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体育

 午前の必修授業には、体育がある。体育だけは学年全体で、2時限ぶっ続けで行われる。


 基本的に、2、3時限目が体育。1時限は90分間で、ランチを挟んで3時限ずつ、1日に計6時限ある。

 つまり体育の授業だけ、小休止抜いてトータル3時間。なかなかの力の入りよう。

 たとえ学問系の学生であっても、バルフォア生がモヤシであってはならないのだ!


 ということで、校舎東の第2運動場に、100人からの1年生が集合していた。

 私は髪をひとまとめにくくり、みんなと同じジャージを着て、一般人用のカリキュラムに出席だ。


 戦闘系の生徒とは、どうやっても基礎能力が違うから、同じ体育の授業でも、3クラス用意されている。

 マックスやキアラン、ヴァイオラは、ルーファス指導の騎士クラス。私とユーカ、ノアは、一般人クラス。

 あと中間クラスもあって、それは魔術で肉体強化した魔術師とか、一般人以上騎士以下な運動能力の人が選ぶ。


 今日の授業は、学園の敷地内一周踏破。塀の内側に沿って、ぐるりと周回する。


 ただしうちの学園は、日本の時のような普通の学校施設じゃない。

 中でも一番特徴的なのが、校舎裏に広がる騎士用の訓練場。なんと学校に本物の山がある。


 600年前、バルフォア学園が創立された目的は、戦力の底上げのため。

 だから訓練に足る場所として、標高300メートル程の山を、敷地内に組み込んだ学校作りをしてしまったのだ。


 つまりバルフォア学園の校舎のすぐ裏から塀まで、山がほぼ丸ごと入っている。というか敷地の8割は山だ。新歓バトルロイヤルでは、激しい攻防が繰り広げられた天然の訓練場。


 そこも含めて一周するとなると、それなりの傾斜も有り、順調にいって2時間半ってとこか。距離的にも、皇居ランニングの倍くらいある。

 私やユーカレベルの運動能力なら、ランチの時間を犠牲にせずに済むだろう程度にはハード。


 それでも一般人用に、壁には手すりやロープが、足元には山道仕様の階段が付けられているのだから、ある意味親切。ちょっとした観光登山みたいだ。

 きつくとも、ほとんど塀沿いに進みさえすればゴールにはたどり着く。景色は塀か、鬱蒼と茂る木々だけだけど。


 騎士クラスともなると、その密林のような山奥深くまでガッツリ入って、鬼訓練を受けることになる。一般クラスの生徒は分け入ったが最後、確実に遭難するだろう。


「ユーカ。タイムアタックしようか」


 出発前に、私が提案する。一分ごとに時間が放送されるから、大体の時間経過は把握できる。


「ふふふ、望むところですよ! 私がグラディスに対抗できる唯一の教科ですからね!」


 競争大好き体育会系のユーカが、不敵に挑戦を受けて立つ。


「ノアは?」

「僕はパス。マイペースで行くよ。授業時間内に戻れれば十分だ」

「若さがないなあ」

「一般クラスでそんなにやる気満々な方が、よっぽど珍しいんだけど」


 ノアが面白そうに笑った。


「あ、僕の番だ、じゃあ、お先に」


 そのままノアがスタート地点について、先生の合図とともに出発した。

 まず第2運動場から、すぐ裏山コースに入り、裾野の辺りを上ったり下ったりで山を半周し、校舎などの施設群の平地に入り、塀沿いにここに戻ってくる。


 狭い順路を一斉に用意どんは、団子状になって危険だから、最初の体力テストで成績の悪い順に、30秒置きに出発していく。

 私とユーカは、最後尾からのスタート。使える時間がその分少なくなるけど、これはこれで、ゴボウ抜きの楽しさがあるから嫌いじゃない。

 先頭との時間差は20分くらい。さて、何人抜けるかな。


「じゃあ、先に行きます」

「うん、すぐ追いつくから」

「そう簡単にはいきませんよ!」


 ユーカが出発し、30秒後、最後の私も合図で走り出した。

 山道に入ったら走るにも限界があるから、ここで少しでもタイムを稼ぐのだ!


 ユーカはすでに登山コースの順路に入ったのに、速度を緩めず早速一人抜いていた。

 あのペースで最後までもったら山の神だぞ。コースを知り尽くしている私は、焦らず自分に最適のペースで足を進める。


 右手は壁、左側は遠慮なく枝が伸びてくる山林で、視界が狭い。たまに差し掛かる長い直線コース以外は、手前まで近付かないと、前の人の背中も見えない。


 数人を順調に追い抜き、傾斜が緩やかな地点ではサクサクと進み、きついところでは慎重にペースを落とす。前世で数えきれないほど通ったコースだから、攻略は完璧だ。


 地形の関係で、一か所だけ塀沿いに進めない場所に差し掛かった。500メートルくらいの獣道を進むことになる。誘導のロープで道に迷うことはないけど、足元はしっかり気を付けないとだ。


 半ばほどまで進んだところで、私の脳裏に有り得ないビジョンが浮かぶ。


 ――おいおいおい、ドジっ娘がやらかしやがった。


 思わず苦笑い。一体どんなミラクルを起こしたら、ガイドのある一本道を迷うことができるのか。

 ベルタは見事に正規ルートを外れて、山奥の繁みの方へと入り込んでいるようだった。


 まあ本来なら放っといても、特に問題はないんだけどねえ。授業時間内に戻ってこなければ、ちゃんと救助の手が入るから。道から外れて遭難するおっちょこちょいも、何年かに一人は出るし。


 相変わらず見事にすっ転んだんだろう。怪我をしている。別に死ぬような怪我じゃないし、通常の生徒なら私もスルーするところだ。


 でもベルタは通常の生徒じゃない。

 放置したら、確実にどんどんまずい状況になっていく。


 まったく、遭難したら動かないのが鉄則だろうに、なんでどんどん奥に進むのか。意外と低い山の方が、整備されてなくて遭難しやすかったりするのに。慣れた地元住民だって、山菜取りで遭難なんて、たまにニュースで見たもんなあ。


 仕方ない。タイムアタックはまた次回で。


 私も道を外れて、ベルタを追った。どんくさいベルタに追いつくのは、そう難しくはない。折れた木や踏み荒らされた足元をたどって、すぐにその背中を見付ける。


「ベルタ!」


 叫ぶと、ベルタが明らかにほっとした様子で振り向いた。


「グラディスさん!」


 乏しい表情ながら、目に涙が浮かんでいる。地獄に仏とばかり、私に向かって駆け出してくる。


「あ、ちょっと待って、動かないでっ……ああっ!」


 慌てて注意を呼びかけても、もう遅い。


 傾斜を走り出したせいで勢いが止まらず、そのままバランスを崩して、運悪く傍にあった窪地に頭から真っ逆様に落下するビジョンが浮かぶ。一人パイルドライバーか。


 まったく、どんだけドジっ娘の神に愛されているのか!? なんでそこに窪地があるの!?


 あ~、しょうがないなあ!! 道連れコースだよ、もうっ!!


 全速力で駆け寄り、ギリギリのタイミングでベルタの腕を掴んだ。でも支えることまではできない。

 そのまま怪我を承知で一緒に飛び込んで、なんとか頭だけは守ってやった。 

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