ベルタ(クラスメイト)・2
――スゴイ。
あんなに怖い上級生たちが、グラディスさんの挨拶と微笑みだけで、逃げるように退散してしまった。
やっぱりキラキラな人は、学園中の人に認められてるのかなあ。
驚くことにそんなすごいグラディスさんが、次の教室まで一緒に行こうと気さくに誘ってくれた。
普通の人相手でも会話は苦手なのに、こんな雲の上の人と、何をしゃべればいいのか、分からない。
でも、助けてくれたお礼を言わないと。
何とか声を絞り出したけど、グラディスさんは、助け出してやったという意識すらなかったのだろうか。「あなたは困ってたの?」なんて、訊いてくる。
確かにこの人にとっては、あんなこと、なんでもないことなんだろうけど……。
「どうしてやり返さないんだって、思うんでしょうね」
つい、余計なことを言ってしまった。一回でもやり返せば、次の攻撃が来る。終わりがなくなる。私には、その応酬を続けるだけの気力なんてない。私なんて、数学以外、何の取り柄もないのに。
「ふふふ。嵐のやり過ごし方は人それぞれ。私が口を出すことじゃないわ。3年間で、自分のやり方を探ればいいんじゃない? そのための学園よ」
グラディスさんは、笑ってそう言ってくれた。
こんなに強い人なのに、弱い私を理解してくれてる? 私のあり方を認めてくれたの?
この学園に入ってから、ずっと否定されるばかりだった。
何をやっても要領が悪くて、落ちこぼれて、こんな風だったら、無理して背伸びをするより、元通り仕事をして家族のためにお金を稼いでいたほうがいいんじゃないかなんて、時々気持ちが逃げかけてた。
今、初めて、そのままでもいいんだよ、って言ってもらえたような気がして、なんだか胸が熱くなる。
驚きが収まらないうちに、ショーギの相手を頼まれた。私にそんな高尚な趣味なんてないのに、もう対局する約束になってる。
なんで私なんかと? すごそうな人は周りにいくらでもいるだろうに。
でも、私に断るなんてできない。言われた通り、慌てて図書館に行って入門書を手に取った。
立ったままページをめくり、10ページと進まないうちから、魅了されていた。
借りられる上限までショーギ関係の本を借り、一晩で全部目を通した。
私の頭の中に無限の宇宙が広がるようだ。
翌日、早速約束通りに対局してみる。時間を忘れるほどに熱中していた。
ショーギと出合わせてくれたグラディスさんには、感謝してもしきれない。しかも毎日のように、新しい対局相手を用意してくれている。休み時間の間は、たいてい誰かとショーギを指してる。
一番多く対局しているのは、グラディスさんのお友達のガイさん。怖そうに見えるけど、今では私のショーギ仲間だ。他にも、知り合いがずいぶん増えた。
ある時廊下で、いつもの怖い3人組上級生と鉢合わせた時、彼女たちは表情を引きつらせて無言で通り過ぎて行った。それ以来、絡まれることがない。
どうしてだろう?
あんなに憂鬱だった学園への登校が、今は毎朝楽しみになっている。
そんな風に調子に乗ってしまったせいだろうか。
体育の授業で、またやらかしてしまった。
今朝、新聞で発表されたワイアット教授の魔法陣理論の考察に没頭している間に、遭難してしまった。
――ああ、体育で遭難って……!!!
さすがに途方に暮れていた私に、後ろから呼ぶ声がした。
グラディスさんだ!!
本当に、私が困っていると、いつも助けてくれる。救いの女神のようだ。半泣きで駆け寄ろうとして、また勢い余って転んでしまった。
今度はグラディスさんを巻き込んで!!!
ああ、本当に、私ってやつは……っ!
気が付いた時には、ヴァイオラさんが傍にいた。体中が痛くて動かない。グラディスさんだって怪我をしているのに、私を先に救助させるなんて。私のせいでこんな目に遭ってるのに、怒るどころか大らかな笑顔で見送ってくれる。本当に女神みたいな人だ。
それに比べて、私はなんて無力なんだろう。私もグラディスさんにいつかお返しができたらいいのに。
ヴァイオラさんに抱えられて下山する最中、キアランさんが登ってきた。
グラディスさんのことを託して、私は医務室へと運び込まれた。
私にできることなんてないけど、じっとしてなんていられない。治癒が終わるなり、いてもたってもいられず、一刻も早い救助を願いながら運動場へと戻る。
遠くに、グラディスさんを抱えたキアランさんと、マクシミリアンさん、ルーファス先生が集まっているのが見えた。
ああ、よかった! 無事戻ってきてくれた!
ほっとして駆け寄る足が、目前で思わず止まった。
「わお」
隣にいたヴァイオラさんが、おかしそうな声を漏らした。私も思わず目を見開く。
いつだって強くてかっこよくて余裕たっぷりのグラディスさんが、思わず私でも守ってあげたくなるような表情を浮かべた。
ほんの数秒のことだったけど、衝撃的な可愛らしさ!!
居合わせた騎士クラスの男子が、目を奪われたり、ぽーっと顔を赤らめている。いつも冷静なキアランさんと、まさか、ルーファス先生まで!? なんて破壊力!!
あんな顔させるなんて、戻るまでの間に、一体グラディスさんの身に何があったの!?
ああ、でもとにかく今は、怪我の治療をしなければ!!
勇気を振り絞って声をかけ、ヴァイオラさんと一緒に、グラディスさんに付き添って医務室に向かった。
いつも生き生きとした彼女が、蒼ざめたまま一言もないなんて、救助されるまでの間に、本当に何があったというの?
グラディスさんもキアランさんも、そのことについては一言も触れない。
それが憶測に憶測を呼んで、しばらくの間、キアランさんに疑惑の目が向いていたけど、肝心の二人は翌日からまったく普段通りだった。
むしろ騎士クラスの男子たちが、挙動不審になったように見える。なんだかマクシミリアンさんが忙しそうにしている。
本当に、何があったんだろう?
でも、何があったのだとしても、私はグラディスさんの力になりたい。――いつか、なれるといいなあ。