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発見

「足、痛そうだね」

「私も、元はユーカと同じ体育会系だから。これくらいどうってことないよ」


 やせ我慢しながら、ひたすら通路を歩き、階段を上がる。ヒールだから相当きつい。


「闘技場と医務室以外、施設内は魔術使用禁止だからね。そうでなかったら、君の足に触れるチャンスを絶対逃さなかったんだけどなあ」

「禁止でなくても、あんたには触らせないから」

「なんならお姫様抱っこで運んであげるよ」

「腕を組むので限界なんだけど」


 さっきからひたすら口説く、跳ね付けるの応酬で、ほぼルーチン化している。もはやイラつくより、単純作業気分でスルーが吉だ。


 歩きながらも、今まさに予言の有難さが骨身にしみているとこ。

 上から行くか、下から行くか――このたった2択を、この私が間違えた。


 スタート地点が1階だったもんだから、地下1階に一度降りて、そこから1部屋ずつ潰してきた。

 そして現在、最上階の3階。


 なんであの時の私は、3階からにしなかったのかと。

 いちいち室内に入り込んで慎重に調べてるから、無駄に時間がかかる。空振りの連続も、地味に精神的ダメージ。

 今頃、マックスたちは試合を頑張ってるんだと自分を励まし、なんとか残り5部屋までにこぎつけた。


 一体どう言いくるめたものか、トロイが警備室に行ってマスターキーを借りてきてくれたものだから、入室の手間もない。なんかヤバイ橋渡らせてる気がするから、あとでアイザックにフォロー頼んだほうがいいだろうな。さすがに後日、トロイに変な嫌疑がかかったら後味が悪いし。


 そして部屋の鍵を開けて、中に入り、備品置き場の奥の方に――。


「あった!」


 ――やっと見つけた!!


 ……見つけた、けど……。


「……なに、これ?」


 見つかったのはいいけど、思わずぽかんとする。


 トロイが首を捻りながら答えた。


「ピタゴ〇装置?」


 としか、見えないよな!?


 部屋いっぱいになんか一周目で見た感じの、遊び心溢れた精密な仕掛けが広がっている。そして仕掛けの中央には、結界を削り取るためのものらしい魔法陣と、その更に真ん中に、真っ赤な液体の入ったグラス。


 死神のこれまでの魔法陣は、生贄の血で絶大な効果を発揮してきた。すでに少しずつ効果を発揮している魔法陣に、血でブーストをかけるってこと?


 まだ作動前だけど、まさか動き出したら最後、ゴールした瞬間、倒れたグラスから魔法陣に血が注がれて、結界を一気に完全破壊、闘技場のど真ん中に巨大ケルベロス召喚って展開?


 何その愉快な地獄装置!? 一体誰に見せる想定なの!?


 ホンットに、あの謎の黒フードの男は掴めない。どこまでふざけた愉快犯なのか。目的以上に、ショーを楽しんでやがる。


 遡ってスタート地点に視線をやって、そこで初めてぎょっとした。


「なっ!!?」


 ――いた。死神が。


 なんで気付かなかった!? 黒い瘴気を色濃く身にまとって、幽霊のように不気味にたたずんでいる。


「あれ、指名手配の人?」


 トロイが、どこかのんきな口調で訊いてくる。今年の夏至の数日前、二人目の異世界人召喚の際に目撃され、魔法陣事件の実行犯と断定された、黒いローブ姿の人物。


 顔も見えない黒ずくめの塊からのぞく、蠟みたいに白い手だけが、私に挨拶でもするように不気味にゆったり振られている。


 まさか、奴と対面するとは!! いつかはと覚悟はしてたはずなのに、まさか今!? 脳裏に自分が殺される画が一瞬過ぎって、我知らず体が固まる。


 咄嗟にどうすればいいか迷った。


 私に捕まえられる? それとも逃げるべきか? 魔術が使えない結界内なら、トロイと二人がかりで腕力勝負をかけられる? いや、でも果たしてトロイは当てになるのか? そもそも奴は、本当に結界内なら魔術は使えないの? あ、トロイの影の護衛を呼べば!


 考え込んだ数瞬のうちに、その白い手がスタートのドミノを倒した。


「あああっっ!!?」


 目まぐるしく動き始めた装置を、慌ただしく目で追う。

 緊迫の事態のはずなのに、脳内にはあのとぼけた縦笛のBGMが。いやそれどころじゃね~!! 成功したら飛び出てくるのは巨大ケルベロスだ!!


 焦りながらも先回りして、宙に飛んだボールを両手でパチっとキャッチし、なんとか進行を食い止めた。

 くそう、血のゴールでなきゃ、堪能してるとこなのに!! 無駄な遊び心と職人技発揮しやがって!!


 そして視線を戻した時には、すでに死神はいなくなっていた。


「消えちゃったね。すごいな。どういう術なんだろう?」


 私の後ろで、どうでもよさそうなトロイの呟きが聞こえた。結界は破れてない。阻止には成功した。

 なのに、奴には逃げられた。


 逃げられたのに、ほっとしている自分がいる。ひとまず今日の所は助かった。

 体から、力が抜けた。後ろのトロイに支えられる。


「やっぱりお姫様抱っこが必要?」

「いらない!」


 体に力が戻った。ある意味役に立つ男だ。


 気を取り直して、魔法陣を作動不能になる程度に棄損した。あとで現場検証が必要だから、現状を壊し過ぎてもいけない。


「これで、なんとか惨事は避けられたみたいだね」


 いくらか緊張を解いて息を吐く。


「時間的に、そろそろ準々決勝辺りかな」


 つい落胆せずにいられない。楽しみにしてたのに、半分以上見れなかった。もう負けちゃった友達もいるだろうし。


「ありがとう、トロイ。本当に、助かった」


 確かに鬱陶しかったけど、トロイの助けがなかったら、同じ結果になっていたかは分からない。何より、いきなり死神に対峙して、多少なりとも冷静さを保っていられたのは、一人ではなかったからだ。


「君と素敵な時を過ごせて、感謝までされて、僕も役得だったよ」

「――お礼の内容は、要相談で」

「できれば今日が終わるまで君のエスコートをと言いたいとこだけど、残念ながらデートはここで終わりかな?」


 トロイは、意外にもあっさりと解散を提案した。


「警備には僕が知らせるから、もう行っていいよ。美人を連れ込んだ密室で、偶然見つけたことにしとくよ」


 笑顔で、実にありがたい提案をしてくれる。でも、正直私の方が素直に受け入れられないんだけど。あんなにしつこかったのに、このまま何もなく開放してくれるなんて。


「どういう風の吹き回し?」

「少しは君の好感度を上げておきたいしね。僕は役に立ったでしょ?」

「――それは、感謝するけど……」

「いろいろと楽しませてもらったことだし、あとは……」


 トロイは私の手を取って、手の平にキスをした。甲じゃなくていきなり手の平か!? このナンパ野郎め!!


「お礼なら、今はこれで十分かな。次は唇に期待する」


 どこまでも軽やかな口説き文句に、思わず溜め息を吐く。世の女性はこれにやられるわけか。


「悪いけど、手の先はないから。でも、今日は本当にありがとう」

「どういたしまして」


 にっこりと笑ったトロイから手を離し、足を引きずりながらも足早に、観戦席に向かった。

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