優勝
「グラディス、大丈夫ですか?」
ユーカが心配そうな顔で、席に戻った私にストレートに訊いてきた。
「また何か、無茶してましたか?」
あら、バレてら。ノアが苦笑混じりに補足する。
「あんまり遅いから、医務室に迎えに行ったんだよ」
そうか。さすがに時間がかかり過ぎちゃったもんな。予想通り、準々決勝が始まってるし。
「ごめんね。ちょっと知り合いに会って、いろいろしてたら遅くなっちゃった。もう大丈夫だから。さあ、観戦を楽しもう」
明るく、無理やり話を切り上げる。ユーカは少し口を尖らせた。
「私にできることがあったら、ちゃんと言ってくださいね?」
「うん、ありがとう」
それ以上追及してこない二人に感謝しながら、仮にもし手伝ってもらっていたら、と考える。
ユーカは、私が元日本人の転生者であることは知ってても、ザカライアのことは知らない。その点ではトロイと同じなんだよな。
黒い瘴気関係という意味では完全に当事者だし、今回は手伝ってもらうのもアリだったのかな。
でも、死神に直接対面するなんて想定外もあったしなあ。安全面も考えると、やっぱり護衛なしはまずいか。トロイに会えたのは、結果論だもんな。私自身、かなり無茶だったと反省している。もし私一人だったら、どうなっていたんだろうと、ちょっとヒヤリとする。
予知ができない相手は、ホント怖い。
その時、慌ただしく横を通り抜けた警備が、王族席で立ち止まるのが見えた。何らかの情報が密かに伝えられ、しばらくやり取りが伺える。キアランが心配そうに私たちを振り返ったから、笑顔で手を振っておいた。
死神の愉快な仕掛けのことが伝わったようだね。バックヤードが少し騒がしくなりそうだ。
選手に影響がないことを願いながら、騎士の晴れ舞台へと視線を向ける。
開始当初4面あったステージは、すでに広く1面だけになっている。
ちょうどマックスが、王立騎士団一押しの若手と対戦を始めたところだ。結局、半分の3試合しか見れないか。まあ、おいしいとこだけ観戦できるとも言うけど。
相手はパワー型のファイター。生半可なガードなら吹き飛ばす。それでいて引き際の見極めもうまく、攻守のバランスが取れた試合巧者。さすがに騎士団の若手上位。
対してマックスは、とにかくすべての能力が高いレベルで噛み合っている。受け止めるとこと受け流すとこの判断が的確。動きが最小限で、合理的。
日常的にトリスタンを見て、相手にしてきてるってことは、常に弱者の視点での立ち回りと思考を続けてきたわけだから、とにかく慎重で付け入る隙が無い。昔から器用だったから、魔法の使い方も巧みで、相手の意表を突いて揺さぶっては、確実に攻めどころを作って果敢に攻める。
「すごいです。準々決勝のレベルになっても、強さの格が違うのが分かります!」
格闘技観戦もイケるらしいユーカが、興奮気味に叫ぶ。素人目にも分かるくらい圧倒的だ。
「そうだよ。マックスは強いんだよ。心配する必要なんてなかったのに」
昨日までの神経質さを吹き飛ばすように、実力を発揮する姿に、私までドヤ顔をしたくなる。
もうこの会場に、マックスの強さを疑う奴なんて誰もいない。もう明日の新聞の見出しが見えるようだ。っていうかすでに見えてる。
ハラハラドキドキ感がなくて、残念なとこだけど。
マックスは危なげなく相手を沈めて、準決勝に駒を進めた。
勝ってから初めて、私の方に顔を向ける。笑顔よりは、ほっとした様子だった。ずっと席を外してたから、心配させちゃったみたいだ。
とりあえずロイヤルボックス席でよかった。普通の貴族席だったら、押しかけられてたかも。
あと2試合、集中してやってほしい。
――結果として、準決勝の4強は、全員がバルフォア生という、大会史上初の展開となった。
公爵血統がいかに別格かを、世間に完全に見せつけた形だ。
ガイ対マックス、ヴァイオラ対アーネストの準決勝。
アーネスト対マックスの決勝。
そして表彰台の一番高いとこには、今、私がビジョンで見た通りマックスが立っていた。
この光景を見るため、私も頑張った甲斐があった。分かってた結果でも、疲れも足の痛みも、吹っ飛ぶ嬉しさだ。
表彰台に立つ4人が全員10代だなんてとんでもない快挙なのに、そんなの関係なく負けたガイとアーネストは悔しそうだ。普段は朗らかなヴァイオラですら。
まあ、勝ち負けの世界で生きてればしょうがない。ちなみにこの国には3位決定戦とかないから、ガイとヴァイオラが並んで3位になる。
表彰台で誇らしげに私に手を振るマックスに、私も大きく振り返した。
戦闘が日常の世界だけに、勝利の美酒は盛大に味わう習慣がある。表彰台で盛大なシャンパンファイトが始まった。そこはやっぱり学生だけあって、見てるだけでも楽しくなるはしゃぎようで、ひときわ歓声が上がった。
あとは参加者の祝勝会とかになるだろうし、マックスへのお祝いは、帰ってからうちでしよう。何しろ今日の主役だから、忙しいだろうしね。
「それじゃ、迎えが待ってるので、先に帰りますね。キアラン君への挨拶は……」
ユーカが王族席を見て、困った顔をする。人が入れ代わり立ち代わりしている状態で、キアランも応対に忙しそうだ。
「今は立て込んでるみたいだから、明日学園でお礼を言えばいいよ」
「分かりました。それじゃ、また明日」
スケジュール管理がきっちりなされているユーカは、大会の終了と同時に、余韻に浸る間もなく護衛とともに帰っていった。
「僕はキアランの手伝いしてくるよ」
立ち上がったノアは、意味ありげな顔で私を見下ろす。
「あの慌ただしい感じ、君が前半戦でいなかったのと、関係ある?」
「さあ、どうだろうね?」
とりあえずとぼけるけど、ノアの謎の情報収集力なら、ある程度のことは伝わっちゃうんだろうな。トロイとデートしてたとかの情報になってたら、かなりイヤなんだけど。
「グラディスはもう帰るの?」
「うん、靴擦れが痛むから、ちょっと医務室寄ってから帰るつもり」
「そう、今度はちゃんと行きなよ。それじゃまたね」
悪戯っぽく釘を刺して、ノアが王族席に向かった。
私も痛む足を抱えて、医務室へと行く。ああ、もう今日は歩きたくない。内心ウンザリしながら、長い通路を頑張って進んだ。
医務室にたどり着けば、5分後には治癒魔法ですっかり元通り。あの苦労は一体何だったのか。ホント、魔法のある世界って便利だわ~。
「グラディス、大丈夫か!?」
帰ろうとしたところで、マックスが中に飛び込んできた。さすがに呆気に取られる。
「なんでこんなとこにいるの!? 優勝者の予定がこの後、まだいっぱいあるでしょ!?」
「いや、お前が医務室に行ったって聞いたから……」
ノアか。まったく余計なことを。そんなこと言ったら、心配するに決まってるじゃないか。ただでさえ前半戦を抜けてたのに。
「ただの靴擦れ。もう治ったから。それよりそんなびしょびしょで医務室に入ったらダメでしょ」
シャンパンシャワーを浴びた直後の状態に、眉を顰める。せっかくめいっぱいの褒めどころなのに、まず叱らなければならないとは、困った弟だ。廊下にシャンパンの水たまりを作りつつここまで来たのか。
「ああ、慌ててきたから。すいません」
医務室のスタッフに謝るなり、魔法で乾燥をかけた。
医務室なら魔法が使えるからね。技術もすっかり上がって、今ではほんの数秒で、完全に元通り――って、そうじゃね~!!
「ちょ、待って! マックス、やめてっ!!」
焦って止めた時には、すでに手遅れだった。
「グラディス?」
気化したアルコールを密室で吸った私は、そこで意識を手放した。