成績勝負
今日は日直。
すでに4回目なんだけど、何故か私の当番の日は、特に仕事がないんだよな。なんでだ? まさか先生からまで危険人物扱いされてね? 生徒を怖がるとは、たるんどるぞ!
今日は担任のデリンジャー先生に雑用を頼まれて、初仕事だ。
「はーい、すんませーん、次は頑張りまーす。失礼しまーす」
職員室に入ると、ガイの妹のジェイドが、何かで叱られたのか、適当に謝って、副校長のモード・バロウズから解放されるところに出くわした。ガイを女の子にしたような、生意気そうな美少女だ。
「っ!!?」
振り向きざまに私と目が合って、反射的に身構えてくる。だから、なんで警戒するんだよ。
「こんにちは、ジェイド。今日はどんな悪さをして叱られてたのかしら?」
「うっせーっ。テメーには関係ねーだろっ」
私の挨拶にぶっきらぼうに返す。
「あらあら、私にダニエルを取られた気がして拗ねてるのかしら?」
「べ、別に拗ねてねーし! ダニエル取られてなんかねーからな! 昨日だって一緒に風呂入ったし!」
図星を刺されたのが丸分かりだな。お風呂一緒に入った自慢って、コドモか。うん、コドモだな。
そりゃ、一族丸ごとで寮みたいな共同生活してりゃ、珍しくもないだろう。学園の近くに屋敷一軒借りて、まとめて放り込まれてるんだから。
ちなみにハンター家の別邸の方は、荒らされないための用心で住まわせてもらえない。
ハンター家の大人たちは、自分のガキどもを代々、全く信用していないのだ。当然その判断は正しい。ただしトリスタンみたいな伏兵に、いきなりぶっ壊されたりしちゃうんだから油断大敵だ。
「そんなにつんけんすることないでしょ? 来年は同級生になるんだから。もしかしたらクラスメイトになるかもね?」
「ならねーよ! ってか、なんで知って……いや、何でもねーし!」
ジェイドは言いかけて、慌てて訂正する。そこまで言っちゃったのに、誤魔化す意味はあるのかい?
学年最初のテスト前に問題児が呼び出されるのは、よくあることだ。ましてハンター家ともなれば、毎年のように留年の危機に立たされる奴が出る。今年はジェイドか。
きっと去年のテストの成績が、ギリギリだったんだろう。今年も変わらなかったら、もう一回2年生やることになるぞと釘でも刺されたか。
「ダニエルに構ってほしかったら、勉強も教わってみたらどう?」
私の提案に、ジェイドが露骨に怪訝な顔をする。
「はあ? 戦闘ならともかく、勉強なんてあたしとどっこいだよ」
「そうでもないんじゃない? ダニエルは目端が聞くし、面倒見がいい。人に教えるのにも向いてる。留年しそうだって泣き付けば、頼まれなくたってやるわ。それどころか、あなたに教えるために、自分も頑張って勉強するわよ」
「そ、そうかな……?」
「間違いないわ。素敵な従姉妹がいていいわね」
「おう、そうだろうっ」
ハンターの機嫌をとるコツは、本人より身内を褒めることだ。長年の付き合いでよく知っている。
ジェイドは途端にご満悦。この単純さが、私のお気に入り一族たる所以だな。
「素敵な従姉妹が何ですって?」
後ろから、険しい顔つきのティルダがにゅっと割って入ってきた。もちろん後ろに気配があったことは承知での発言だ。
「あらティルダ! ジェイドったら、次のテストで、私の素敵な従姉妹を負かしてやるなんて、大口を叩くのよ!」
「はあ!?」
「何ですって!?」
私の口から出まかせに、ジェイドとティルダの声が重なる。
「お前、何を勝手なことをっ……」
「あら、じゃあ負けを認めるの? やっぱり降参? 私はバカなのでティルダさんには手も足も出ませんって言っちゃう?」
慌てて訂正しようとするジェイドに畳みかける。当然負けん気の塊の公爵血統、素直に頷くわけがない。
「はあ!? ティルダになんか、ぜってー負けねーし!」
「ほほほほほ! その挑戦、受けてあげましょう! 万年ビリが、どこまで頑張れるかしらね!!」
反射的な売り言葉に買い言葉で、あれよあれよという間に、二人の対決の図式が完成していた。ジェイドは内心でしまったと思いつつ、もう引っ込みがつかない。
ティルダも興味のないことはおざなりだから、座学の成績はせいぜい平均くらいらしいけど、それでもジェイドよりは大分上。身の程知らずの挑戦を、受けて立たない選択肢はない。
元々ハンター対イングラムで、張り合ってきているし、この二人は2年女子の中で、お互いが最大のライバルだ。
ちょっと火をつけてみたら、面白いくらい煽られてくれた。
ちなみにソニアは、文武両道、才色兼備、文句なしの優等生だから、学問分野に関しては暗黙の了解で、この二人のライバル認定から外されている。なんでそこは頑張らずにスルーするのか。
「じゃあ、次のテスト、ティルダとジェイドでどっちが点数を取るか勝負ね! ハンターとイングラム、どっちが勝つのかしらあ?」
ダメ押しで、個人の勝負から、家同士の勝負へと認識をすり替えてやる。
「「うちに決まってる(わ)!!!」」
見事なハーモニーが奏でられた。
職員室内で突如として勃発した、ハンター家対イングラム家の学業成績勝負。
やる気に燃える二人が、我先にと職員室から出て行くのを見送る。
ハハハハハ。行きがけの駄賃で面白いことになったな。
クラスからの回収物を先生の机に置き、用事を済ませて出て行こうとしたところで、手招きする人物に気が付いた。
経済担当のシャンタル・ディンズデールだ。
天才グラディス・ラングレーの授業態度に戦々恐々な、ザカライア時代の後輩教師。新人の頃は大分きゃらきゃらと陽気な感じだったけど、アラフォー2児の母になり大分落ち着いた様子だ。
「グラディスは、甘いもの好き?」
「はい?」
抑えめの声で唐突に質問される。
「今日のティータイムに食べようと思ってチーズケーキを用意してたんだけど、なんだか胃がもたれてきちゃって。よかったら食べる?」
ケーキの箱を机の上から手に取って見せてくる。
なんと、賄賂ですか、先生!?
しかも前世からの私の大好物、『マリアの店』のチーズケーキ!! いつでも完売で、食べたいときにすぐには食べられないやつ!
「いただきます」
そっこーでお相伴に。ただし、今後も授業での厳しい追究の手は緩めないぞ! ちょっとしか。
「内緒だから、急いでね」
「はい」
箱からさっと手に取り、必殺の二口食い! やっぱうまいなあ! フォークでちまちま食べるより、こういうお行儀の悪いほうがおいしく感じるのはなんでだろう。
公爵令嬢の予期せぬ早食いに、シャンタルが目を見開いて驚いている。
「ごちそうさまです。ありがとうございます」
「い、いいえ……」
ハンカチで口と手を拭き、ぽかんとしたままのシャンタルに笑顔でお礼を言ってから、職員室を後にした。
今日はラッキーだったなあ、なんて思いながら扉を閉めた直後、職員室から小さくはない笑っているような声が、複数聞こえた。
ええ? 私の食いっぷり、そんなにウケるほどだった? 美少女のギャップてやつ?
首を捻りながら、教室に戻る。
翌月、運命の(笑)成績発表。
勝ったのは下馬評通りティルダ。もともとやればできる子のティルダは、初めて成績で5位に入った。
一方のハンター家は、一族挙げての勉強会なんて前代未聞なことまでやり、おかげで全員が平均点に届くという、ハンター家の歴史上初の快挙を成し遂げたそうな。でも負けは負けだから、もの凄く悔しがってはいたけど。もはや留年のことは頭にもなかった様子。見事なくらいの、目的と手段の逆転現象だね。
バカのハンターでもやればできると証明されたせいか、その後、幾つかの科目で、講義内容のレベルがぐんと上がった。更にはレポート形式の宿題が激増した。
私は余裕だけど、他の生徒には厳しいだろうなあ。まあ、生徒のためになるから結果オーライってことで。