翌日のあれやこれや
今朝の新聞の一面は、当然どこもマックスの最年少優勝の記事が飾られていた。
どうだ、私の弟は凄いだろうと、私も鼻高々だ。昨日の夜、家族でのお祝いパーティーの時はなんとなく挙動不審だったマックス。
登校中の馬車の中で、急に謝ってきた。
「昨日言うの忘れてた。医務室で、悪かったな。お前があそこまで酒に弱いなんて、知らなかったから」
「ああ、今度から気を付けてね。そういえばあの後記憶ないんだけど、私何かやったみたいね」
マックスの挙動から、それは間違いなさそうだけど。よっぽどヤバいことだったら昨日のうちに言ってるだろうから、大したことじゃないよね?
その質問に、マックスは何とも言いようのない微妙な表情で答える。
「……頬にキスされただけだ」
「マックスの? じゃあ、優勝のお祝いにちょうどよかったね。覚えてないけど」
ああ、身内止まりでよかったとほっとする。まさか医者その他のスタッフにはいってないよな?
「できれば正気の時にしてほしいんだけど」
「じゃあ、次はもっと大きな結果を出した時にね」
普段のやり取りに戻ったかと思ったら、マックスはかなり真面目な顔をした。
「お前、席外してた間、ヤバイことしてたんだろ? 例の犯人が、闘技場の結界を破ろうと画策してた計画の阻止に、お前噛んでるだろ?」
おう、今来たか。昨日すぐ訊かれなかったから油断してた。
試合後も、関係者たちに囲まれてたマックスなら、色々な情報が入ってるだろうしね。
馬車の中はさすがに逃げ場がないぞ。狙ってたか。
「うん……ちょうど、知り合いの魔術師がいたから、手伝ってもらって……」
「お前がやることじゃないだろ?」
「私がやることだったんだよ。穏便に収めるためには」
私が預言者であることを知っていると、その前提で答える。表沙汰にして大々的な捜索をした場合、きっとあのドミノは直ちに倒されていたんだろうから。
「結界が破れたら、その場で魔物の召喚でも起こったのか? 関係ねえよ」
マックスは少しも引かなかった。
「あれだけ現場に騎士が揃ってたんだ。どうとでもなる。試合なんかどうでもいいから、そんなくだらないことのために、避けられる危険に飛び込むな」
真剣なまなざしに、私も反論をやめた。
うまくいったのは、ただの結果論だ。トロイについてるはずの護衛だって、距離が開いてる以上絶対じゃない。予言通り死神の阻止ができていたとしても、その後、私が無事だったかまでは断言できない。
あそこであいつに会うなんて、予想もしてなかったから。
「心配させて、ごめんね」
「謝らなくていいから、もうやるな。どうしても必要だったら、俺を頼れ。俺でダメなら、他の誰でもいいから、絶対に信用できる奴を。知り合いの魔術師って、あのナンパ野郎だろう? お前らしくもない。ちゃんと人を選べよ」
「――うん……気を付ける」
これはいつものヤキモチでの文句じゃない。本気の親身な言葉に、素直に頷いた。
去年マックスと一緒のパーティーで、トロイには思いっきり口説かれてたもんな。確かにいろんな意味で心配させてしまった。
トロイは確かに凄く助けになってくれたけど、それだって結果論だし。きっと普段の私だったら、二人きりになることなんて絶対にない相手だ。同郷がバレて開き直ったせいで、少し気を緩め過ぎてたかもしれない。
共感と同情はあるけど、それはそれとして、あいつは女の敵だからな。影の護衛もセクハラには対応してないし、実質ただ遠くからのぞかれてるだけとか、いやすぎる。
反省するとこはしっかりして、次回の行動に生かすとしよう。
「ふふふ。私はしっかり者の良い弟をもって幸せだよ」
「だから、その弟をヤメロ」
今度こそいつも通りの調子に戻ったところで、学園に到着した。
一躍時の人のマックス、いつもとは比較にならない注目のされっぷり。次々とかけられる声を、気さくにさばいていく様子に、隣で感心しながら教室に向かう。ちょっと、私と違って全然大人気なんですけど。別に悔しくなんかないデス。
教室に入っても、おめでとうの嵐。それに手短に応じてから、マックスはキアランとノアに向き直る。
「ちょっと付き合ってくれ。話がある」
徹底追及してやるとか呟きながら、二人を連れて出て行った。男同士の話? なんだかしょうもない内容な気がするぞ。
「朝から大騒ぎだね」
「優勝者と3位が同じクラスなんて、すごいですからね!」
私の感想に、ユーカが興奮気味に応じた。
「それだけじゃないんじゃない?」
当の3位、ヴァイオラが、意味ありげに笑う。
「昨日の打ち上げで、グラディスとどうなってるんだって、マクシミリアンが上級生たちに随分締め上げられてたわよ」
「そんな楽しそうなことになってたの? ぜひ観戦したかった」
昨日帰宅時のマックスの憔悴ぶりを思い出して、思わず噴き出す。
「で、実際のとこは、どうなんですか!?」
恋バナ大好きユーカが、身を乗り出してくる。期待してるとこスマンね。
「自慢の弟」
「本気で言ってるから、彼も気の毒よね」
「そういうヴァイオラはどうなの?」
切り返すと、ヴァイオラは余裕の笑みで答える。
「私、故郷に婚約者いるから」
「ええ~~~~~~っ!!?」
ユーカが早速きゃあきゃあはしゃぎだした。私も初耳の話に、テンションが上がる。
「どんな人?」
「幼馴染みの騎士。去年、ここを卒業して、私と入れ違いで領地に戻っちゃったのよね」
「ほほ~う、遠距離恋愛か。オルホフ家で政略ってことはないでしょ」
昔からオルホフ家は、代々女当主が多いせいか、恋愛事に特に寛容なイメージがある。最前線で戦う妻を支える夫には、深い愛情が必要だと。
「もちろん。ただ、ロクサンナ叔母様が全然結婚する気配がないから、早めに婚約を整えたってのはあるわね。とんとん拍子だったわ」
おおう、なんか、ちょっと身につまされる気がする。あの子ももう三十路だろうに。それとも前世の私と違って、好きで独身貴族だから、かまわないのか?
かつての教え子でもある現在の友人が、ちょっと心配になってくる。まあ、私も人の心配してる場合じゃないか。ホントに切実に他人事じゃない気がする。
「結婚できる義理の弟とか、幼馴染みの婚約者とか、『超萌える』話がリアルにあふれてますね、この世界は。王子様と宰相の孫がクラスメイトとか、向こうの友達が好きだった『ラノベ』の世界みたいです」
楽しそうなユーカは、けれど少し寂しそうにも見えた。
そうだね。いくら前向きな頑張り屋だって、思い出したらクルものがあるよね。
「それだと、間違いなくユーカがヒロインポジションなんだけど」
冗談めかして励ます。そして間違いなく私が悪役令嬢だな、なんて思いながら。
「そんなポジションはいりませんけど、やっぱりたった一人の運命の相手というのは、憧れますね」
そう言って笑うユーカ。元の世界の誰かを思い出したのか、それとも新しく出会った誰かなのか……追及はしなかった。
なんだか、どなたも青春真っ盛りという感じ。
私が一番お子様な気がする。誰より長く生きてるのに。
予鈴の鐘が鳴り、マックスたちが教室に戻ってくる。
「何の内緒話?」
「ただの情報交換だ」
私の質問に、マックスはそれだけ答えた。キアランとノアは苦笑い。私たちの女子トークが盛り上がってたように、男同士で実のある情報交換とやらになったのだろうか。
やっぱり、馬鹿馬鹿しい内容な気がする。