幼馴染みのアドバイス
「手掛かりを探すと言っても、ここの本はほとんど目を通してるだろう? 今更何か分かるのか?」
アイザックの問いに、私も首を傾げる。
「どうだろね~。それこそタイミングってやつだと思うんだけど」
何気なく本棚の書物の表紙を眺めて歩いてみる。
魔物が増えた現象についての大まかな詳細は、情報としてアイザックにも伝えてある。
つまりは、異世界からのゲートが開きかけているせいであること。その世界の黒い瘴気を纏う住人たちが、こちらに侵入しようとしていること。それを人間側から協力しているのが、黒いフードの男であること。その手段として、魔法陣で事件を起こしているのだろうこと。
でも、正直、だから? って感じだよなあ。それが分かっても、具体的なことは未だ分からない。対応策が、とりあえず死神を確保することくらいしかない。
「指名手配の黒いフードの男って、結局どうなってるの?」
私とユーカが誘拐された現場に居合わせた人たち全員、死神候補としてリスト入りしてたはずだけど、未だに進展が聞かれない。
アイザックの反応もあまり芳しくない。
「お前の直感では、誘拐事件の時に会場に居合わせたはずの犯人と、同一人物として考えていいんだろう? あの場で死んだ給仕が捨てゴマに過ぎず、他に主犯がいるとの前提で話を進めているが」
「うん、それでいいと思う。転移させられた瞬間は、確かにあいつの存在を近くに感じたし、結局その後もぴんぴん活動してるわけだし」
「同じ扮装の者が複数いるということはないのか?」
「――あんな禍々しい瘴気をまとった奴が、そう何人もいるかなあ?」
闘技場で出会ったあいつを脳裏に呼び起こして、思わず首を捻る。
新聞に載った奴の手配書の特徴は、黒いローブ姿、身長180~185、黒い瘴気を身にまとっていたということしか判明していない。前の2点はともかく、3つ目はそうそう満たせないよなあ?
強いて挙げればユーカはできるけど、身長は160弱、何よりアリバイは完璧、現時点で魔術も使えない。そもそもこっちに来たの、2年前だし。
私の予想を受けたアイザックは、思わしくない表情で続けた。
「魔法陣事件が起こる度に、候補者のアリバイを調べて、少しずつ絞ってきたところだったんだが……この前の武闘大会の時は、結界内で掻き消えたそうだな。そういう不可解なことができるとなると、候補者リストの中に名前がある者かも怪しくなってくるのではないか?」
「――ああ、そうか……。役人が到着して身元確認される前に、認識阻害やら何やらで、人知れず消えることもできたのかもしれないか……。正直そこは断言できないな。……う~ん」
リストの信憑性が揺らいだことに、思わず唸る。
「まあ、とりあえずトロイは対象から外してもいいかな。私と一緒に、あいつを目撃したんだし」
「まさか幻影なんてオチはないだろうな? 転移よりは幻覚を見せる魔術の方が簡単だ」
「私がそれを見抜けないわけないでしょ。間違いなく実体はあったよ」
「そうか。監視からの報告でも、不審な点は見られない。これまでの事件の際のアリバイも完璧だ。もちろん今後も、引き続き護衛は付けるが」
アイザックも頷く。
実はトロイの護衛は、監視役も兼ねている。生贄候補が異世界関係者だとほぼ断定された時から、それはずっと続いている。
だってどう考えても、異世界人を見極めるためには、異世界人の協力者がいるはずだもん。トロイは、被害者候補であると同時に、加害者候補でもあった。
トロイ自身は、単独行動をしているつもりの時でも、実際には常に影に見張りが付いて、その行動は逐一報告されていた。
今回協力してくれた件で、やっと容疑者から外すことができそうだ。
闘技場で、トロイと二人での行動を決断できたのも、いざとなったらどこかにいるはずの監視役の活躍を期待していたから。ただし、しつこく口説かれる程度では、出てこないどころか、デバガメされる覚悟は必要だったけど。
だから私は、普段から必要以上に、トロイのお誘いに冷たいのだ。この前の、腕組んで歩いてたり、手の平にキスされてるとこまで真面目に報告書に上げられてたら、なんかすごくイヤだ。
「そうすると、他にも異世界人の転生者がいるってことなのかなあ。目立ったことしないで隠れられてたら、特定のしようがないわ」
トロイの容疑が晴れたのは嬉しいけど、また手詰まりだ。
「……ところで、今、あいつと言ったな?」
アイザックはすっと目を細めて、私の一言を鋭く聞き咎めた。
ああ、そういや、これはまだ言ってなかったか。
「昔、あんたと最後に会った後、死ぬ直前にね、予言で見たんだよ。あの黒い死神に、今の私が殺されるビジョンを」
「お前……」
絶句したアイザックの表情が、途端に険しくなる。
「そういうことは、早く言え。誘拐事件も、相当危険だったってことじゃないか」
「うん。あの時、転生者だって言ったよね。実は、ユーカとかトロイと同じ異世界からなんだ」
アイザックは更に呆れ果てて、長い溜息をつく。
「つまりお前も、生贄の候補になりうるということか。――まったく、お前というやつは、無鉄砲にも程があるぞ。この前の武闘大会の時の行動も、かなり無謀だったんじゃないか。監視役が救助に間に合うとは限らないんだからな。一度誘拐されてても、まだ学習しないのか。容疑者兼生贄候補のトロイ・ランドールと二人で行動だと? お前は馬鹿か」
身も蓋もなく叱られ、さすがに返す言葉もない。
「いや~、そこは反省してる。トロイが犯人だったら手っ取り早く尻尾を掴めるって打算もなくはなかったけど、ちょっと弟の優勝に目がくらんだというか……。だって最年少優勝、できると分かってたら、させてやりたかったし。あとでマックスにも叱られた」
「当然だ。――家族が大事なのは分かるが……」
アイザックから、それ以上の追い打ちはなかった。二周目で、私が天涯孤独の身だったことはよく知ってるもんな。私の家族への甘え癖もその反動だと、きっと分かってるだろう。
家族というキーワードで、思い出したのだろうか。何か考え込んだ様子のアイザックが唐突に、予想外の話題転換をしてきた。
「ところで、色々噂だけは入ってくるが、お前、キアランとの仲はどうなっているんだ? マクシミリアン・ラングレーとも噂が絶えないし」
「……はあ?」
まさかの恋バナ!?
学校でのガールズトークならともかく、70近い幼馴染み相手って、さすがに引くんだけど。
「エリアスとアレクシスの時は大変だったからな。王家に輿入れする気があるなら、色々と根回しをする必要がある。それを考えると、義弟とまとまってくれた方が、手間はないな」
お、おう、政治的な意味ででしたか。じじい気色悪いとか思ってスイマセン。
確かにアレクシスの時はひと悶着あった。この国は、一族から王妃を出すことにあんまりこだわりがないんだよな。
アレクシスの生家は、特にガチガチの武闘派傾向の強いエインズワース家。むしろ手間暇かけて鍛え上げた大事な戦力を、トンビに油揚げさらわれたくらいの感覚だった。もちろんトンビはエリアスだ。
「お前を見ているとあまりに危い。一般人としての生活を守りたいのなら、いっそ正体が表沙汰になる前に、さっさと結婚しておくというのも一つの手だぞ。その後でなら預言者が発覚しても、手遅れとみなされる」
「――その手があったか!?」
アイザックの提案に、雷に打たれたような衝撃を受けた。実際打たれたことあるけど。
預言者にはパートナーの存在が許されない。逆に言えば、パートナーを持っちゃったら預言者にはなれないんだ。
預言者に手を出したら厳罰。でも、その素質が公式に判明する前だったら、不可抗力でセーフ! 相手が罰されることもない。実際そういう前例はあったはず。
トリスタンなんか、発覚はしてないけど、ある意味その範疇だし。
突然思ってもみなかった展開が目の前に開けた気がして、なんだかドキドキしてくる。
結婚したら、すぐにでも自由になれる!? そんな簡単なことで、この秘密だらけの生活から解放されるのか!!
――ん? いや、でも待てよ? よく考えたら、そんな簡単か? 結婚と言ったら、普通人生の一大事だぞ。
まあ、マックスとだったらすぐにでもイケそうだな。
でもそれで結婚というのは、さすがにあまりにも動機が不純すぎるというか……。お見合い結婚とかも、普通にあるといえばあるけど、さすがに夢もロマンもない。相手にもなんか悪いし。
私だって、結婚するならやっぱり相思相愛の相手とっていう憧れは、別に消えてなくなったわけではない。誰かを好きになれるのかは別としても。
「――とりあえず、保留で」
ショートしかけた頭で、なんとかそれだけ答えた。アイザックのなんとなく生温かい視線がムカつく。
でも何か言ったら余計藪蛇になりそうでモヤモヤしているところで、ふと違和感に気付いた。
私の胸元で常に冷たい感触を伝えてくる守護石が、熱を放ち出した。
引っ張り出してみると、かすかに光まで放っている。
「――っ!!?」
光は突然の閃光に変わり、一瞬で収束して、目の前の壁に吸い込まれた。
光を受け止めた壁には、金庫のように小さな空間ができていた。