ベルタ(クラスメイト)・1
バルフォア学園。我が国最高峰の、高位貴族か英才が集結するという学校に、何かの間違いで入学してしまった。
貧乏人の子沢山。下町で、9人兄弟の2番目の私に、なんて分不相応なことだろう……。
6歳から近所の商家に下働きに出て、働くだけの人生だと思ってたのに。
正直、自分の周りで何が起こっていたのか、未だによく分からない。
日曜学校の先生とか、勤め先の女将さんとか、馴染みの気のいいお客さんとか、普段色々お世話になっている人たちに言われるまま、指定の場所に行き、テストを受け、面接をしていたら、何故か合格通知が来てしまった。
みんな自分のことのように喜んで、送り出してくれた。こんなドジな私に、あなたには才能があるといつも励ましてくれる人たちの勧めなら、きっといいことなんだろう。
私もよく考えずに、降って湧いたような幸運に喜んだ。学費もかからないし、仕事もせずに大好きな数字遊びに没頭できると。けれどそれは、すぐにかき消えてしまった。
約100人の新入生のうちの半分は、庶民だと聞いて安心していたのに、それでも打ち消せない場違い感。みんなすごく賢そうだし、見るからにすばしっこくて要領がいい。入学式で、座る席一つまともに決められない鈍い私とは大違いだ。
その中でも、とりわけ目立つ集団がいる。周りの人たちから一斉に注目を浴び、一目置かれた存在なのが、疎い私にもすぐ分かる。美男美女のとにかくキラキラした人たち。間違いなく貴族だろう。まさに、選ばれた人間。
私みたいなどんくさいのが、本当にこんなところでやっていけるのだろうか。
気さくな子が何人か声をかけてくれたけど、私はろくな返事もできない。そもそも気の利いたお喋りなんて、私には無理だ。できたとしても、ハイド大の懸賞問題を考えてる方が楽しいし。友達が欲しいなんて贅沢は言わないから、せめて3年間平穏に過ごしたい。
私のクラスは1年1組。例のキラキラ集団がまとまっていて、貴族っぽい人たちですらちょっと気後れしてるように見える。よっぽど身分の高い人たちなのかな。私にとっては雲の上の存在だから、関係ないけど。
入学してすぐ、新入生歓迎バトルロイヤルというのがあった。
初めから何の期待もしていない。仲間もいないし、単独参加。開始の鐘が鳴った数秒後に、攻撃を受けて呆気なく脱落。
後で地獄の補習(?)というものがあるらしいけど、それはその時でいいや。待ってる時間に、マカスキル素数の考察をしていよう。
熱中している間に、いつの間にかバトルロイヤルは終わっていた。予定よりずいぶん早く終わってくれて、ラッキーだった。その日のうちに行われた補習は、私の運動能力を遥かに超えたしごきで、本当に地獄だったけど。
でも私にとっては、日常の方が、辛いかもしれない。周りの人についていけない。下手したら道に迷って、次の教室にたどり着けないこともある。
愚図な私に、周りのアタリが、どんどんきつくなってきている。弱気でいると付け入られると忠告してくれる子もいたけど、強気のやり方なんて分からない。
参考に、クラスで一番強そうな人を見てみる。グラディスさんというらしい。キラキラな人たちの中心人物。
おしゃべりできる友達もいない私は詳しくは知らないけど、とても有名人みたいだ。綺麗で、頭も良くて、気も強い。身分を別にしても、人種が違いすぎて参考にならない。
よく見ると、貴族の人ほど怖がってるような気がする。逆に一般庶民は、リアルお姫様を見てるような、憧れとか近付き難さはあっても、敬遠してる人はあまりいないかも。
私も、嫌いじゃない。だって、他の人と違って、私をバカにした目で見ない。
何事も不器用で要領が悪いせいで、私をいじめたり見下す人はたくさんいる。学園では、特に貴族に多い。取り囲まれて罵られたりすると、怖くて、ただ俯いて嵐が通り過ぎるのを待つしかない。そういう人ほど、弱い私には傲慢だけど、強い人にはすごく媚びてる。
でも、グラディスさんは、誰が相手でも変わらない。学園一恐れられてる上級生でも、私みたいな最弱な庶民でも、媚びないし見下さない。みんなに同じ態度。
だから、一般庶民の間では、密かに人気があるらしい。
今日も、ついウェルベック予想に思いを馳せながら歩いてたせいで、教室で派手に転んで、巻き込んだ3人の男子生徒の上に飛び乗ってしまった。
ああ、なんで私はこうなんだろう。何かに熱中すると、何も目に入らなくなる。人に迷惑ばかりかけているし、恥ずかしい。
周りが呆れ果てた目を向ける中、グラディスさんは驚いてるけど、やっぱり蔑みの色はない。彼女の周りのキラキラ仲間も、みんなそういう人ばかり。素敵な人の周りには、やっぱり素敵な人が集まるのかな。
マクシミリアンさんとヴァイオラさんは、私がぶちまけてしまった教材を全部拾ってくれて、すごく助かった。私の怪我なんてすぐ治るけど、壊した備品の弁償なんて無理だもの。
キアランさんは、倒れた私に声をかけてくれた。
そしてなぜかユーカさんには、あの後すぐ「お友達になってください!」と言われた。――なんでこんな私と?
その日の午後、教室移動の最中に、特に私を目の敵にしている上級生たちに見つかった。
いつものように人気のない場所に連行されて、激しく罵られる。
なんでこんなのろまがこの学園にいられるのかだとか、税金の無駄だとか、役立たずが分不相応だからさっさとやめろだとか――全部心当たりがあって、正直心苦しい。
でも、ここにいれば大学への道が拓けるし、入学に尽力してくれた人たちや、家族のためにもくじけるわけにはいかない。
ああ、どうしてこの人たちは私なんかに構うんだろう。放っておいてくれた方が、お互いに有意義な時間が過ごせるのに。
ひたすら小さくなって、ただ時が過ぎるのを待っていたら、罵倒の嵐がピタリとやんだ。
不思議に思って顔を上げると、彼女たちの向こうに、グラディスさんがいた。
「こんにちは」と、一言笑顔で挨拶しただけで、3人の上級生たちは顔を青くして逃げて行った。
これが、グラディスさんとの、初めての関りになる。




