マクシミリアン・ラングレー(従兄弟・義弟・クラスメイト)
10歳でプロポーズをして、早5年。
進展は全くない。むしろ、ますます弟扱いがひどくなってきている。あの頃はまだまだ時間があると思ってたのに、すでに成人してしまった。
頼られるのは嬉しい反面、いくら似てきたからって、叔父上レベルに甘えてくるのは本当に勘弁してほしい。
ますます綺麗になっていく一方なのに、事件や仕事関係で知名度まで上がってきて、正直焦る。
学園入学前には、おかしな虫をグラディスに近付けさせないようにと、叔父上に厳命されている。普段は温厚な叔父上も、グラディス関係だけは、怒らせるとマジで怖いんだ。きっと余計な手出しをした奴は、人知れず社会的に破滅させられるに違いない。
もちろん俺だって言われなくても護るつもりではいるけど、学園内で必要以上に張り付くことは、グラディス本人に禁止されてて、なかなかままならない。
当然一緒になるつもりだったパーティーも拒否されるし。女子チームだったのがせめてもの救いだ。
あの容姿にあの言動。注目されるのは初めから覚悟してたけど、まさか初日からハンター家とやらかして、一目置かれる存在になってしまうとは。
本当にグラディスのやることは、長年付き合ってても、いつも俺の想像の上を行く。
自由奔放、思うままに生きる姿が最大の魅力なのに、それをやると注目を集めすぎるジレンマ。ただでさえ『特別』な人間なのに、いつか、国家に取り上げられてしまうんじゃないか――それが一番怖い。
俺の学園での最大の役割は、その秘密を隠し通すためのフォローだと思ってる。たとえ俺のものにならないとしても、大事なのはグラディスの自由。そこだけは叔父上と変わらないつもりだ。
グラディス自身、きっとその特別な力のせいだろう。一人で何か重いものを抱え込んでいる節がある。
領地で見せられた、不思議な紫の宝玉。冗談めかしてドラゴンにもらったなんて言ってたけど、それは事実なんだろう。グラディスのことなら、それぐらいあっても驚かない。
将来起こる何かを、グラディスは予感している。その時が来たら助けて、と言われた。いつだって助けるのに、それ以上ははぐらかされるのがもどかしい。
義父さんは、何か知っているようだ。訊いても、全てはグラディス次第だと言うだけ。グラディスと接する時間なんて多分俺より少ないはずなのに、あの人は叔父上以上に絶対的にグラディスの判断を信じてるから。
俺もそうすればいいんだろうけど、やっぱり心配なものは心配だ。
そして、俺と近い立ち位置にいる奴がいる。
キアランは、友人として付かず離れずといったところなのに、グラディスが身内にしか見せない甘えを、唯一見せる他人だ。精神的な支えになれる他人――それだけで、警戒するに十分だ。
とにかく洞察力に優れているから、グラディスの強さも弱さも理解できて、だからこそ、グラディスも信頼しているんだろう。
いい奴なのは分かってるけど、俺としては一番油断しちゃダメな奴だ。今は友人でも、いつ恋愛感情に変わるかなんて分からないからな。
学園内でのグラディスの評価も、明らかに変わってきている。最初のうちは前評判に違わない唯我独尊な行動で恐れられて遠巻きにされてたけど、しばらく間近でちゃんと見ていれば嫌でも分かる。
好き勝手にやってたって、誰かに迷惑をかけるわけでもない。怖そうに見えても、弱い者に高慢に振る舞うわけでもない。むしろ、ガイだろうがベルタだろうがまったく変わらない気さくで大らかな態度に、尊敬や憧れすら持たれだしてるくらいだ。
危機感を持ち始めた頃、体育の遭難事件でのダメ押しがあった。
何事にも動じないグラディスの、唯一最大の弱味のせいで、俺でも滅多に見られない表情を、騎士クラスの奴らに曝すことになった。
グラディスの可愛さなんて、俺だけ知ってればいいのに。あれで一体何人落ちたのか、考えたくもない。それより、なんでルーファス先生は、グラディスの弱点を知っているんだ。それも気になった。
そして今の俺は、あの時以上に可愛いグラディスに直面して、激しく狼狽えているところだ。
ここしばらく、武闘大会のプレッシャーで、俺はずっと余裕がなくなっていた。
昨日の夜、グラディスにはっぱをかけられて、やっとなんとか自分を取り戻し、今日はかなりいい精神状態で試合に臨めた。
なのに、肝心のグラディスは、前半戦は完全に姿を消していた。俺だけを応援してくれると約束してくれたのに、理由もなく破るはずがない。
試合では油断しなかったけど、何があったのか気が気じゃなかった。もし後半も戻ってこなかったら、試合を放っても捜しに行くつもりだった。
グラディスより大事なタイトルなんてないからな。準々決勝で席に姿が見えて、ようやく安堵した。
グラディスが目の前で応援してくれる。それだけで気合が入るし、体が全て思い通りに動いた。ガイもアーネストも倒して優勝を決めた俺に、グラディスは当然のような顔をしてくれていたのが、余計嬉しかった。
優勝のセレモニーをこなしながら、帰ったらプライベートでのお祝いをしてもらうのを楽しみにしていたら、不穏な情報が耳に入った。
主催者への挨拶に行くと、何やら物々しい様子。俺たちが戦っている間、裏では魔法陣事件の指名手配犯の暗躍があったらしい。
それが、宮廷魔術師の活躍で何とか阻止されたと。
すぐに、グラディスがずっと席を外していた理由が分かった。
グラディスは裏で頑張ってくれていたんだ。俺の優勝に、水を差さないために。胸が熱くなるほど嬉しかったけど、危ないことは本当にやめてほしい。
いてもたってもいられなくて、数分でもいいから今すぐ会いたくなった。ノアがいたから、居場所の心当たりを訊いたら、医務室に行ったという。
怪我でもしていたのかと慌てて駆け付けて、そして今、思わぬ事態に遭遇している。
元気そうな姿にひとまず安心し、シャンパンでずぶ濡れの体を魔法で乾燥させる俺に、珍しいほど焦ったグラディスの叫び声が届いた。
「ちょ、待って! マックス、やめてっ!!」
「グラディス?」
不審に思って見返すと、グラディスの様子が明らかにおかしくなっていた。
いつもの強い意志を湛えた目の光が消える。どこかうっとりとした風で、顔も首も手も、見える部分がみるみる真っ赤に染まっていった。
「グラディス!?」
ぐらりと倒れかけた体を、慌てて抱き留める。
「こ、これは……?」
ちょうど傍にいる医師に目を向ける。
「恐らく気化したアルコールの吸引による酩酊状態でしょう。たまにまったく受け付けない体質の方がいますが、ご本人から聞いていませんか?」
「確かに、酒は飲めないとは言ってましたが……」
グラディスは成人しても、あんなに楽しみにしてた飲酒を全くしなかった。ノアの屋敷で、ケーキの風味付け程度で酔ったから、飲まないように忠告されたと。
それにしても、まさかこんなに弱かったのか!?
「うふふふふ~、まっくす~」
真っ赤な顔をしたグラディスが、俺の腕の中で無防備に笑っている。
「優勝、おめでと~。絶対勝つって、知ってたよ~」
俺の首にぎゅっと腕を巻き付けて、頬にキスをしてきた。
「ご褒美のちゅ~、反対も~」
硬直する俺の、反対の頬にも、唇を寄せる。
マジか!? ちょっと待ってくれ!! グラディスは酔っぱらうとこうなるのか!!?
この弱点は、正直知らないままでいたかった。何だこの生殺しは!?
いや、それよりまさか、この姿を、キアランとノアにも見せたのか!? 飲酒をやめる忠告には感謝だが、一体何があったんだ!? 後であいつらを問い詰めてやる!!
「解毒しましょう」
内心パニックの俺に、先生は冷静に声をかける。
「――お願いします」
ああ、治療してほしくない。というか、手放したくない。でもこれ以上は、俺が無理だ。
激しい未練を感じながらも、そっとベッドに下ろし、スタッフにくれぐれも後を頼んで、逃げるように医務室を後にした。
その後の祝勝会では、ヴァイオラが目敏く気付き、気もそぞろな俺に面白そうに指摘してきた。
「あら、両方のほっぺたに、素敵な印がついてるわね~。グラディスの口紅と同じ色よね~?」
祝勝会は、吊し上げ大会へと姿を変えた。
学園の連中がわらわら湧いてきて、根掘り葉掘り追及してくる。お前ら食いつき過ぎだ。確かに今日、控え室に会いに来てくれたグラディスは非の打ち所のない美しさだった。見惚れてたのには気付いてたけど、こいつらまさかみんな狙ってるのか!? 特にガイがしつこかった。
これ以上触れてほしくないのに、ホントにもう勘弁してくれ。
どんなに訊かれても、俺が詳細を語ることはなかった。グラディスのアルコールの弱さは完全に機密情報にしないと、いくらなんでもあれはマズイ。
精神的に疲れ果てながら、夜遅くにやっと解放され、全く酔えないまま屋敷に帰る。
「あ、マックスお帰り。優勝おめでとう!!」
すっかり酔いが醒めたグラディスが、お祝いパーティーの用意をしながら屈託なく出迎えてくれた。
少し前のことは、全く覚えていなかった。
「……お、おう」
それ以上、何も言えなかった。