 私が王城なんかで、予定と正反対の似合いもしない王妃の座に収まっているのは、全部その人のせい。

 愛する夫と、可愛い息子に恵まれて、窮屈ながらも幸せな人生を送っているのも、全部その人のおかげ。


 エインズワース家流ゴリゴリの鉄拳教育で育った私にとって、一番価値あることは、ただ強いことだった。親兄弟親戚一同脳筋で、学園に上がるまでそれ以外の価値観を知らなかった。


 初恋も、出会った中で間違いなく最強の騎士、2年上級生のトリスタン・ラングレーだったくらいだ。武闘大会にも行事にも合同訓練にも全く顔を出さない無能な後継者だと勝手に思っていただけだけに、入学後目にした瞬間、その圧倒的なオーラにやられた。


 クラスの子たちは、同じクラスの穏やかな王子様に夢中だったけど、地位だけの弱い男なんて興味もなかった。


 強くてかっこいい上級生への初恋。ましてトリスタンという人は、他人にまったく興味も関心もなくて、視界に入ることすらできない。

 戦闘訓練と実戦にばかり明け暮れてきた私には、どうすればいいか全く分からなかった。

 エインズワース家の教育は、そんな思春期の乙女に対応はしていない。


 そんな私のちっぽけな相談に、それこそ身内のように親身に相談に乗ってくれたのが、ザカライア先生だった。

 大預言者に隠し事をしても仕方ない。何より先生は、どんなくだらないことでも、否定したり馬鹿にしたりしない。そんなことに悩んでいる暇があったら素振りの一つもしろなんて、絶対に言わない。

 誰にも言えない心のうちまで話せる、私にとってもう一人の母のような人。


 あれをしろこれをしろなんて言わず、いつでも私の話を楽しそうにただ聞いてくれて、私の心の奥の気付かない部分まで引き出してくれる。いつでも心の深いところを斬り込んでくる先生を怖がる生徒も多いけど、それは私の心の癒しになっていた。


 学園生活は恋や楽しいことばかりじゃない。特に私は、同世代の戦わない子たちとの付き合い方に、よくトラブルを抱えていた。

 今思えば、強さが全てだと当然のように思いこんで育ってきたから、自分より弱い人間を素で見下していて、隠すつもりもなく態度に出ていたせいだろう。

 それが愚かなことだと、気付いてすらいなかったから。自分が孤立していく理由も分からないまま、ますます強さばかりに目を向けていた。

 クラスメイトのエリアスはそんな私によく忠告をしてくれたけど、王子だからって、私より弱い奴の言うことなんて聞く気もなかった。そんなの弱者の言い訳だと、耳を傾けようとも思わずに反発していた。


 そんな時に、ザカライア先生に言われた。


「君の強さの定義は、随分と偏狭だね。強さとは、他者を制する力のこと。最終的に自分の望む結果に到達させるための、手段に過ぎない。拳や魔法だけが、戦う強さじゃないよ。もっと周りをよく見てごらん。目の前の相手の行動と、それによって引き起こされた結果を。最後の最後で、誰の意志が本当に反映されているのかを」


 その言葉の意味を理解したのは、ずいぶん経ってからだ。


 最強のトリスタンは、戦闘員でもないザカライア先生との鬼ごっこにいつまでたっても勝てなかったし、剣もまともに振るえないエリアスは、私の頑なな心も、衝突していた子たちの反発心も、根気よく解きほぐして、いつの間にか和解させてしまっていた。


 こんな戦い方、こんな強さもあったんだと、目から鱗が落ちた。

 それからエリアスという人を気にかけてよく見るようになり、気付いた時には、心を惹かれていた。


 まあ、それからもいろいろあって、エリアスと心が通じ合っていったけど、その先のことなんて考えたこともなかった。


 だって、エリアスと結婚するってことは、将来王妃になるってことだから。戦場から退いて、王城で私より弱い者たちに守られて生きる? そんな生き方は、私の予定にはなかった。

 でもそれを選ばなかったら、エリアスの傍にはいられない。やがては別の女が、エリアスの隣に立つ光景を見ることになるんだ。


 人生であんなに悩んだことはなかった。そんな時私が相談するのは、やっぱりザカライア先生だ。


「君にビジョンはある?」


 いつものように、笑って問いかける。


「これまでの培った全てを捨てて、エリアスを選ぶ未来か、エリアスを諦めて、身に付けた実力を故郷で思うまま振るう未来――選択肢はそれだけ? どちらかだけ? 妥協は必要だよ。でも、本当に心から望むなら、可能な限り全部掴むといい。その努力は、君なら出来る。苦労はするけどね?」


 その言葉はすとんと心に落ちてきて、私の意志は決まっていた。


 私の決意が固まったなら、あとは早かった。お父様以下のエインズワース家はいい顔をしなくてもめたけど、ザカライア先生は大預言者としての権力を振りかざしてでも、私たちの後押しをしてくれた。


 確かに苦労はしたけど、今の私は、戦う王妃としての地位を得ている。制限はあっても、しばしば機会を作っては、息子を連れて実家の家業を手伝う日々だ。


 今思えば、きっと先生には、今の私の姿が見えていたのだろう。だからあんなに、陰日向に助けてくれたに違いない。


 けれど、息子が生まれる数ヶ月前、恩師のザカライア先生は事故で亡くなった。私はショックのあまり、妊娠の大事もあって、しばらく寝込んでしまった。


 そんな時に、宰相のアイザック・クレイトンから伝えられた、先生の最後のアドバイス。

 王子だったら、先王の名前のコーネリアスとつけるつもりだった。でも、他人の人生を勝手に背負わせてはダメだと、先生は言ったそうだ。

 先生の遺言のような気がして、予定を変え、エリアスと二人で考えた新しい名前を付けた。


 キアランと。


 私は残念ながら、男の子しか産めなかった。私とエリアスの子なら、生まれればさぞお人形みたいな可愛い女の子に育っただろうに。

 まあ、それは授かりものだから仕方ない。キアランという、出来の良い息子だけでも儲けものだと感謝すべきだろう。


 その息子の交流の輪を広げるために、10歳の時に同世代の子供たちを集めて、ちょっとしたお茶会を開いた。これも、今は亡きザカライア先生の提案だ。


 子供たちの自然な姿を観察できるように、私は屋敷の二階の窓から、庭園全体を眺めていた。


 そこで、一人の女の子を見つけた。

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