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モード・バロウズ(教え子・同僚・副校長)

 つい先日、信じられない光景を目撃した。


 ガイ・ハンターとベルタが、ショーギの対局の約束をしていた場面。学園のヒエラルキーの頂点と最下層に、一体どんな接点があるというのか。


 後で聞いた噂だと、グラディス・ラングレーがベルタにショーギを教え、彼女に対局で勝った相手と付き合うと公言したらしい。


 入学以来、我が校に嵐を巻き起こし続ける唯我独尊の天才は、一体何をやっているのか。


 そのせいで、今校内ではちょっとしたショーギブームが巻き起こっている。

 グラディスは男子学生たちからは密かに、高嶺のドラゴンと囁かれているようだ。手が届かないところにある、欲しいけど非常に恐ろしい存在といった認識だろう。あの美しさと破天荒さでは無理もない。

 まして彼女の周囲にいるのは、王家や高位貴族などの実力者か、ユーカのような特別な人間ばかり。とても近付けない凡人にとっては、ショーギ勝負はきっかけを掴むチャンスなのかもしれない。この学園の学生という時点で、決して凡人ではないのだけど。


 新歓バトルロイヤルでの彼女の戦術は、しばらく職員室の話題を独占した。40年近い教師生活の中で、あんなアプローチをした生徒はいなかった。

 しかも負かしたガイやアーネストから、恨まれてもいない。むしろ良好な関係を保っていると言ってもいい。


 彼女は何をやらかすか分からない。今後はイベントの準備ごとに、上層部でグラディス対策会議を開くことに決まっている。


 校長の就任を断ってよかったと、しみじみ実感する。娘に双子が生まれて忙しいからとか、適当な理由で逃げたことに後悔はない。私の次の候補のネッド・マクラウドも体調を理由に断り、結局ファーガスに押し付けることになってしまったけれど。


 そこは本当に申し訳ない。


 昔から、教育熱心なのに、いまいち強気で行けない性格のせいで、一筋縄ではいかない学園生から侮られることが悩みの種だった後輩。

 もういっそキャラを作ってみろというザカライア先生のアドバイスの元、ファーガスの人物像の変遷を30年近くに亘って見てきた。結局、あの感情を極力排する形に落ち着いたわけだけど、基本小心者には大変な心労に違いない。

 何とか重責からは逃れられたので、せめてファーガスの負担を少しでも減らすことで償いたいと思う。


 そんな業務の一環として、職員室に呼び出したジェイド・ハンターへの学習指導。今年は一度でも落第点を取ったら、救済措置なく問答無用で落第だ。


 まあ、見るからに右から左といった様子に、溜め息をつきたくなる。

 毎度のことながら、本当にハンター家への指導は骨が折れる。


 ジェイドを解放したところに、ちょうどグラディスがやってきた。


 ジェイドはビッグイベントでいいように負かされたことにわだかまりがあるらしく、突っかかっていく。けれどグラディスの方は、小さな子供の癇癪でも見守っているかのような余裕だ。どっちが年上か分からない。


 他の先生たちは、二人のやり取りを興味津々に観察している。かくいう私もその一人。


 そして何故かあっという間に、後からやってきたティルダも巻き込んで、成績勝負の展開に持って行ってしまった。


 目的のジェイドだけでなく、ティルダ、ダニエル、ひいてはハンター家の仲間達まで勉強に引きずり込む流れにしてしまうなんて、一体一石何鳥なのか。家のことを絡めたら、きっとハンター家は一丸となって勝負に臨むはず。


 私の30分に及ぶ真剣な指導より、グラディスとの5分足らずのお喋りの方が遥かに効果があるのだから、教育者としては恥じ入るばかりだ。


 闘志漲る様子で退室するジェイドとティルダを見送りながら、心の中にもやもやとしたものを感じる。


 彼女が入学した時から、折に触れ掠めるこの感覚。


 ベルタにしてもしかりだ。何らかのずば抜けた才に恵まれた生徒の多くは、ベルタのようにどこか偏っている。何事も要領の良い天才の方が珍しいのだ。現に彼女の父親のトリスタン・ラングレーも、戦闘以外は全然だった。


 興味のないことに関心が払えず、人との関わり方にも難を抱えていたベルタ。しばしば攻撃的な生徒の悪意に曝され、逆らうこともできずに耐えてやり過ごすしかなかった。

 ところが今では、ガイを始めとする目立つ生徒に目をかけられ、一人でいる時間も減ったせいで、いわばいじめる隙が見いだせない状態になっている。


 これは、狙ってやったことなのだろうか?


 犬猿の仲と言ってもいいくらいに張り合っていたハンター家とイングラム家の人間を、同じパーティーに引き入れた時も、職員一同を驚かせた。しかもティルダとダニエルを相棒として組ませて、機能させてしまうなんて。ずっと見てきた私たちの誰も、想像すらできなかった。


 誰も叱らない。否定しない。でも甘やかさない。目の前の姿をありのまま認めて、大らかに受け入れる。時には無茶を吹っ掛け、いいように乗せ、振り回す。

 そして気付けば、いつの間にかいろいろなことが、いい形に収まってしまっているように見える。

 特に、本来対立するはずの人間を繋げる手腕に長けている。


 どうしても()()()()を思い出さずにはいられない。何となくファーガスに視線を送ると、目が合った。おそらく彼も、私と同じことを思っているのだろう。

 職員室中を見回せば、他にもちらほらと釈然としなそうにグラディスを見つめるベテラン職員が確認できる。


 その中の一人、シャンタル・ディンズデールが、グラディスを呼び止めた。


 小さなケーキの箱を差し出す。


 おおっ、シャンタルが動いた! あれは()()()の大好物だった、『マリアの店』のチーズケーキ!?


 ああっ、しかもあの豪快な二口食い!! 見間違えようもない!!


 私たちは驚きと喜びで、言葉も出なかった。ただ、この意味に気付いた者だけが、無言で視線を交わし合う。

 何とか冷静さを必死で保ち、彼女が退室するのを待つ。


 そして扉が閉まった瞬間、あの人が、バルフォア学園に帰ってきてくれた歓びに、こらえきれず歓声を響かせた。


 私たちはそれからすぐ『先生を見守る会』を結成し、以後密かに見守っている。気付いた人間だけが知っていればいい。私たちで独占だ。


 知ってみれば、ルーファス先生の不審な挙動の理由も分かる。警備室から、グラディスと密会していたとの報告を受けて、内部調査の途中だったけど、切り上げていいか。代わりに我が会に引き入れよう。彼も幼い頃から、先生のシンパだったもの。あんな若造に出し抜かれていたなんて、全く腹立たしい限りだ。


 そして恩師に、気の抜けた授業などは見せられない。

 あなた、教壇に立つ側の人でしょう。なんでそっちにいるのと、悲鳴を上げたいところだろう。

 現在、彼女のクラスを受け持っている『会』の仲間は、鬼気迫る覚悟で授業に望んでいるようだ。結果、授業のレベルが格段に上がったのは無理もない。

 私とファーガスは受け持ちがなくて、正直ほっとしている。


 一方で密かな特典もある。

 先生の学術的な見解に、触れることができるのだ。昔からそうだったけれど、先生の視点は独特で、私たちとは見えているものが違うように思う。

 なので、各自高い関心を持つ最新のテーマを、宿題としてしばしば課題に出すことが増えたようだ。

 一クラス分のレポートに目を通して採点する手間など、先生の斬新で革新的な私見が伺えるなら大した苦でもないと、みんな嬉々としている。


 私たちは今日も、仲間内で先生のレポートを回し読みし、予想もつかなかった理論展開に、目から鱗を落としまくっている。

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