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王城の図書館

 休日の今日は、ユーカのとこに来ている。つまり現在地は王城、その図書館。


 前期の期末テストが迫ってきてるから、朝からビシバシ個人授業だ。


 いくら頑張ってると言っても、ただでさえ言語のハンデがあるんだから、そこはフォローしてあげたい。

 もちろん普段から、ユーカはちゃんとした家庭教師つけてもらって、必要な教育はしっかり受けてる。でもそれは基礎の部分だからね。

 テスト対策に関しては、私はプロのノウハウを持ってる。ザカライア先生を独り占めなんて、実はかなり贅沢だぞ。総合得点数を、がっつり底上げしてやろうじゃないか。


 かつての同僚の傾向と対策はばっちり。知らない先生に関しては、ノートと過去問を入手し、大体のポイントを掴んだ資料にまとめてみた。


「とりあえずこれさえ全部やっとけば、落第だけはしないから」


 中間テストはギリギリだった不安顔のユーカに、太鼓判を押す。

 ハイスペックな頭脳で生まれ直した私と違って、ユーカは脳筋寄り体育会系の生身のまんまでこっちに来ちゃったもんなあ。効率的に最低限でやってやらないと、パンクしそうだ。


「はい、目途が立つだけでもありがたいです」


 気力が尽きかけたユーカが、最後の問題を解いて、長い息を吐いた。

 ただでさえ勉強は苦手だと言ってるし、無理に詰め込んでも効果は薄い。今日はここまでだな。


「あとは、テストの日までに、計画的に片付けて行けば大丈夫だよ」

「はい、頑張ります!」


 やっと問題から解放されたユーカが、伸びをしながら元気に答えた。


「どこの世界でも、テスト前は大変ですね」

「ふふふ。終わったら夏季休暇だよ。2週間程度だけどね」

「お休みは何をするんですか?」

「まあ、ほとんど仕事だろうなあ。溜まってるのから片付けて行かないと。ユーカは?」

「もちろん修行ですよ!! 枯れたはずの『中二ゴコロ』が疼いてますよ!」


 ついさっきまで死んだ目をしていたユーカが、やる気を漲らせて答える。


「魔法関連の成果が上がってるんだ?」

「はい、超能力者になった気分ですね」


 楽しそうでよかった。現在ユーカは、前に宣言した通り、黒い瘴気を基にした能力開発に全力で取り組んでいる。今まで普通の人間だったのに、後天的に超常現象を扱えるようになってきたのなら、そりゃあテンション上がるよなあ。うらやましい。


「トロイに妙なちょっかい出されたりしない?」

「はい、親切だけど事務的な感じで、ちょうどいい距離感ですかね」


 つい心配になる私に、ユーカが清々しく答える。トロイもユーカには微妙に歪んだ感情持ってるから、そういうとこが分かっちゃうのかな。


「あ、次の予定になったみたいです」


 秘書的な人がお迎えに来た。


「筆頭預言者のエイダ様のお仕事のお手伝いがあるんです」

「そう、忙しくて大変だね。無理しないでね」

「はい、今日はありがとうございました」


 なかなかタフなユーカは、慌ただしく次のスケジュールへ向けて、図書館を後にした。


 本当にすっかり馴染んだものだと、感心しながら後ろ姿を見送る。


 人気の少ない王城の図書館に残され、深呼吸をするようにその独特の匂いを吸い込んでみた。とても懐かしい。

 前世では7歳の頃から、半世紀近く、死ぬまで入り浸っていたナワバリの一つだ。ここにあるほとんどの本には目を通している。


 席を立って、昔との相違を捜すように、本棚の間の通路をゆっくりとめぐってみる。


 足は自然と、一番通いなれた場所へと向かった。図書館の一番奥にある一室。その扉の向こうには、重要文化財級の古文書の類がぎっしり収められている。当然入れるのは特別に許された者か、その同伴者だけ。残念ながら今の私では無理だ。


 古い文献のあるここなら、今、この国に起きつつあることについての手掛かりが隠されているんじゃないだろうかと、ふと思った。


 もちろん散々入り浸って、ほとんどの書物は読んでいる。

 でも多少なりとも新しい情報を持った今なら、あの頃には気付かなかった何かを、見つけられないだろうか?

 あとで、アイザックかエイダに頼んでみようか。


 そう思いながら振り向いた時、そこにアイザックを見つけた。


「ごきげんよう、ノアのおじい様。お久しぶりです」


 友人の祖父への態度としておかしくない範囲で、それなりに礼儀正しく挨拶する。


「これはグラディス嬢。孫と仲良くしてくれているそうだな。珍しい場所で会ったものだ」


 アイザックも孫の友人に対して、不自然にならないように応じた。


 アイザックといると、ますます懐かしい気分になってくる。子供時代は、ここがお互いのテリトリーで、期せずしてよく鉢合わせたものだ。今でもここに入り浸る習慣は変わっていないらしい。


 どちらも大分姿は変わってしまったけれど、一瞬であの頃に引き戻された気がした。


 アイザックも同じ気分だったのかもしれない。いつもだったら挨拶程度で通り過ぎるだろうに、更に言葉を続けた。


「その中の書物に興味があるのか?」

「――はい!」


 問われて、でかしたアイザック! と内心で叫ぶ。後日にする必要がなくなった。今、頼める流れを作ってくれているんだ。ありがたく乗っかろう。


「私の調べたいことが、こちらでなら見つかるかと思いまして」

「では、私が許可を出そう。君は学業も優秀だとノアに聞いている。付いてきなさい」

「ありがとうございます」


 さすがはアイザック。打ち合わせなしで、うまいこと私の意図を汲んでくれた。持つべき者はデキる幼馴染みだな。


 司書に顔パスの宰相様は、私を連れて目的の古文書部屋へと入室した。


 完全に他人の耳目がないことを確信してから、ようやく素に戻って話しかけた。


「助かったよアイザック。出直す手間が省けた」

「何を調べてるんだ」


 アイザックも、昔の口調で尋ねて来る。


「できれば、ガラテアとデメトリア、かつての大預言者のいた時代にあったことを調べたい。今起こってる異変は、それと繋がってる」


 私の重大発表に、眉をしかめる。


「そういう大事なことは、もっと早く言っておけ」

「きっと今がそのタイミングだったんでしょ。この私が言ってるんだから」

「相変わらず傲慢でいい加減な奴だ。まったく成長していないのか? 新聞で新歓バトルロイヤルの記事を見た時には、眩暈がしたぞ。目立ち過ぎだ。お前は自分で思っているより遥かに粗忽者なんだと、いい加減自覚しろ」

「あはは。私にそういう忠告をしてくれるのは、あんただけだよ」 

 

 まともな対話はほぼ17年振り。でも、何の隔たりもなかったかのように、昔と同じ空気が流れていた。


 まるで最後に二人で酒を酌み交わした、あの時のように。 

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