武闘大会前日の昼
「最新のニュースですよ!」
あの悪夢の体育から、2週間ほどたった昼休み。
オープンな性格と異世界人という高すぎる注目度で、すでにたくさんの友人知人を持っているユーカが、食堂の受け取り口に並んでる間のお喋りで聞き込んだ最新情報を、勢い込んで発表する。
「4組の中では、体育の最中、一人になったグラディスをキアラン君が山中に誘い込み、突然のプロポーズを仕掛けてグラディス嬉し泣き! そのままお姫様抱っこで喜びの凱旋! ってことになってました!」
「ぷっ、それはまた超展開だね」
思わず噴き出しながら、他人事のような感想を漏らす。同じ輪の中のキアランが、無言で額に手をやって溜め息をついた。
大抵の噂話はノアからもたらせれることが多いけど、この件に関しては、ユーカがノリノリで集めてくる。ホントにこういう話が好物だな。まあ、あるべき女子高生の姿というべきか。
「なんでわざわざ、体育の授業中なんだよっ」
マックスが不機嫌そうに、至極当然のツッコミを入れる。
あの昼休み直後から、あっという間に広まった、いろいろな尾ひれの付いた噂。
初期の頃は、キアランがグラディスに狼藉を働いた説が主流だったから、大分マシにはなってきたらしい。真相を知るルーファスのとりなしがなかったら、キアランの職員室呼び出しは確実だったことだろう。
友人を助けて悪評を流される理不尽さにも、苦笑でスルーするキアランの大人力には脱帽。
でも私にとってあれ以上の狼藉はないから、事実無根とは言い切れない気がする。
「3組の修羅場の痴話ゲンカ説とは、正反対ですね」
生き生きと友人の噂話に花を咲かせるユーカを、思わず微笑ましく見守ってしまう。
そういう色恋沙汰の話題の俎上に乗るのは初めての経験で、なかなか新鮮だ。
実に青春真っただ中を謳歌してますなあ。内容が、まったく実態からかけ離れてるけど。
私もキアランも他人に左右されるタイプじゃないから、特に実害もなく普段通り。むしろユーカの方がはしゃいじゃってる。普通の高校生気分に浸れてるなら、ぜひ楽しんでくれたまえってとこだけど。
この学園は昔から、お家繁栄の精神のためか、恋愛事には大らかな気風がある。現国王のエリアスは、ここでアレクシスと出会った。キアランの両親だ。
私も教師として、30年間ニマニマと生徒の甘酸っぱい男女間交流を観察してたものだ。まさかその私が観察対象になるとは、人生とは分からんものだなあ。
「でも、実際のとこ、グラディスを動揺させる何かがあったことは事実なわけでしょ? 興味あるなあ」
ノアが探りを入れてくる。
「さあ、どうなんだろうね?」
私は笑顔ではぐらかす。一律にこの対応で、真相を語らないものだから、噂は超進化を遂げる一方だ。
弱点を晒すくらいなら、いくらでも勝手な噂をされた方がマシ。原因を作ったキアランも、責任取って巻き込まれてもらおうじゃないか。
「そんなことより、明日の準備はどう? 調子はいい感じ?」
実は明日、騎士にとってはけっこう重要なイベントがあるのだ。
くだらない話に興じていたのも、リラックスさせるのが目的だったりするわけだけど。
仏頂面のマックスの、その奥深くを慎重に見据える。
「当り前だろ。絶対優勝する」
「……」
日常生活の中でも、すでに気合十分な返答だった。
私としては、その反応に思うところがある。けれど触れずに、矛先を変える。
「ヴァイオラも出るんだよね」
「もちろんよ。まあ、学園で腕に覚えのある騎士なら、大体出場するはずだし」
ヴァイオラは、余裕の中にもやる気をのぞかせて答える。うん、こっちは大丈夫そうと、一安心。
休日の明日は、国を挙げてのかなり大きな武闘大会がある。
一周目なんかは、競馬を開催する王家もあったけど、我が国の場合、王家が主催するのはガチの対人格闘戦。
国立闘技場で、サラブレッドの代わりに、騎士を全力で戦わせる。
大会の趣旨は、無名の中から有望株を世に出すことだから、王立騎士団とか学園から、若いエリート騎士がエントリーして、技を競い、優勝を争うことになる。
大会の性格上、大物や優勝経験者は参加できない。とはいえ歴代の公爵は、大体10代のうちにここで優勝している。
つまり、将来のスターのデビュー戦が見られる新人戦のようなもの。国民の大きな娯楽の一つとして、毎年大盛況、国内屈指の人気イベントだ。
ちなみにトリスタンは、待ち時間が長くてめんどくさいとサボってたから、大会のタイトルは持ってない。そのため、騎士と一般人とでは、トリスタンの評価はがらりと違ってたりする。片やバケモノ、片や凡庸って感じに。
「キアランは出れなくて残念だったね」
「まあ、王家の主催だからな」
キアランが苦笑する。
王子様は観戦がお仕事。大人しく主催者席から、仲間の奮闘を見守らないといけない。すごーく一緒に参加したかったという無念が、表情ににじみ出てるけど。
明日は私とノア、ユーカと一緒に、応援係で我慢しましょう。
周囲を見ても、参加騎士と思しき生徒は、すでにまとう空気が違っている。こっちまで思わず、精神が高ぶってきそうなくらい。
ザカライア時代から、若い力がガチでぶつかり合うこの大会が、大好きだった。
その上、友人知人の出場は数多く見てきたけど、身内の出場は今回が初めて。すごく楽しみだし、なんだかドキドキもする。
最大の注目ルーキーの一人であるマックス。大会のために全力で備えてきた様子を、私はずっと間近に見てきた。
明日が近付くにつれて、研ぎ澄まされていく集中力とともに、神経質さも見て取れた。こんなにピリピリした雰囲気のマックスは初めてだ。
ここ数日は、常に頭の中から大会のことが離れていない様子が分かる。
今日は特に、口数も少ない。
正直あまりいい状態とは言い難い。馬で例えるなら、大分入れ込んでる感じだ。
「悪い、先に行ってる」
さっさと食べ終わって、マックスは一人でさっさと食堂を出て行った。
マックスの次の授業は格闘だから、早めに行って、担当のルーファスに模擬戦でも頼むつもりだろう。
優勝経験者のルーファスは出場資格がないけど、公爵級の格上と戦闘経験が積める貴重な相手だ。
本来なら、明日万全な体調で臨むためには、クールダウンが必要なとこなんだけど。今は気のすむようにさせたい。
「マクシミリアンは、大丈夫なのか?」
しばらく前から危さを感じ取っていたキアランの問いに、私も曖昧に首を振る。
あの焦燥の理由は分かっている。でもそれは、マックスにとって必要な葛藤なんだろうと、黙って見守ってきたけど……。
正直、手を出さないほうが辛いなあ。